トラベラーズ・パラダイス

 ある山奥、峠の中継地点に建てられた一件の旅の宿。
一見にして人が訪れないと思われる場所だが、屋内は意外と言えるほど客で賑わっていた。
この場所は国境沿いにあたり旅人がよく訪れるらしい。
だが、それ以外にこの宿の評判は気前のいい女主人にあるという。
それゆえ、また訪れたいと希望する者は少なくない。事実、何度も訪れている常連客もいるほどだ。
そう思わせる程だ、その女主人はどれだけの器量かというと驚くことに魔族だという。
 女主人の名はリスティル。魔族の身でありながらこの大陸の危機に立ち向かった英雄の一人だ。
本人から言わせてみれば主を裏切っただけ…、というが闇の王子ボーゼルを敵に回すという、その覚悟も大したものだっただろう。
ランディウス達と敵として出会い、仲間としてギザロフを倒してから一年…。
連邦やカコンシスからの恩賞の一切を断り、この場所に一人で宿屋を経営しながら静かに暮らしていた。
初めのうちは魔族の宿ということから物珍しさで訪れる旅人ばかりだった(現に今でもそうゆう客も少なくない)が、
リスティルの持ち前の気前の良さや、人間のことを理解しようとする姿勢に好感を持ち、気分良く宿をあとにすることができたという。
おかげでこの山奥に建てられた旅の宿は繁盛していった。
 ある夜、リスティルはいつものように騒ぐ客を脇に空に浮かぶ赤い月を眺めて呟いた。
リスティル「…また騒ぎ始めた、か」
 酒の席で騒ぐ客のことを指しているわけではない。僅かだが高揚する自らに宿る魔族の血…、
そして、それと同様に再び暴れ始めた魔族達のことだ。風に運ばれてくる噂がそれを物語っている。
ボーゼル亡き今、エルサリアに残っていた三魔将が動き始めたらしい。
しかし、争いを断った自分には関係ないことだ。そう自分に言い聞かせて今までここにとどまってきた。
客「おーいリスティル! アンタもこっち来て飲みなよ! 今日の酒はいちだんと旨いぜ?」
リスティル「ああっ、今行くよっ」
 何より今の生活が楽しかった。この気持ちのいい連中と会えるこの宿を放っては行けない。
リスティルは窓辺を離れ、客の元へと歩を進めた。

