Pupil of amber

1.

 神羅の本陣に還って行く寂しげなセフィロスの背中を見送り、星の願いを淡やかな翡翠の輝きに包まれながら受け止たクラウドは、小さく溜め息を吐き出すとその身を輝きに委ねて目を伏せた。
 ゆうるり。
 躰がゆったりとした浮遊感に包まれて暫くは無言で流れに身を任せていたクラウドは、ふと呟きを零す。
「果てしないなぁ…」
 苦笑いに口許を歪め、無意識に愚痴が唇を突いて出る。
「この世に溢れる”穢れ”と”淀み”と”歪み”を纏めて片付けなくちゃならないっつうのは…生易しかないぜ?」

 ―――汝が望みしは、厄災の生存なれば
 ―――少々の荒事には応えるが必定

 ぼやきに返る応(いら)えは、痛烈な反撃。
 思わず眉を顰めてしまっても誰の文句が有るだろう。
「…そう、来るか」

 ―――それが故に、我らも応えよう

「はいはい、やりますよ。やりゃあイイんだろ?」
 太々しく言って退ける言葉に刺をふんだんに滲ませる。
 が、それでも先程よりは彼の表情は穏やかと言ってもよかった。
 セフィロスを排除しようとする不愉快な意志が、少なくとも今のライフストリームの翡翠の輝きから感じ取れはしないからだ。
 それがクラウドには嬉しかった。
「で? これから何処へ俺を連れて行くんだ?
 俺としては、少しでもその”厭なモノ”を減らしたいんで、さっさとおっぱじめたい気分なんだけどね」
 閉じて居た瞼を開き、クラウドは凜と意志を募らせる。
 早く。
 一刻も早く。
 厭なモノは排除したい。
 セフィロスのために。
 何故ならば「穢れ、淀み、歪み」は、セフィロスを、セフィロスの中のジェノバを闇に陥落(お)とそうと誘う汚濁だ。
 ジェノバが活性化すればするほどに、星の生命を食らおうと肥大化して行く事だろう。
 それが後のメテオ召還に繋がる可能性が皆無という訳ではないのだから。

 ―――心配は、いらない
 ―――汝の生命の紡ぎは厄災を抑える

「……なんだよ、それ?」
 星の意志の思惟の声にクラウドが疑問を募らせた刹那。
 クラウドの思考へ、己と幼いセフィロスの交わる様が艶やかに投影された。
「…おいっ!」
 誰が自分の性交シーンを反映しろなんぞと言ったか、と、眦を赤らめながら激しく非難しかけたクラウドへ、

 ―――生命の紡ぎは厄災を抑える

 再び、先程と全く同じ言葉が意識に響く。
 深い意味を伴って。

「………まさか………」
 自分と交わることで?
 要するに、まあその、注いじゃったりなんかする事…なんて言わないよな。
 などと、赤面しつつも出来れば違っていて欲しいと微かな希望を心の片隅で願ったのもつかの間。

 ―――そうだ

「まじかよっっ」
 あっさり返った思惟に、クラウドの面はおろか全身までも赤く染まるような灼熱に支配されて思わず唸り声をあげて仕舞う。

 ―――汝は既に我と共に在り
 ―――汝の血は肉は、厄災を陵駕せしなれば
 ―――厄災そのものをも抑える事、容易い

「うわ…」
 なんつう恥ずかしい状況設定なんだ。
 そりゃ、1200年も生き続けてきた自分の血肉が、既に唯のジェノバ細胞を内包したモノとは違ってる事は解っちゃいたけれど。
 そうでなければ、星と共に自分が存続して行くなんてご都合主義がまかり通る訳も無い訳で。
 無意識に天を仰ぎ見て、クラウドは幾度となく嘆息を漏らさずにはいられなかった。

 ―――そして”この世”に在り得るが為に、汝が身は以前とは違(たが)っている
 ―――その証しは汝が”この世”に来訪せ刻より具現している

「は…?」
 証し?
 具現?
 それは一体何の事だろう、と訝しむクラウドの思考に、有り難くも意志達は再び映像を送り込んでくれた。
 己自身でさえ気が付いていなかった現実。
 見慣れた己の面を彩るのは、魔晄の輝きを秘めた”琥珀”の瞳。
「……おい……」
 わざわざ瞳の色を換える理由が判らず、クラウドの低い疑惑の声が零れ落ちる。
「…んだよ、こりゃ?!」

 ―――必然、なれば

「何のために、だ?」
 1200年も連れ添ってきた、己の瞳だ。
 勝手に換えられては困る。
 不快感にムッと表情を顰めるクラウドへ、声が返る。

 ―――何れ、解る

 それを最後に、いくらクラウドが問いただそうと、思惟の声が返ることは無かった。
 不機嫌な感情のままに、ふて腐れたクラウドの視界が、不意に開く。
 フワリ、と降り立った地。
 其処は、流石のクラウドをして、以前の世界に於いて決して行こうとはしなかった、忘らるる都であった。





2.

