ラングリッサー外伝
漆黒の剣
何処までも高く聳える岩肌。
陽光の差し込む僅かな地域から天空を見上げれば、そこに広がるのは澄み切ったような蒼い空。
天へ憧憬の眼差しを向けるのは、少年から青年へと変わろうとしている年頃の若者。
僅かな陽光を受けて煌く黄金の髪と琥珀の瞳が印象的だ。
「”外”の世界…どんな所なんだろう…」
吐息に混じった呟きが零れ落ちた。
若者の名はアーク。
一年を通して薄暗い、地底といっても差し支えないだろう此処、”ラーカシア”では成人とされる17才に間も無くなろうとしている。
ラーカシアは今から200年前に起きた、大規模な地殻変動の際に地に飲み込まれた地域で、かつては光の王国と呼ばれた国の都だったと言われている。
その当時に都を脱出しきれなかった人々の生き残りが、自分達の祖先らしい。
勿論、それが本当かどうかなんてアークは知らないし興味もない。
生まれた時からずっとラーカシアが全てで、他を知る術は無い訳で。
ただ、時折大人たちに内緒で、僅かに外界から陽の差し込む”果て”に来て、空の蒼を見つめては”外”に思いを馳せるのみだ。
もう直ぐ大人として認められる儀式を迎えたら、もう此処にこっそりと来る事も出来なくなるだろう。
大人になったら自分勝手な行動は許されはしないのだから。
だけど。
あの蒼い空の向こうへ、一度で良いから行ってみたいと言う思いが微かに胸の奥に突き上がる。
そんな事は絶対に有り得ないと解ってはいても。
「アーク!」
幼友達のティエルの己の呼ぶ声に、ぼんやりとした考えを打ち消される。
「やっぱり此処にいたんだ〜。バレたら長老様に怒られるよ?」
アークよりずっと小柄で童顔の少年が、手の中のワンドをキュッと握り締めつつ嗜めてくる。
これでも先日成人の儀式を迎え、念願の魔道士の資格をティエルは得ているのだ。
「親父の雷なんて、何時もの事だろ。別に怖くなんか無いよ」
そっぽを向くアークに、ティエルがニヤニヤと笑う。
「ホントかい? じゃあ長老様に言いつけちゃおうかな〜」
「そ、それはっっ」
それまでの大人びた表情から一転、アークが焦りを露にする。
「ウソだよ」
ニッと笑う幼馴染にアークは憮然と頬を膨らませる。
「ティエル!」
「ぁははっ」
殴るような素振りをするアークからヒョイと身軽に身を避けてペロッと舌を出す。
「それより、そろそろ戻らないと。鍛錬の時間だろ? 肝心の儀式の時に剣が貰えなくても知らないよっ」
実父であり長老たる存在は、己の剣の師でも有るのだ。
「う…そんな事、言われなくても解ってるよ!」
既に歩き出しているティエルの後を追いかけ、アークは内心文句を放つ。
ほんのちょっとだけ自分よりも先に儀式を迎えたからって、大人ぶって。
だが、ティエルの言うこともまた現実だ。
成人の儀式を迎える時、それまで己に鍛錬を課した結果として、目指した職業に相応しい継承の品が与えられる事になっている。
アークが目指しているのは、騎士だ。
けれど、鍛錬が足りず剣を貰えなかったら洒落にならないのもまた真実だ。
もう一度だけ天を見上げた後、アークは踵を返した。
2人が立ち去り、再び”果て”は静寂を取り戻す。
だが。
「ついに見つけた…」
人気の無くなった筈の「果て」に、何者とも知れぬ低い呟きが響いたのは、アークたちの姿が見えなくなった直後の事だった。
1日が間も無く終わろうとしている。
鍛錬を終え居住区域に戻ったアークは、一日の疲れを癒すべく寝台にゴロリと横になった。
何時もと変わらない日常。
それは多分、これからもずっと変わらず続く筈の日々。
目を伏せたアークの脳裏に、蒼が広がる。
暇さえ見つければ、出かける”果て”から垣間見える”外”。
どうしてソレにこんなにも意識が取られるのだろう。
「…考えたって始まらない、か…」
大袈裟に溜息を吐き出し、アークは寝返りを打つ。
ちゃんと眠らないと明日に触る。
眠りが足りない事から僅かなミスが重なって、数日後に訪れる成人の儀式に差し障っては不味いだろう。
「ふう…」
もう一度、今度ははっきり意識して呼吸を整えるべく息を吐き出したその時だった。