 翌朝、いつものようにふもとの村から食料の仕入れが来ていた。
客は広間で酔いつぶれている。部屋があるんだから部屋で寝てもらいたいよ、とはリスティルの弁だ。
ミック「次来るとき、他に必要な物はないかな?」
リスティル「ああ、じゃあ酒を多めに持ってきてくれよ。連中酒ばっかよく入るんだ」
 そう言って軽く笑い合う。ミックも笑いながら「わかった」と付け足す。
ミックはふもとの村から食料を届けに来てくれている若者で、またリスティルの人柄に惹きつけられた者の一人でもあった。
ふもとの村では魔族の宿としてこの宿…ひいてはリスティルの評判は良くない。
そんなときに弁護してくれるのが決まってこのミックだった。
リスティル「いつもすまないね」
ミック「いや、仕事だしね」
 いつものように会話を交わし、「それじゃあ」とミックが帰路につこうとしたとき客の一人が起きあがり声を掛けた。
セロ「おうミック、気を付けて帰れよ。最近物騒だからな」
 客の名はセロ、この宿の常連中の常連だ。流れ者の傭兵で”銀髪のセロ”といえば、その筋ではなかなか有名らしい。
この男も初めは魔族の宿と興味を引かれてやってきた者の一人だったのだ。
今となっては想像もできないが、来た当初はリスティルとはかなり険悪な仲だったらしく、何度もケンカをしたという。
それも今では気のいいケンカ友達のようなもので、一度宿を訪れると2・3週間は離れないらしい。
そのため、訪れる常連では彼の顔と名を知らない者はいない、まさに長老格といえよう。
ミック「わかってますよ。村でも騒ぎになってますから」
 そつなく応えるミック。もちろんセロとは顔なじみだ。
二人の会話は最近この付近で起こっている惨殺事件のことを指していた。
ふもとの村の近くの森で人がよく襲われていた。その惨殺の手口から魔物の仕業だと言われている。
その件もあってか村ではますますリスティルの評判は悪くなっている。
リスティルの仕業だという声も挙がっているほどで、いつこの宿に村人が詰め寄ってもおかしくない状態だった。
リスティル「困ったもんだね」
ミック「あまり気にしない方がいいよ。リスティルがそんな事するわけないって、みんなわかってるから」
リスティル「いやぁ、アタイはいいんだけど…。早く解決するといいね」
ミック「ああ…」
 と、その時入り口のドアが開き、人を担いだ魔物が中に入ってきた。
ナール「りすてぃる、イルカ?」
リスティル「ナール? どうしたんだい今日は?」
 リスティルが歩み寄ると背負っていた男を床に下ろし訳を話した。
ナール「びこーずノ森デ倒レテイタ」
 ナールはあの戦いのあとリスティル同様恩賞は受けず、この近辺で魔族に襲われてる人や森で迷った人を助けてはこの宿に連れてきていた。
今回はどうやら迷いの森で名高いビコーズの森で行き倒れになった人を助けたらしい。
リスティル「かなり衰弱してるじゃないか。ミック、悪いけど水を持ってきて」
ミック「わかったッ」
リスティル「ビコーズの森って言ったら結構距離あるだろ。わざわざうちに連れてこなくてもいいじゃないか?」
ナール「リスティル言ッタ。宣伝ニナル」
リスティル「そりゃあ、言ったけどさ…」
 初めてナールが人を担ぎ込んできた時、すまなそうにするナールに気を使って言ったことだが…。
セロ「宣伝になるのはいいが、この宿で死人は出すなよ〜。ナール」
 リスティルが言いたいことを即座に言ってのけるセロ。
ナール「…ワカッタ」
 常連客ともすればナールの存在は物珍しくない。話してみると結構素直で好感が持てる。だから何事も気兼ねなく話せるのだった。
やがてナールが連れてきた男は部屋に運んで休ませていた。命に別状はないらしい。
安心した一同は広間に戻った。
広間では飲み崩れていた客の大半が起きて、襲いかかる頭痛と死闘を繰り広げている。どうやらかなり分は悪いらしい。
ナール「苦シクナルグライナラ飲マナイ方ガイインジャナイカ?」
セロ「ぐぬぅ…。いや、飲まないわけにはいかないのさ。お前さんも飲んでみればわかるって」
ナール「ソンナモノカ?」
 そんな他愛ない会話をしているとやがて時間を気にしていたミックが帰ると言い出した。
リスティル「すまないね。なんか引き留めたみたいでさ」
ミック「いや、かまわないよ」
 その最中ナールが周りを気にして不意に言葉を漏らした。
ナール「誰カ、獣ヲ連レテイルノカ?」
セロ「獣?」
ミック「…それじゃあ、失礼するよ」
リスティル「ああ、また今度ね」
 ミックは一礼して宿を出た。
リスティル「ナール、どうかしたのかい?」
ナール「獣ノ匂イガシタ」
リスティル「獣の…? アンタはアタイより鼻が利くからね。勘違いって事もないだろうし…」
セロ「けど誰も獣なんて連れてきてないぜ? 今もするのかい?」
ナール「今ハ…、シナイ。微カニ残ッテハイルガ」
セロ「宿の前を通り過ぎただけとか」
ナール「ワカラナイ」
リスティル「ふぅん…。ところでナール、アンタ今回の一件知ってるかい?」
ナール「ナンダ?」
 リスティルはふもとの村付近で起こっている魔物による被害について話した。
ナール「話ニハ聞イテイタ。ヒト月程前カララシイナ」
リスティル「それについて気になることがあるんだ。魔族や魔物の匂いだったらアタイも感じることができるけどさ、
       どうも事が起こってもその匂いはいっこうにしないんだよ。アタイの勘が鈍ってるのかな?」
ナール「モシクハ魔族以外ノ仕業カ…?」
リスティル「かもしれないね。そこでアンタに協力してもらいたいんだ。アンタだったらアタイより鼻が利くし都合がいいだろ?」
ナール「ワカッタ」
リスティル「悪いね」
ナール「構ワナイ」
セロ「そういうことだったら、俺達も協力するぜ。なぁ? みんなーッ!」
客1「そうだな、事件さえ解決すれば村の連中とのわだかまりも晴れて万事解決ってもんだ」
 頭痛との死闘を繰り広げながらも話を聞いて、次々と起き上がってくる客達。
リスティル「ちょっと待ちなよ、どんな奴かもわからないんだ。危険だよ!」
客2「大丈夫だって、だてに流れの傭兵やってねえよ」
客3「何より、リスティルが悪く言われるのが勘弁ならねえからな〜」
 思い思いの言葉を吐いては笑い合う一同。
リスティル「やれやれ、ほんと馬鹿だねぇ」
 呆れ半分、照れ半分のため息を漏らすリスティル。その表情はやはり嬉しそうだ。
その日から村の付近での捜査が始まった。

