想うもの |
――大変だとは思うけど、頑張って、欲しいの―― 緩やかで暖かな翡翠色した世界の中。 穏やかな声音が意識を揺さぶる。 懐かしい女性(ひと)の、その声にクラウドは苦く微笑う。 (何を、どう頑張れ…って?) 呟くが、応えは無い。 否。 解っているのだ。 自分が何をしなくてはならないのか、など。 崩壊する星を目にした時。 狂わんばかりの幾多の意志に押し包まれ、クラウドは理解したのだから。 二度と星が砕けてしまう事態を招かないように、そんな状況にならないように。 それが、星を守護(まも)るべく戦った者の努めであるのだ、と。 (ああ…解っている、解っているさ…) 独りごち、クラウドは目を伏せた。 小さな躰の身じろぎで、クラウドは微睡みから目を覚ました。 己の腕の中に在るのは、狂った欲望に支配された者たちに生きざまさえも蹂躙され、かつて哀しい運命に生命を散らせた若者の、未だ幼い姿だ。 己が刻を逆行しなければ、これより待ち構えるのは凄惨としか言えない未来。 だが。 再び巡り合い、出逢った以上、二度は同じ道を歩ませはしない。 変えられる。 今の俺ならば。 この存在の運命そのものを、変えられる。 変えてみせる。 そう決意したあの瞬間。 かつて身を焦がすほど憎悪した感情は霧散し、愛しさが募った。 守護り、慈しみ、何よりも大切にしようとの決意が漲った。 そうして己の感情を自覚した。 言うなれば、一目惚れしたようなものだ。 二度目の出逢いではあっても、だ。 だから、抱(いだ)いた。 己のみを唯独りとするべく、その小さな躰を穿ち、鳴かせた。 (我ながら…暴走したよなぁ…) 欲望を放たれた少年の、未だ涙の跡の残る美麗な白磁の面を見下ろし、苦い笑みを唇に象る。 「…セフィロス…」 その温もりを抱き締め、名を囁く。 途端。 パチリと瞼が開き、濡れた翡翠の瞳がクラウドを見詰めて来た。 「…クラウド…」 「起こしちまったか」 「…起きてた…」 一寸前から。 目覚めて、己を慈しんでくれた人が居なくなってはいないこと――これが夢ではないこと――に安心して彼の人に身を委ねていたのだ。 セフィロスの応えにそれらを理解したクラウドは、思わず笑みを零す。 「そっか」 くしゃりとセフィロスの銀糸を撫ぜ、薄紅の唇にキスをひとつ落とすとクラウドは身を起こした。 「…そろそろ本隊に帰還した方がいいな」 傍らに脱ぎ捨てて在った着衣に手を伸ばし、クラウドが真顔で言った途端。同じく身を起こしかけていたセフィロスの表情に蔭が落ちる。 「還りたくない…」 初めて、自分を慈しんでくれる人に巡り会えたのに、もう離れなければならないなんて、嫌だ。 セフィロスの生まれて初めての我が儘が、つい唇を突いて出る。 「いや、お前は還らなきゃならない。今のお前にとって、神羅と言う組織はお前自身を十二分に守ってくれる場所でもあるんだからな」 「…………」 検査と称した実験に身を刻まれるラボが、神羅が、どうして守ってくれる場所なのか。 セフィロスにはクラウドの言葉の意味が解らなかった。 「今の俺には未だ無理なんだよ…」 お前を守護りながら色々と遣るのは。 何せ自分は此処に来たばかりなのだ。 状況を把握し、細かい行動を取らなければならない。 その上、成さねばならない事はあまりにも多く、果てしない。 時間はいくらあっても足りないかもしれないだろう。 本当は側に居てやりたいのは山々だが、無理して破綻を招くことになったら洒落では済まない。 「でも、約束するよ。ずっと一緒に在るって。お前が望む時、俺は何時でもすっ飛んで来るって」 セフィロスの髪に唇を寄せ軽いキスを繰り返し、囁く。 