「アーク!」
突然扉が開き、室内にラーカシアの長老である父を含めたラーカシアの有力者である元老たちが飛び込んで来たのは。
全員が武装し緊迫した気配を漂わせていた。
その中にはティエルの父の姿も伺える。
「な、なんだよ親父…元老様たちまで揃いも揃って…」
驚きに目を見開くアークに向かい、
「直ぐに来るんだ」
有無を言わせない強い口調の父に、眉を顰めながらも従うしか今のアークには術は無かった。
慌てて着衣を身に纏い、父に促され屋敷の一番奥にから更に隠された地下道へと駆け抜ける。
まさか屋敷にこんな所が在るとは思いも寄らなかったアークの疑問はしかし、急ぐ大人たちの醸し出す緊迫した雰囲気に口に出すのも憚られた。
暫く駆け抜け、漸く最深部に辿り着いた其処には書物で読んだ神殿の如き建築物が聳え立っていた。
「親父…ここは一体?」
歩を止めた父に向けてアークが、やっと疑問を口にする。
「ついに…彼奴等が動いたのだ、アーク」
「彼奴等?」
「こちらへ、アーク様」
それまでの焦りの様相はなりを潜め、元老たちがアークを促して神殿に入っていく。
「大地の崩壊から200年…平穏は終わりを告げ、古の伝承が示す通り彼奴等が活動を開始したのだよ」
「古の伝承?」
「闇の眷族だ」
低く長老が声を絞り出す。
再び歩を止め、長老は神殿中央で光輝の女神が抱く剣を示す。
左右対称の黄金の鍔が白銀の刀身を支えた、美しい剣。
なのに、何故か禍禍しいと感じたのは気の所為だろうか。
「あれを…」
父の声に促され、アークは息を飲み込んだ。
「あれは?」
「…持つものに無限の力を与える魔の剣…。決して人が手にしてはならないモノだ。だから封じていたが、ここは既に彼奴等に知られてしまった」
重苦しい父の声音にアークは生唾を飲み込んだ。
「あれを持ってバルディアの、ルシリス様のセンターゲートにおられるだろう大魔道士ジェシカ様の元に行け。その先はジェシカ様が導いて下さるだろう」
そう言って長老は女神の腕から魔剣を引き抜き、用意しておいた封じの布に包むと、それをアークに差し出した。
「我が一族はバーラル王家と光輝の騎士ディハルトの末裔。お前はその宿命の元、この剣を守り通さなければならない」
手にした剣と父の声が腕に重く圧し掛かる。
「…はい…」
頷きそれを背負うアークの耳に、それまで静寂に包まれていた空間に喧騒が響く。
それは雑多な足音と金属の噛み合う戦いそのものを示していた。
「来たか…!」
父の声が吐き捨てられる。
同時に彼を除く元老たち全員が喧騒に向けて駆け出していった。
それを見送り、苦渋に満ちた表情で彼は己の腰に佩いていた大剣を差し出す。
「命に換えて、守り通せ」
剣を受け止める時、父の手が僅かに震えているのを知覚したが、今は感傷に浸っている暇は無かった。
「行け!」
「…っ!」
言葉にならない思いが胸を競り上がる。
アークは一礼して、父の示す神殿の奥に向かって駆け出した。
「アーク!」
神殿を出た所でティエルが声をかけて来る。
「ティエル?!」
「父さんに此処でアークを待てって言われて…」
「そうか」
ティエルは多分、事情を全て知っているのだろう。
その表情は消して明るくは無い。
「じゃあ…行こう、アーク。ここから出る道は父さんから聞いてるんだ」
「ああ」
生まれ育った所から逃げ出すのは心苦しいが、仕方が無いとアークが踵を返したその時だった。
「そうは、させぬ」
低く良く通る声が放たれたのは。
「だ、誰だ!?」
周囲を見渡した己の視界に人影が飛び込んだ瞬間、アークは思わず目を疑った。
「人が…浮いている!?」
愕然と目を見開くアークとは対照的に、ティエルがマジックアローの魔法を放つ。
が、その存在は抜き身の剣で魔法弾を容易く薙ぎ、払うと同時に魔法弾を放ったティエル自身に返したのだった。
「うわ…っ!」
「ティエルっ」
駆けより抱き起こすと息を確かめ安堵の吐息を零す。
再び視線を戻せば彼の存在は、口許に冷笑を浮かべていた。
「その程度、か?」