 ………………………

 数日後、ナールや客達の捜査もむなしく、次の犠牲者が現れてしまう。
それが引き金となって宿には村人が詰め寄ってきていた。
ミック「すまないリスティル。引き留めようとはしたんだけど…」
リスティル「謝ることないよ、アンタは止めようとしたんだからさ」
ミック「本当にすまない…」
 そんな二人のやりとりもかき消されるかのように村人達の抗議の声が辺りを埋め尽くす。
セロ「だからッ! リスティルは関係ねえって言ってるだろ!」
村人1「どうだかッ、その魔族も片棒担いでるに違いない!」
セロ「このッ、いい加減に…」
 何を言っても聞く耳を持たない村人に対し、握り拳を作る。
リスティル「待ちなよっ」
セロ「けど…」
リスティル「いいから、ナールちょっといいかい?」
ナール「ナンダ?」
リスティル「今回の事件…」
 リスティルの話を遮るように一際大きい声が挙がった。
村人2「その魔物がやったんだろッ!」
 その一声に続くように罵声が上がる。おちおち話もできない。
セロ「静かにしねえかッ!!」
 辺りに響く怒声。次の瞬間、村人達は言葉を忘れたかのように静まり返った。
セロ「リスティル、続けてくれ」
リスティル「悪いね」
 村人の喧噪を沈めてくれたセロに感謝の意を表し、再びナールへと顔を向ける。
リスティル「今回の事件があったとき、何か感じたかい?」
ナール「魔物ノ気配ハナイ。獣ノ匂イハシタ」
リスティル「例の匂いかい?」
ナール「アア、ソレト今コノ場ニモ匂イガスル。血ノ匂イダ」
リスティル「なんだって…?」
 その言葉にまた村人が騒ぎ出した。
村人1「どういうことだ? 自分たちについてる匂いか?」
村人2「馬鹿ッ、自分らに不利になるようなことを言うかよ」
村人3「つまり、俺達の中に犯人がいるって言いたいんだろ。だがあんなこと人間にできるわけがない」
村人4「おおかた俺達に罪を擦り付けたいがためのでまかせだ!」
 そして再び村人達が声を張り上げる。
リスティル「やれやれ、どうしたもんかねえ…」
 さすがにリスティルも困り果ててきた。
リスティル「営業妨害で追い出してやろうか…?」
 それでも冗談の一つも言えるならまだ余裕でもありそうだ。
客1「ん…?」
 その様を後目に客の一人がミックの様子がおかしい事に気付き駆け寄った。
客1「どうしたミック、顔色が悪いぜ?」
ミック「違う…、違うんだ…。リスティルは…関係…ない…んだ…」
客1「おい! ミック!!」
 耳を塞ぐようにその場にうずくまるミック。その身体は尋常ではないほど汗ばんでいた。
客1「おいッ、リスティル! ミックの様子がおかしい!!」
リスティル「なんだって?」
 うずくまるミックに駆け寄るリスティル。さっきまで罵っていた村人達もその様子に気付くと声を潜めた。
リスティル「どうしたんだい!」
ミック「あぁ…、ダメ…だ…。リス…ティル…、逃げ…て…く…ッ…!!」
 ミックの言葉が何かによって遮られる。徐々に辺りの空気が変わり始めていた。
ナール「匂イガ、強クナッタ…」
村人「うわあっ!!」
 みるみるとミックの身体が変化し始めていく。増長した筋肉が服を破り、中から体毛に包まれた身体がさらけ出される。
セロ「ミック!!」
客1「こいつは一体…!?」
 変化を遂げたミックの身体は人のものではなかった。金色の毛並みが窓から差し込まれる光を浴びて微かに輝きを帯びる。
体長は今までのひとまわりもふたまわりも大きく、手には鋭利な爪を…、口からは鋭く尖った牙とどう猛なうなり声。
赤に染まった瞳が辺りに敵意と殺意をばらまく。
セロ「獣人…!?」
ナール「ソウダナ、ダガ魔物デハナイ…」
リスティル「”ライカンスロープ”だ。早くみんなを避難させるんだ! 急いで!!」
セロ「わ、わかった!」
 恐怖に身を縛られる村人達を制し、急いで避難させる。村人達は糸が切れたように悲鳴を上げてその場から逃げ出し始めた。
その様に触発されたように獣と化したミックは咆吼を上げ、逃げまどう人の群に飛びかかった!
リスティル「ナールッ!」
ナール「ワカッテイル」
 飛び上がった獣を背後からナールが押さえつける。
ミック「フーッ!! フーッ!!」
 獣の口から荒い呼吸と共に唾液が床に落ちる。
自らの身体を縛る戒めを振りほどこうと力一杯身を振るわせる!
やがて宿からは人の姿は消え、村人達を先導していた客が数人戻ってきた。
セロ「大丈夫か! リスティル!」
リスティル「ああ、大丈夫だよ。それよりアンタらも早く離れてな」
セロ「けどなぁ、俺達だって役に立つぜっ!」
リスティル「いいから、アタシらだけで充分だよ」
 リスティルの強い眼差しを受けると男達は引き下がるしかなかった。
セロ「わかったよッ。くれぐれも気を付けてな…」
リスティル「わかってるって」
 連れてきた男達を先導して外に出る際、振り返って憎まれ口を叩く。
セロ「まぁ、アンタなら殺しても死なねえか」
リスティル「ハハッ、かもねえッ!」
 男達の姿がその場から見えなくなったとき、ナールの身体が弾き飛ばされ壁にぶつかる。
リスティル「ナール、大丈夫かい?」
ナール「ミンナ避難シタカ?」
リスティル「ああ、アンタのおかげでね」
ナール「ソウカ、モウ遠慮ハイラナイナ…」
 言い放つと共に獣に向けて印を結び呪文を唱え始める。
リスティル「ナール! ちょっと待った!!」
ナール「ナンダ?」