 何故、こんな処に。
 記憶の中と寸分変わらない、二千年の時を掛けてゆっくりとした崩壊を奏でる古の都が眼前に広がっている。
 其処は相変わらず、冷たい光と無音の世界だ。
 温もりも何も感じられない。
 唇を噛み締め、クラウドは眉を潜める。
 大切に想っていた女性が、その未来を失った場所になど、二度と来訪したくは無かったのに。
 例え、彼女の意志を星の随所で感じられるようになった後でも、だ。
「何故、こんな処に俺を来させた…」
 今度はしっかりと言葉を募らせる。
 憤りを滲ませて。
「何の意味が在るんだ?」

 ――此処でなくちゃ出来ないから、連れて来て貰ったんだけど、ね

 その意志の声に、クラウドはハッと振り返る。
 すぐ傍らで囁かれたように感じられたその声は。
「エアリスっ!?」

 ――うん、久しぶりだね、クラウド

 彼の人の姿は確認出来ないけれど、確かにその声は忘れられない女性(ひと)の声だった。
 喜びと、そして微かな哀しみを端正な面に浮かたクラウドは、直ぐには言葉が出せずにいた。
 すると、エアリスが笑う気配がした。

 ――変わらないね、クラウド

「エアリス…」
 直接の会話は、彼女を失って以来だ。
 だから声が震えてしまうのを、クラウドは意識したが止められない。
 何か言わなくては。
 なのに。
 ただ、それだけの事が出来なくて、クラウドは頭を掻く。
「参ったな…」

 ――やだ。そんなに難しい事かな?

 クスクスと笑う彼女に、クラウドの口許に苦笑が浮かぶ。
「…そんなに笑うなよ…」

 ――ふふっ

 笑っている。
 エアリスが、笑っている。
 それだけでクラウドは嬉しかった。
 本当はずっと彼女の楽しげに笑う声を聴いていたいけれど、きっとそれは適わない。
 自分には成さねばならない事が有る。
 己が此処に在る現実に、彼は向き直る。
「…それで、エアリス。此処でなければ出来ない意味とは?」
 クラウドの強さを秘めた琥珀の眼差しを受け止めたのか、エアリスは静かに語り出す。

 ――此処は星の要。「穢れ、淀み、歪み」を修復するのに最も適した場所なの
 ――そう、星に直接訴えかけられる唯一の場所

「つまり、此処から世界中の汚濁を消し去る訳だな? 『こいつ』を使って」
 アルテマウェポンを引き抜き、その透明な淡き輝きを見下ろしながらクラウドは呟いた。

 ――星の剣に浄化を願い
 ――星に届けば浄化は適う
 ――それが星の願い

 エアリスと、それ以外の意志の囁きが、無音の世界に音楽を奏でるように広がって行く。
「解った」
 アルテマウェポンの柄を殊更強く握り締め、クラウドは即答した。
 それが、星の守護者である己の成すべきことならば、力の限り戦う。
 クラウドの強い意志に満足したのか、数多の意志が散って行く。
 そして、最後に残ったのは。

 ――今度「出会う時」は、もう、「この私」では無いけれど、また、ね

 エアリスの最後の囁きに、全て理解した。
 己以外はきっと、「この世界」に存在する事は許されないのだろう。
 クラウドの眦に熱いものが滲む。
 それでも、彼はこう応えた。
「ああ、また、な」
 喜びを称えた彼女の笑みが、脳裏を過ったような気がして、クラウドは一瞬瞼を伏せる。
 そうして、再び目を見開いた時。
 忘らるる都を照らす光りには温もりが。
 凍り付いた世界が動き出した事を知らしめるように、風が流れ始めていたのだった。


 暫くの間、崩れ行く都の名残を見詰めていたクラウドは、無意識に手にしたアルテマウェポンを見詰めた。
 その透明な刀身に己の琥珀の瞳が映った瞬間。
 クラウドは不意に理解した。
「…何で俺の瞳がこうなっちまったのか、解ったような気がする」
 自分はこの世界で幼いセフィロスに出会っている。
 彼の運命を変えようと行動しようとしている。
 現実に、もう変わっているはずだ。
 そしてエアリスは言っていた。
 次に出会うのはこの私ではない、と。
 ならば、自分は?
 此処がかつての自分の生まれ育った世界である以上、当然、クラウド=ストライフなる存在も生まれているに違いない。
 そして、同じ運命を辿るのならば、何れクラウドは神羅にやって来る。
 セフィロスに憧れ、ソルジャーとなるべく。
 同じ人間が存在する事は出来ない。
 だから、自分の姿の何かが変わる必要が在った。
「…それで、「必然」な訳、か…」
 此処に連れて来られる時に囁かれた言葉への結論を自ら引き出し、苦く笑う。
 崩壊して行く最中に、己に刻を溯らせるだけでも大変だろうに、更には、己が此処で存続していく為に余計なことにまで気を使わざるを得なかったのだ。
 星はどれ程壮絶なエネルギーを使ったことだろう。
 でも、それは未来のために必要なのだ。
 星自身を含めた生きとし生けるもの総ての未来の為の、必然。

 アルテマウェポンを地に突き刺し、彼は凛と言い放つ。
「遣るよ、俺。俺の力の続く限り…っ!」
 星の浄化に願いを込めて。
 クラウドの意思に応え、アルテマウェポンがブン…、と低く唸りを上げた刹那。
 忘らるる都全体を照らすかのように、光が疾る。



 それは、温もりと強さを露にした、琥珀の輝きであった―――。









戯れ言

何ヶ月もお待たせした割に、やっぱり「まったり話」な観が拭えない気がしたりしなかったり。
どう、展開しようか悩み捲った割に、こりゃ無いよな〜、な話で実に申し訳無い。
でも、彼女が描きたかった。
「此処」だからこそ…。

2004.01.20

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