「ずっと一緒に…在る…」 何時でも、来る。 口の中で幾度も繰り返し呟き、セフィロスは俯き気味だった顔を上げた。 「絶対、に…?」 「絶対だ」 問いかけに即答する。 「解った」 本当は納得などしてはいないけれど、感情を押さえて応えを返すと少年は己の着衣に手を伸ばして着替え始めるのだった。 着替えるセフィロスの淋しげな小さな背中を見詰め、クラウドは内心嘆息を漏らす。 あまり淋しがらせてはいけない。 出来る限り接触してやらないと。 星の定めの修復よりも、セフィロスに思考を取られる比率が遥かに大きくなっている事に気が付いて、クラウドは我知らず口許を歪ませていた。 「さて、と。神羅軍の本陣は…どの辺りかな?」 朝靄が覆い尽くした、清浄な気の満ちた空間に立ち、役目を終えたテントが消失するのを眺めたクラウドは大きく屈伸しつつ周囲へ視線を流す。 「オレが戦っていた場所から15:00の方角。距離は約12km地点…」 クラウドの呟きにセフィロスの声音が返る。 「……ふぅん……」 セフィロスの正確無比な方向感覚の示すとおり、その地点に雑多な人間の息吹が溢れていた。 そこに行き着くまでの最短距離を見出す中、多少なりともウータイ軍の気配も伺えて、思わずクラウドは眉を顰める。 (ホントに戦争…やってんだな…) ぼんやりと思考が過る。 あの時代、未だ己は子供で。 本当に子供で。 戦争の齎す悲惨さや陰惨さなど知らず、唯、神羅の強さ、ソルジャーの格好良さだけが目に、耳に入っていた。 神羅に属する一般的な市民は、みんなそうだったのだ。 現実の怖さも汚さも、知らず。 知り得る訳も無く。 神羅上層部にコントロールされた情報しか、入っては来なかったのだから。 セフィロスはそんな中を生き抜いた。 だからこその伝説。 どれほどの孤独と苦しさと切なさと悲哀さを胸に刻んで生き急いだことだろう。 彼の存在は。 瞠目し、クラウドは幼い子供を見詰める。 「…クラウド?」 「うん。大丈夫。俺がいるからな」 語尾にハートマークでも付いていそうな甘い言葉を囁き、クラウドはセフィロスを抱き寄せた。 それだけで、少年は頬を染め焦ったように目を伏せる。 抱き締められることに、温もりに包まれることに、慣れてはいないから。 「よし。最短距離で突っ走ろう」 「…ウータイ軍勢は…」 己の腕の中でくぐもった声音で問う少年に、 「ああ、うじゃうじゃ居るよ。でも、任せろ。途中で全部叩き潰す」 あっさりと言って退ける青年−の姿にしか見えない存在−は、クスリと笑う。 「潰した敵軍は、全部お前の戦功にしちまえ」 「…そんな無茶な…」 「ふふん? 出来ないとでも思ってるだろ。任せなさいって」 名残惜しげにセフィロスから腕を離し、クラウドは腰のベルトにぶら下げて在った、彼手作りのオートミニマム――ミニマムのマテリアをミスリル銀に絡めてキーチェーン化したもの――に繋いである、愛用の刀剣草薙を外すと、その柄に填め込まれた数々のマテリアを取り外した。 それは、この時代には存在していない筈のヒュージマテリアから生み出されたマスターマテリアを含めた、誰も未だ識る事の無いレアマテリア群である。 「何を?」 何事を始めるのかと、訝しげに見遣るセフィロスの前で、クラウドはベルトポーチから――やはりミニマムをかけてある、彼の資財(武器・アクセサリー・マテリア等の全財産)を収めた――ケースを引っ張り出し、適当にマスター化したマテリアを幾つか草薙に填め直す。 草薙からレアマテリアを外したのは、刀剣そのものをセフィロスに渡すため、そこに填め込まれたそれらが、神羅に利用される事を避けるためだ。 