リスティル「店が吹っ飛ぶから魔法は使わないで欲しいんだけど…」
ナール「…ワカッタ」
ミック「グオオオォォォーーーー!!!」
 雄叫びを上げて突進してくる獣。振り下ろされる爪をナールは受け止めた。
両腕を内側から何とか押さえるが、力ではかなわないらしく徐々にその幅を縮められていった。
ナール「ぐっ!?」
 やがてナールの肩に牙がたてられ、その顔が苦痛に歪んだ。
息を着く間もなくナールの身体が弾き飛ばされ壁面を崩す。
埃が舞い上がり、木片の下からナールが顔を見せる。
ナール「コノママデハ分ガ悪イナ…」
 起き上がるナールに対し、獣は容赦なく襲いかかった。
だが次の瞬間、獣の身体は光の文字の螺旋に包み込まれる。
周りを見回す獣、その視線の先で見つけたものは、印を結び呪文を唱えるリスティルの姿だった。
リスティル「………、かの者を眠りの世界へと誘いたまえ!」
 言い放つと共に光の文字が粒子に変わり獣の身体を光で包み込んだ。
獣の瞼がゆっくりと落ち行く…。だが、再びその赤い眼は見開かれ、その標的をリスティルへと移した。
リスティル「ちょ、ちょっと待っ…!」
 リスティルが言い終えるより先に獣は飛び上がっていた。
振り下ろされる爪を前に咄嗟に魔力でシールドを張り、何とか防ぐがその衝撃までは取り払えず
リスティルの身体もまた壁に叩きつけられた。
リスティル「イタタ…、こんなところじゃロクな魔法が使えないよ」
 後頭部を押さえながらぼやく。
だからといって外に出るわけにもいかない。屋外で戦っては追いつめたとしても逃げられるし、
下手をすると避難しているセロ達や村人に被害が出かねない。どうする…? この状況に対応しようと冷静に思考を張り巡らせる。
だがそんな最中、自分に覆い被さる影に気付き顔を上げる。
その視線の先にはすでに襲いかかろうとしていた獣の姿が映し出された。
リスティル「ちぃッ!」
 さっきと同じようにシールドを張ろうとする。だが獣の爪は標的から外れ、壁に突き立てられていた。
リスティル「…?」
 次の瞬間には、自分がまた吹き飛ばされている場面を想像していたリスティルは予想外の展開に疑問の表情を浮かべた。
ミック「…リ…ス…ティル…」
リスティル「ミック! 意識が戻ったのかい!?」
ミック「…リス…ティル…、ぼくを……くっ! ぅ…!」
 そこまで言いかけるとまた苦しみ出すミック。
リスティル「ミック!」
 心配げに駆け寄るリスティルに再び獣の爪が襲いかかる! 咄嗟のことでリスティルはかわすことができずに迫り来る爪を見つめるだけだった。
リスティル「……ッ!!」
 だがリスティルの目前でその爪は静止した。獣はそのまま2・3歩後ずさり再び苦悶の声を漏らした。
ミック「…ぼく…を…殺して…く…れ…!! お願い…だ…リス…ティ……」
 その名が最後まで呼ばれることなく咆吼の中にかき消されていった。
ナール「ドウスル?」
リスティル「…決まってるじゃないか。死なせないよ、絶対ね」
 当然のごとく言い放つ。その目には強い意志が示されていた。
リスティル「ナール! アタイが時間を稼いどくよ!」
ナール「ワカッテイル…」
 そう答えたナールの身体はすでに変化を始めていた。
リスティル「さすが、物分かりがいいね」
 ゆっくりと獣の前に立つリスティル。
リスティル「待ってな、ミック。すぐ楽にしてやるよ」
 リスティルは羽根を広げ、両の手を獣へ向け魔力を溜めながら呪文の詠唱を小さく始めた。
それを見届けるはずもなく獣は床を蹴って飛びかかり爪を振るう!
それをかわすと同時に、溜めた魔力の塊を解き放つ。しかしそれは獣にではなくその足下の床を崩した。
獣の下半身が崩れた床に捕らわれ一瞬動きが鈍る。その後もリスティルは詠唱を続けた。
先程の魔力の塊は魔法ではなく、魔族特有の純魔力そのものをぶつけるものだったのだ。
床に足を取られていた獣が咆吼を上げて飛び上がり、そのままリスティルに爪を振り下ろす!
その爪から目を逸らすことなくリスティルは呪文の詠唱を僅かに早めた!
リスティル「……かの者に戒めを!」
 詠唱を終えると共に光の輪が獣の身体を束縛する!
そのまま獣は身動きがとれずに地面に倒れる。がそれも束の間、光の輪を引きちぎりリスティルに襲いかかる!
振り下ろされる爪にリスティルは魔力でシールドを張り耐えようとする。
次の瞬間、獣の動きが止まった。振り下ろされた爪がナールによって遮られていたのだ。
リスティル「ナールッ!」
ナール「待タセタ」
 そう言ったナールの身体は獣よりひと回りは大きいかと思われる巨体と化していた。
その腕が振るわれ、獣の身体は弾き飛ばされるがすぐに体勢を立て直し向かってくる。
それを冷静に迎え撃つナール。
ナール「”らいかんすろーぷ”の再生能力ハ知ッテイル。ダガ…」
 振り下ろされる爪をいとも容易く払いのけ背後に回ると首に腕を絡める。
ナール「基本構造ニ変ワリハナイ」
 首を締め付けられ、必死に腕をほどこうとする獣。しかしナールの力は獣を凌駕していた。ほどけるはずもない。
時を待たずして獣の腕が力無く落ちる。そしてその身体が徐々に元の人間の形に戻っていった。
ナール「終ワッタナ」
リスティル「…そうみたいだね。悪いけど、連中を呼んできてくれないか?」
ナール「ワカッタ」
 増長した身体を元の大きさに戻しながらナールはその場を後にした。
リスティル「………」

