そこには質素な教会が佇んでいた。
明るい日差しがステンドグラスから差し込む。
礼拝堂では少女が祈りを捧げていた。
その祈る姿は美しい。
だが同時に痛々しくもあった。
「レオン...」
彼女はその名を呟くと悲しげに目を伏せた。
戦。
それがどれほどの数の愛し合う者たちを引き裂いてきたのだろう?
そしてこれからも愛する人を亡くして嘆く女性がどれほどいるのだろう?
平和を祈る気持ちは同じだというのに...。
外はさらさらと柔らかい雨が降っている。
野営地の天幕の中、レオンは深いため息をつき、ペンを静かに置いた。
ベルンハルトに宛てる戦況報告だ。
自分で書いたものを読み返し、軽く眉根を寄せた。
『こんなものを陛下にお届けしなくてはならないとは...』
このところ、光輝の軍勢にことごとく任務を邪魔されている。
光輝の末裔にエルウィンが加わってからと言うもの彼らは信じられないほど力を増した。
だが彼の憂鬱はそれだけが理由ではなかった。
数多くの部下を死なせてきた。
そして数え切れないほど人を斬ってきた。
その中には剣を向けたという理由だけで斬った罪なき村の自警団もいた。
あとどのくらい人が死んだらこの戦は終わるのだろう...。
陛下のなさっていることは本当に...
正しいのだろうか?
そんな疑問が沸き上がりそうになり、レオンは一瞬でも揺らぎかけた己の信念を軽く首を振って戻す。
「ずいぶんと憂鬱そうね」
突然背後で女性の声がした。
ダークプリンセスだ。
彼女は何処か彼をからかうような皮肉っぽい笑みで立っていた。
いつの間に?
人の気配に敏感なレオンですら彼女が近づいてきたことに気づいていなかった。
彼はこの特殊な能力を持った少女を険しい表情で見返す。
「任務をしくじって笑っていろとでも?」
「戦なんて私にはどうでもいいわ。どっちが勝とうと興味なんてない」
「何?」
レオンの片眉が吊った。
「あなたを怒らせるのは簡単ね。戦のことを言えばいいんですもの」
「私を怒らせて何の得がある?」
「あなたの怒った顔、素敵だわ」
「...」
ふぅ..とレオンは小さなため息をついた。
「嘘よ、戦がどうでもいいだなんて。本当は戦なんて嫌いだわ。あなたの頭の中を戦一色に染めてしまうのだから。戦のことしか頭にない男なんてつまらないでしょ?」
「悪かったね」
そう答えたレオンは何故かうっすらと微笑んでいた。
彼はこの少女のことが不快ではない。
寧ろ好意を持っていた。
意に反しながらも突っ張っているように見えるのだ。
「さっさと勝って終わらせてしまってちょうだい」
「簡単に言うんだな」
彼女の瞳を見ているとその澄み切った輝きに彼女が闇に仕えし者であることを忘れそうになる。
それこそが本当は澄んだ心の持ち主である証明ではないだろうか。
レオンはそう考えていた。
その澄んだ瞳とは裏腹に彼女の表情は何処か心を封印されたかの様だ。
彼女の笑顔がみたい。
きっと花が咲いたように愛らしく、美しいだろう。
なのに彼女が笑みらしきものを見せると言えば皮肉を言うときくらいだ。
だが彼女自身が自分のことを時々他人を見るような目で見ていることまではレオンにも解らなかった。
レオンが彼女の人間らしい表情をやっと見ることが出来たのは彼女が敵に回ってしまってからのことだった。
彼女の本当の名前はラーナ。
光の巫女リアナの双子の姉だった。
来る日の為、ボーゼルの手によって操られていただけのこと。
そのラーナが初めて彼に見せた表情はレオンが一番見たくないと思ったものだった。
悲しい涙。
「私も行くわ!」
彼女は思わず叫んだ。
レオンが皇帝と共に死を選ぼうとしたときのことだ。
「お願い!私も連れて行って!」
違う。
私が見たかったのはそのような悲しげな顔ではない。
私が見たかったのはお前の笑顔だ。
だから連れて行くわけにはゆかない。
「すまない。ラーナ。私にはお前の気持ちに応えることは出来ない」
レオンは彼女の必死の想いを突き放した。
だがこれほど強い愛の告白もない。
彼が愛よりも忠誠を選んだのは彼女に幸せになってもらいたいから。
彼らの元ならば幸せになれる。
そう信じてのことだった。
そしてレオンは若き命を戦場に散らしていった。
ラーナは思いを打ち明けたと同時に愛する人を戦に奪われてしまった。
戦は愛する者たちを一瞬にして引き裂いてしまう最大の暴力である。
彼女は一日も早く戦をなくす為に尽力した。
平和は愛する人が願ったものだから。
そして自分のような悲しい思いをする人を一人でも減らしたかったから。
やがて彼女の祈りは神に伝わり、大陸には平和が訪れた。
彼女が心から微笑むようになったのはそれから数年後のことである。
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