調整を終え、それをセフィロスに差し出す。 「だってお前、獲物が無いだろう?」 出逢いの時。 セフィロスはウータイの暗殺部隊であるニンジャの軍団と戦っており、その際手にしていた武器は熾烈な戦闘によって折れ、徒手空拳であったのだ。 セフィロスが他の存在の刃に倒れるなど、許せなくて。 この存在を殺してもイイのは、自分だけなのだから。 だからこそ、クラウドは堪らず飛び出し加勢した。 そうして気が付いたら、自分だけの『モノ』にしたいと言う感情に支配されていたのは、ご愛嬌だ。 兎も角。 セフィロスが正宗を手に入れる事になるのが何時頃なのかを知らないので、それまでの間、彼の能力に値する剣として草薙は十二分な威力を発揮する事だろう。 「だからコレをやるよ」 クラウドから手渡された草薙の、美しい姿に不似合いな強大な威力を感じ取り、セフィロスは慌てる。 「で、でも…っ!」 コレが無いと、クラウドは困らないのか、と尋ねるより早く、青年は笑った。 「ああ、俺はコイツを使うから、いいよ」 応えて再びケースから取り出したのは、不可思議で透明な蒼い輝きに包まれた刀身が身の丈程も在る巨大な剣だった。 「俺の持つ最強の武器だから心配するな」 軽く片目を瞑って彼はセフィロスを安心させる。 本当はあまりこの剣には頼りたくはないのだけれど、背に腹は換えられない。 二、三度と軽く剣を振るうと、星の生命を宿した偉大な剣は、蒼い燐光を放つ。 「宜しく頼むぜ、相棒…」 クラウドの声に呼応し、アルテマウェポンが一際輝いた。 「じゃ、行くか」 アルテマウェポンを肩に軽々と担ぎ、クラウドはセフィロスを振り返り、これから戦いに赴くとは思えないほど呑気な声で言うと歩き出す。 「あ、うん…っ」 慌てて少年は草薙を手に、彼の人の後を小走りに追うのだった。 魔法マテリアの緑光を伴った閃光・サンダラが、連続で四回、東西南北へ各々迸ったその直後。 ウータイ陣営中央に向けて黒い着衣に身を包んだ少年の、華奢で小さな躰が疾駆する。 右に左に。 クラウドの冷静な指示の下、セフィロスは絶妙のフットワークでウータイ軍の一師団のど真ん中で草薙を奮う。 まるで紙のように軽やかに敵が切り裂かれて行く。 先に魔法でダメージを受けて居るとは言え、ウータイ軍の一師団が忽ち壊滅して行く様は爽快と言うよりは脅威だ。 しかも敵の攻撃は物理・魔法を含めて殆ど効果を得られないのでは、致し方ないだろう。 駆け抜けるセフィロスは無傷のままだ。 それも道理。 戦闘に突入する寸前に、クラウドの唱えた「まほうみだれうち」による支援魔法で、シールド、ウォール、ヘイスト、リジェネにセフィロスは包まれていたからだ。 「うーん…」 戦況を判断しつつ、敢えて魔法攻撃のみに絞ってセフィロスと一緒に戦渦を駆け抜けながら、その脇でサポートをするクラウドが、唸る。 かつて、共に戦った仲間にしてもらった事を今度は自分がやっている訳だが、これが結構ストレスが溜まる。 サンダガを落とせばあっさり決まるだろう。 魔力255を誇るクラウドの魔法攻撃ならば。 だが、自分がウータイ軍を壊滅させてしまう事になるのでは、セフィロスの肥やしにはならない。 確かにそれで経験値は手に入る。 しかし戦いのノウハウは、自分の身に刻み込んでこそ意味が在る筈だ。 敵をあっさり倒せるのに倒してはいけない。 その鬱憤に、つい唸ってしまっていた。 (昔、皆もこんな気持ちだったのかな…?) かつて、己が戦いから一時的に離れ、戻ってから「厄災」と決着を着けるために気が遠くなるほどの戦いを繰り返した事を思い出しながら、クラウドは失笑した。 