 しばらくして、その場に皆が戻ってきた。その時そこにミックの姿はなかった。
村人達はそのことに困惑するが、向こうの階段から下りてきたリスティルから別室に移したことを告げられ一安心する。
村人「どうしてミックが…? それにあの姿はいったい…」
 村人達が思い思いの疑惑を口にする。当然のことだろう。これまで何事もなく共に暮らしていた仲間が突然変貌したのだから。
セロ「それよりお前ら、リスティルに言うことはねえのか?」
 当然言うことは一つしかない。
村人「………」
 村人達のどよめきが消え、少ししてその一人が前に出る。
村人「すまなかった、魔族というだけで疑ってしまって…。本当に、すまなかった…」
 深く頭を下げる。周りの者達も続くように謝罪し頭を垂れた。
リスティル「別に気にしてないって。人間も良いとこばかりってワケじゃないのはよく知ってるつもりだからね」
村人「…そうか、でもこれだけは言わせてくれ。ありがとう」
リスティル「なんか照れるね」
 ぽりぽりと鼻の頭をかく。
セロ「よしよし。そういえばリスティル、”ライカンスロープ”とか言ってたな。なんなんだそりゃ?」
 男が訪ねる。リスティルもそれに答えた。
リスティル「”ライカンスロープ”、簡単に言えば獣人だよ。だからといって、そこらにいるようなワーウルフなんて
       ちゃちなものじゃなくてね。古代の獣化兵…ってところだよ」
セロ「古代の…!?」
 リスティルのその言葉に辺りはどよめく。
リスティル「人間と獣を掛け合わせて作られた獣化兵。その力はワーウルフなんかとは比べものにならないし、
       何よりやっかいなのはその生命力だよ。強靱な再生能力を備わっているからね。並の傷なんかたちまちに直ってしまうよ」
村人「そういえば、ミックは昔から傷の治りが早かったな…」
リスティル「前に言ったと思うけど、魔物の仕業だったらアタシの鼻にも魔物の匂いが届くんだけど、そんな気配が一切しなかった。
       ”ライカンスロープ”は人為的に作られた獣人、魔物とはまた別物だよ。これで合点がいくね」
セロ「それじゃあミックは…」
リスティル「その”ライカンスロープ”の末裔だろうね…」
村人「だけど、今まで何もなかったのに…、どうしていきなり…?」
リスティル「最近近くで多くの血が流れただろ? たぶん血の匂いにつられてたがが外れたんだと思うよ。
       ま、あくまで推測でしかないけどね…」
 もしくは空に浮かぶ赤い月の影響かもしれない…、と心の中で付け加えた。
村人「それで、これからミックはどうなるんだ…?」
リスティル「この村には居られないだろうね。今まで通り接しられる?」
村人「………」
 村人達は皆俯いて口を積むんだ。当然の反応だろう。
セロ「じゃあどうするんだよ?」
ナール「人里離レタ森ニ連レテ行コウ思ウ」
リスティル「仕方ないか…」
 その時リスティルの背後の階段から下りてくる気配があった。弱々しく近づいてくるそれは別室で眠っているはずのミックだった。
ミック「………」
 一同の視線が集まる。
リスティル「ミック! 寝てなくていいのかい?」
ミック「…あぁ、大丈夫だよ。それと、服…ありがとう」
 獣化したせいでミックの服が破れていたから、リスティルは眠っていたミックの脇に替えの服を用意していたのだ。
リスティル「裸でうろつかれても困るからね」
ミック「はは…」
 こんな時でも冗談を言ってのけるリスティルに苦笑するミック。
しかし、その表情はやはり沈んでいた。
ミック「…リスティル、みんな…すまない。僕がもっと早く言っておくべきだったんだ。そうすればリスティルの誤解も解けてただろうし、
    事件も起こらなかった。けど…」
 ミックは息を荒げた。声も震えて、何かに怯えている。
ミック「怖かったんだ! みんなに異端の目で見られるのがッ! 日に日に獣を抑えられなくなる自分がッ!! 怖かったん…だ…」
 大粒の涙を流しその場にうずくまる。辺りが重い沈黙に包まれた。
その最中、沈黙を破るように足音がミックに近づいていく。…その主はリスティルだ。
リスティル「バカだね。それが人間なんじゃないかい? 少なくとも、アタシはそう思ってるけど?」
ミック「…リス…ティル…」
リスティル「それに、アンタは最後までアタイのことかばってくれたじゃないか。並の人間だったら
       罪をなすりつけるぐらいは軽くやってのけるって」
ミック「それは…、僕は…リスティルのこと…好き…だから…」
 気恥ずかしそうに呟くミック。リスティルもそれに答える。
リスティル「アタイもミックのこと好きだよ」
ミック「え…?」
 その言葉にリスティルの顔を仰ぐ。だがそこにあったのは無邪気な笑顔だった。
その笑顔はリスティルの言う『好き』がミックの言うものとは別質であることを告げるには充分すぎた。
そして、その笑顔につられるようにミックも口元を緩める。
ミック「…ありがとう」
 それは寂しいような、嬉しいような…、複雑な『ありがとう』だった。
セロ「大変だなぁ、ミックも…」
 苦笑しながらその光景を見上げる様はどこか楽しげだった。