咄嗟に父に貰い受けた剣を引き抜いて構えると、射るような視線で睨み付ける。
「何者、だ」
幼馴染を傷付けられた憤りに燃え立つ意思に反し、アークの喉がひり付いたような声を絞り出す。
「死に逝くモノ等に応える必要など無い」
冷淡に言い捨て、男はフワリと優雅に地に降り立つ。
淡く輝く銀の髪を肩口で揺らす、平素なら息を飲むほどの美貌の主だ。
しかし、その身に纏う異様な気配と、温もりなどまるで伺えない蒼銀の冷ややかな瞳が、彼の存在から人としての温もりを消し去っている。
ゾっとするような冷たい気を投げ付けられたようで、心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥る。
一目で解る。
桁が、違い過ぎる。
適う相手ではない。
けれど、このままでは逃れられまい。
意を決してアークは地を蹴った。
「愚かな」
男が言葉を吐き捨てた瞬間。
切りかかるアークの剣の切っ先が僅かにだが淡い輝きを浮かび上がらせた。
「何…?」
男の美麗な面に僅かな驚きが浮かび上がるのと、アークが剣を振り下ろしたのはほぼ同時の事だった。
圧倒的な実力の差、故にか。
アークの渾身の一撃は、先程のティエルの時と同様、あっさりと弾き返される。
「ぐっ」
派手に吹き飛びティエルの直ぐ近くにまで転がったアークは、相手の剣の重さをまともに受け止めた衝撃の圧迫に、激しく咳き込む。
不味い。
焦りに脂汗を流すが、次の攻撃は直ぐには来なかった。
男が己の剣に視線を落とし、考え込むように眉を寄せた後、アークをまじまじと見つめていた。
「光輝の末裔、か」
男の呼びかけに応えず、アークはただ男を睨み付ける。
それが今の精一杯だった。
それに反し、男は口許を愉悦に歪めると、名乗りを上げる。
「我は闇の眷族が魔騎士、レイザー。光輝の末裔よ、貴様の生命と背のものをいただきに参上仕った」
寸前までの淡々とした気配ではなく、今度は歴然とした殺意を醸し出すレイザーと名乗った魔騎士に、アークの全身が震えた。
駄目だ。
迫り来る死の恐怖に覆い包まれ、冷や汗が背を伝った刹那。
アークの周りに魔法の輝きが滲み上がった。
「え?」
「何?!」
瞬間。
アークとティエルの姿が不意にレイザーの前から消え去ったのだった。
「テレポート…、おのれ!」
レイザーの視線が神殿の出口に向けられる。
そこに立つラーカシアの長老の掌が、今しがたの魔法力の放出によって名残の光を淡く発している。
射るような憎悪を眼差しを投げ付けると同時にユラリ、と彼は動いた。
その剣の切っ先は、紛う事無く長老の首へと疾る。
避けきれない事を承知しているのか。
微動だにしない長老の眼差しは、寸前まで息子のいた空間を見つめ、目を細めた。
「頼むぞ、アーク」
静かに長老は言葉を紡ぐ。
それが彼の最後の言葉だった。
気が付くと、朝靄に包まれながらもそこに目に痛いほどの緑が広がっていた。
初めて見る”外”。
ずっと焦がれていた筈の。
けれど。
憧憬が現実になるため引き換えにしたものは、あまりにも大きなものだったかもしれない。
唐突で、哀しく、悔しい。
だが、立ち止まる事はもはや許されはしないのだ。
アークは今、旅立ちの一歩を踏み出す。
果てしない戦いの渦中に向けて。
駄文
と、言う訳でYOUKI風、ラングリッサー6こと外伝の冒頭でした。
コレ、続きをまともに始めたら、長そうですね(笑)
たはは。
一応はちゃんと設定かましてはあるんだけど、それを形にするのって難しいです。
最初は未来設定にしようと思ったけど過去にスポット当てても良いかな〜と結論が出て、ポソポソ書き始めましたが、時代が狂わないようにするのは大変かもしれないです(苦笑)
何時かは、続きとか書きたいなぁ…と考え中。
最後に。
折角だから主要登場人物のキャラボイスイメージ、などをば(謎)
アーク:高木渉
ティエル:鈴木真仁
レイザー:小杉十郎太
って趣味丸出しですにゃ(笑)
それにしても主人公の名前、ありがち過ぎ(爆)
何にしても、こーゆーのも在りって事で。
最後まで読んで下さってありがとうございました。
●戻る●