「クラウド…?」 そんな彼のノスタルジーが、セフィロスの不安を含んだ声音ひとつで霧散する。 「ん? ああ、ごめんごめん。俺が注意力散漫じゃマズイよな。 お、ヤバヤバ。 周囲に気を巡らせろ、残りの敵さんが迫ってくるぞ」 「……うんっ」 セフィロスは片目を瞑って苦笑するクラウドにホッと息を吐くと、既に手に馴染んだ草薙を構え直して地を蹴った。 その背後から、今度は炎の魔法の緑光が疾り、周囲が赤く染め上げられるのだった。 「よし、任務完了…ってトコだな」 神羅軍の本隊陣営まで後数百メートルと言う地点で、クラウドは歩を止めた。 「お前はここからひとりで戻るんだ」 その言葉に、寸前まで共に戦えた喜びによる高揚感が忽ち消失したセフィロスの、表情が青醒める。 「…クラウド…」 離れたくない。 側に居たい。 必死に競り上がる思いに、少年の薄い唇が戦慄く。 「俺はお前の側にいるよ」 優しい声に、鼻の奥がツンとする。 泣き出しそうな表情をする少年を見下ろし、クラウドは身を屈めて戦慄くセフィロスの唇を奪うと強く貪った。 「ぅんん…っ」 草薙を持たない側の手で、懸命に唯一人の人の背にしがみつき、幼いながらにセフィロスはその深く熱い口づけを受け止める。 「クラウド…」 そっと唇が離れると同時に数歩後退さると、クラウドはニッと笑う。 「じゃ、またな」 スッと片手を上げ、暫しの別れの挨拶をしたかと思うと、セフィロスが何かを言う間も与えず、青年の姿が忽然と消えた。 「あ…っ!?」 呆然と唯一無二なる存在を、暫くの間少年の翡翠の瞳が彷徨うように捜し求めるが、もはや何処にも彼の人の気配は感じ取れはしなかった。 切なげに目を伏せ、直後キッと顔を上げたセフィロスは踵を返す。 確固たる足取りで、還れと言われ、還るしか無い場所に向かって。 セフィロスが神羅軍本陣に向かう様を、実は其処から僅か数メートルと離れてはいない大木の蔭に隠れて見送ったクラウドは、心の奥で嘆息を吐き出した。 (さて…これからどうするかな…) 大木と気を同化させたままに、その背を凭れかけるように幹に委ねたクラウドは思案する。 刹那。 至るところで穢れと汚濁に包まれ悲鳴を上げる星の嘆きがアルテマウェポンを通じて、クラウドの全身に衝撃となって広がっていった。 (成る程…ね。俺はコイツでコレを浄化しなくちゃなんない訳か……) あまりにも果てしない現実に、うんざりする。 精神力、消耗しそうだ…と思わず天を仰ぐクラウドを助てくれる存在は、無い。 否。 在(い)るには在るが、あまりにも幼く未熟だ。 (まじで途方も無いよ、こりゃ…) そんな思いに駆られ、情けない表情を浮かべたのもつかの間。 それでもやり遂げなくてはならない使命に心を奮起させる。 (その代わり、俺に力を貸せよ) 星に向けて言って退けた後、クラウドは目を伏せる。 それに応えたのか、浄化をして欲しいと望む星はライフストリームの淡い光りでクラウドの身を包むのだった。 |
戯れ言 と、言う訳で、「Believe」WEB用書き下ろしの第一弾です。 話は大人クラと子セフィの、出逢いの直後くらい。 同人誌版「Believe」を持ってなくても解るように書いたつもりですが、説明不足だったら御免なさいです。 足りない所は、キャラ説明やらの頁で補っていただければ…って…情けないカモ。 すいません。 でも、ラブラブなんです。 これからもバカップル炸裂話、ポツポツ書いて行くので、見捨てないで下さいまし。 2003.09.01 |
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