 その後の話し合いでミックはナールと共に人里離れた森に住むこととなった。
当然の結果だろう。いつ目覚めるかもわからない獣を飼っていては、また被害者が出る可能性は充分にあり得るのだから。
これはミック自身が決めたことだ。村人は誰も強要しようとはしなかった。
だが唯一の救いとしては、村人達が「いつでも帰ってこい」と言ってくれたことだろう。
その言葉にミックは心から感謝の涙を浮かべた。
その様子を脇目にリスティルは呟いた。
リスティル「やっぱ、人間っていいもんだね…」

 その夜、宿の中は…やはり騒がしかった。
所々壊れた壁を簡単に補整しただけで修復が終わったという。そんな簡単な処置で済ませていたゆえにすきま風が入ってきていた。
このバカ騒ぎは連中が言うにはミックの新しい門出の祝いだそうだ。
どうも何かにつけて騒ぎたくなる性分らしい。
セロ「ナール、お前さんはこれからどうするね?」
ナール「みっくヲ送ッテイク」
セロ「その後だよ。今まで通り迷い人の保護にあたるのかい?」
ナール「…イヤ、みっくノ他ニモ”らいかんすろーぷ”の末裔ガイルカモ知レナイ。ソンナ連中ヲ探シテミヨウト思ウ」
 今宵のナールは普段より口数が多い。それもそのはず、このバカ騒ぎですでに酒を勧められていたのだ。
セロ「そいつは大仕事だッ! よしっ、お前さんの新しい門出にも乾杯だーッ!!」
 勢いよくグラスを空にする。ナールもそれに合わせるようにグラスを口に運んだ。
セロ「今夜の酒はいちだんと旨いぜっ!」
リスティル「それ少し前にも言わなかったかい?」
セロ「わははっ、ここの酒はうめえってことだ!!」
リスティル「やれやれ…」
 連中の調子の良さに呆れながらも内心楽しんでいる。
そんな中、宿の入り口が開き二人ほど人が入ってきた。
リスティル「あー、いらっしゃーいッ!!」
 威勢良く声を上げるリスティル。実際このバカ騒ぎではこれぐらい声を上げないと聞こえないだろう。
入ってきた二人組は旅人の様な格好でフードを被っていて顔こそ見えないが、背格好からまだ子供らしいことが伺える。
リスティル「悪いね、こんなバカみたく騒いでてさっ」
 さすがに子供に酒は勧められないので、すまなそうに二人に歩み寄るリスティル。
その時、一際甲高い声が辺りに響いた。
声「あーっ!! やっぱりーーッ!!」
 その声は旅人の片割れ(フードからブロンドの髪が溢れ出ている様から少女と思われる)から発せられていた。
一同はその声に気付き何事かと二人の方に視線をやった。
リスティル「な、なんだい…?」
 意表を突かれたリスティルは片耳を軽く塞ぎながら訪ねた。
それにもう片割れの少年が答える。
少年「我々のことを忘れましたかな? リスティル殿」
リスティル「あれ…、アンタは…」
 聞き覚えのある声、少しだけ考え込むリスティル。
なかなか思い出せないようなので仕方なしに二人は被っていたフードをたくし上げた。
リスティル「あーッ! アンタら…」
 その顔を見て思わず声を上げる。二人はかつての戦いで共に戦った仲間、リッキーとその姉レイチェルだった。
リッキー「相変わらずお元気そうで何よりだ」
リスティル「随分懐かしいじゃないか! けど、一体どうしたんだい?」
レイチェル「うんとね…」
リスティル「立ち話もなんだからさ、まぁ座りなよ」
 話し始めようとするレイチェルを前に、「ここじゃ騒がしいから」と言って別の場所に席を移した。

 室内ではかつての仲間同士、世間話の一つでも始まりそうな雰囲気だった。
一年ぶりに会うのだから当然だろう。というかすでに世間話を始めていた。
リッキー「ナール殿の活躍も聞き及んでいるよ。各地で人助けをしているようではないか。まさに魔族の鑑のようだ」
 この場合は『鑑』とは言わないだろう、とは誰もが思っても口にしない。
ナール「りっきーコソ、かこんしすノ将軍トシテ頑張ッテイル、トヨク聞クゾ」
リッキー「フッ、当然だ」
 このままでは世間話で終わりかねないので、リスティルは話を進めようと訪ねる。
リスティル「それよりもさ、こんなとこになんか用でもあるのかい?」
レイチェル「そうそうっ、聞いてよリスティルさんッ! お兄ちゃんったらひどいんだよッ!!」
リスティル「ランディウスが…?」
 話を聞いてみると、どうやら現在再び動き出した魔族との戦いにランディウスが出向いてるらしいが、
二人はランディウスに置いてけぼりを喰ったらしい。それでランディウスを追って戦場に向かっている途中に、
惨殺事件が起こっていると言うふもとの村に立ち寄ったのだが、すでに事件は解決されていたという。
その時に村人から宿を営む女魔族の話を聞いてここに至る、というわけだ。
レイチェル「ねっ、ひどいでしょっ!」
リスティル「まぁまぁ、ランディウスの気持ちもわかってやりなよ。二人を危険な目に遭わせたくないんだって」
リッキー「まったく、姉上だけならまだしも、この私まで置いていくとは…」
レイチェル「もうリッキーッ! 私だって戦えるんだからっ!!」
リスティル「わかったわかった。わかったからもう少し静かに…」
 リスティルの人間より何倍も優れている五感も、レイチェルの甲高い声の前には弱点と化していた。
ナールに至っては先程飲んでいた酒と見事な連携をこなして、かなりのダメージとして自身を苦しめている。
ナール「ヌゥ…、コレガ二日酔イカ?」
 ちなみにそれはただの呑みすぎだ。
レイチェル「あ、ごめんなさい…。もうっ、リッキーのせいだからねっ」
リッキー「なっ!? 私は…!」
リスティル「だから…」
リッキー「む、むぅ…。すまない…」
 バツの悪そうに引き下がるリッキー。
少しして、ナールの体調がよくなり始めてから再び話を続けた。
レイチェル「そこでね、リスティルさん達も一緒に来てくれないかな?」
リスティル「はぁ?」
レイチェル「やっぱり私たち二人だけで行っても追い返されるかも知れないし、二人が居てくれると心強いからっ」
リッキー「まぁ、本来なら私一人でも充分だが、数は多いに越したことはない。…何よりお二人なら私の足を引っ張る心配もないだろう」
レイチェル「リッキーッ!」
 こんな言い方ではあるがリッキーも二人の力を認めている。そのことはリスティル達にも十分伝わっていた。
レイチェル「ダメかな…?」
 心配げに尋ねる。
ナール「構ワナイ。戦イヲ収メルコトガ、”らいかんすろーぷ”ノ目覚メヲ止メル近道ニナルダロウカラナ。ソノ方ガ手間ガ省ケル」
 ミックを送ってから合流しようとの意を後ろに付け足した。
レイチェル「やったー! ありがとっ!」
ナール「りすてぃるハ、ドウスル?」
リスティル「アタイは…、やめとくよ」
レイチェル「え…?」
リスティル「知っての通り、アタシは今この宿を経営してかなきゃいけないんだ。やっぱり、放っていけないからさ」
 すまなそうに苦笑するリスティル。こんな表情をされてはさすがに引き下がるしかない。
レイチェル「そっかぁ…」
リスティル「すまないね…」
ナール「代ワリニ、りすてぃるノ分モ頑張ロウ」
 それはナールなりの励まし方だった。
リッキー「フッ、ならば仕方ないな。まぁ、この私の活躍の場が増える…、それだけのこと」
レイチェル「ごめんなさい、勝手なこと言っちゃって…」
リスティル「いやぁ、気にすることないよ。誘ってくれて嬉しかったからさっ」
レイチェル「うん…、でもホントにごめんなさい…」
 すまなそうにするレイチェルを前に悪い事した、と沈んでしまいそうな気持ちを装うように明るい声をだして場を和らげる。
リスティル「ところでさー、少しは飲めるようになったかい?」
 どこから出したのか酒瓶とグラスを四つ前に出す。
レイチェル「えっ!? うぅん、全然…」
リスティル「へぇ〜、少しは呑めるようにしときなよ。何なら少し慣らしとこうか?」
 グラスに注ぎながらそれをレイチェルに勧める。
レイチェル「うん、お兄ちゃんったら全然呑ませてくれないの。まだ子供扱いしてるんだよ」
 その様子からすると十分子供だろう、と思いながらもリスティルは「へぇ〜」と簡単に受け流す。
リスティル「リッキーはどうするんだい?」
リッキー「フッ、女性から勧められたものを断るほど、私は貧しい心は持っていない」
レイチェル「ダメダメ、リッキーはそう言ってるけど全然お酒弱いよ。パーティーの時にすぐ潰れるもん」
リッキー「なっ!? そ、そんなことは…」
リスティル「あははっ」
 部屋に笑い声が響く、そんな調子で夜は更けていった…。

 次の朝、宿の前にはたくさんの人に見送られ国境へ向かおうとしているレイチェルらの姿があった。
見送りに来ている連中のほとんどは昨晩の騒ぎで頭痛にさいなまれていた。
セロ「いつつ…。ナール…、ミックも達者でな」
ナール「アア…」
ミック「色々とすみませんでした」
セロ「いいって事よ、お前さんも早く元気になってくれよ」
ミック「ええ、ありがとうございます」
 堅く握手を交わす。つきあいこそ長くはないが良き話し相手だった。
セロ「お嬢ちゃん達も気を付けてな」
レイチェル「あ、はい」
リッキー「心配ご無用。このリッキー、諸君らのような凡…もごっ!」
 リッキーが余計なことを言う前に、レイチェルはその口を手で塞ぎ言葉を遮った。
レイチェル「リッキーっ! 変なこと言わないのっ」
セロ「ん? まぁいいか。今度来たら一緒に呑もうや」
 子供に酒を勧めるその様は、お世辞にもいい大人とは言えないだろう。
その様子を見てリスティルが元気なく横やりを投げた。
リスティル「や、やめた方がいいよ…」
セロ「ぬぉっ!? どうしたリスティル!? もとからだが顔色が悪いぞ!」
リスティル「あぁ、昨晩ちょっとね…」
 ランディウスがレイチェルに酒を飲ませない理由がわかったよ。と心の中で付け足した。
どうやら子供だからと言うよりは、その酒癖にあるらしい。
リッキーはレイチェルの言うとおりすぐに酔いつぶれたので覚えていないようだが、
その酒癖の悪さは酒に強いリスティルをここまで追い込むほどだった。
後にナールは語った。混沌ヲ呼ビ出シソウナ勢イダッタ…、と…。
リスティル「あの様子じゃ本人も覚えてないんだろうね…」
 リスティルは心の底からランディウスに同情し、そして激励を送った。
リスティル(レイチェルに酒を飲まさないように、がんばりなよ…)
 遠くのを眺めるリスティルにミックが別れを言おうと話しかける。
ミック「リスティル…それじゃあ、行ってくるよ」
リスティル「ああ、静かになったら戻って来なよ、みんな待ってるからさっ」
ミック「うん。本当に…ありがとう」
 堅く手を握り合う。
ナール「戦イガ終ワッタラ戻ッテクル」
リスティル「ああ、存分に暴れてきなよっ」
ナール「任セテオケ」
 それぞれが挨拶を交わし終え、そろそろ出立の時が来た。
リッキー「ではそろそろ行きましょうか、姉上」
レイチェル「うん、そうだね。それじゃあ、リスティルさんもお元気で」
リスティル「ああ、ランディウスによろしくね」
レイチェル「はいっ」
 別れを済まし軽く手を振ってレイチェル達は陽の上がる山岳へと向かっていった。
リスティル「………」
 その様子を見届けると、リスティルは軽くため息をついて宿に戻ろうと振り返る。
…がその足を止めるように不意に声をかけられた。
セロ「なぁ、リスティル。行かないのか?」
リスティル「え?」
セロ「ホントは一緒に行きたいんだろ? 仲間なんだからな」
リスティル「何言ってんだい…」
セロ「いやぁ、悪いとは思ったんだが…。昨日の話、聞かせてもらったんだよ」
リスティル「えぇっ!?」
 部屋の外の気配にすら気付かないほど酔ってたのだろうか? リスティルは自分の迂闊さに心の中で舌打ちをした。
リスティル「けどさ、やっぱり今のアタイにはここで楽しくやってた方が合ってんだよ」
セロ「無理すんなって、仲間ってのは大事なものだ。心配なんだろ? この宿のことだったら気にすんなよ。
   リスティルの留守中は俺達が何とかやっていくからさッ」
客1「そうだぜリスティル。少しばかり店を空けたって俺達はどこにも行かねえし、ここを離れた奴らだって
   近くまで来れば顔を見せに寄っていく。そうゆうもんだろ? 旅の宿ってものは」
客2「だからよ、リスティルは気兼ねなくあいつらと一緒に戦って来いよ!」
リスティル「バカだねぇ、アンタらに宿の経営なんて出来るわけないじゃないか」
セロ「リスティルに出来るんだから、俺らにだって出来るさッ」
リスティル「…やっぱ無理だよ」
セロ「むぅ〜、そうかあ…?」
 怪訝そうに首を傾げるセロを見てリスティルは一笑した。
リスティル「クスッ、でもさぁッ! お言葉に甘えさせてもらうよっ!」
 楽しそうに背中の羽根を広げて笑うリスティル。
セロ「そうこなきゃなっ! よぉしッ、行って来い!!」
リスティル「ああ! しばらくアンタらに預けるよ!!」
 背中の羽根が宙を掻き、辺りの草は風にその身をなびかせる。
客1「おう! 任せとけって」
 頼もしそうに応える客達。その様をおかしそうにクスリと笑い、リスティルの身体は空に舞い上がった。
下を見下ろすと歓声を上げる気のいい連中。
帰ってきたときにどんな状態になってるかと想像して、リスティルは無邪気に笑った。
その身が風を切り、やがて視界に飛び込んでくる仲間達の姿。
向こうもリスティルの姿に気付き手を振る。
リスティル「おーい! アタイも一緒に行くよーッ!!」

 この時代、二度にわたる人と魔族の戦い。
その中で戦場をかけた女魔族の功績は常に歴史の影となり、後世に語り継がれることはなかった。
しかし、この旅の宿からは常に明るい声が溢れていたという。
いつしか、この宿はこう呼ばれるようになっていた。

 『トラベラーズ・パラダイス<旅人達の楽園>』と……

fin

あとがき

 祝ッ! ラングリッサー十周年記念〜!! ドンドンパフパフ!!
どうも、みあです。久しぶりにラングSS書きましたよ。

 企画があると聞かされてから結構時間なかったんで、とりあえず持ちネタの一つ、リスティル後日談をやらせていただきました。
これはラング4Cルートでリスティルが旅の宿を開くED(私が迎えたEDだし、つーか他知らないし(ヲ)を元にした設定を使用いたしました。
さらにスプリガンで培った『ライカンスロープ(獣人)』ネタも盛り込んで見ました。クリムゾにもこんなんあったんかなあ?
とか思ったのが事の始まりだったかな?(w

 ミックはともかくセロにどうして名前を持たせたかというと、ミック一人だけ名前があったらスッゲー怪しいじゃないですか(w
それに意味のない脇役にも名前を付けるのもラングの伝統かと…(言い訳だおー)
ええねん十周年やし(爆)

 とにかく、笑いあり涙ありバトルあり人間の偏見あり(爆)と感情を揺さぶり、かつ気持ちいいものを
書きたかったんですが、いかがっしょ? マイナーネタ過ぎ? まぁ、しゃあないけどね…(^^;
てーかお約束って言えばお約束ですね、特にラスト…w
まぁ、これはご期待に応えるってのはこうゆうことでもある、ということを覚えといていただければ光栄です。(秘技・自らを正当化(マテ)

では、長々とありがとうございました〜。
ラング6! 切に希望ぉ〜!! さあ、皆さまもご一緒に…(ヲ
では、失礼いたします。