閃き


 所はミッドガル、時刻は真夜中。
 長身痩躯の人影が、強化クリスタル製の窓から遥か眼下の漆黒世界を何気に見下ろしていた。
「…そうだ、そうしよう。それが一番手っ取り早い…」
 不意に、人影は誰に言うともなしに呟きを漏らすと、口許を微かに歪め低く笑みを象った。



 どこまでも続く、澄み切った青い空と青い海。
 何も無くても美しい情景そのものの世界が広がる空間を この世でただ一人、恨みがましい眼差しで見遣る少年が、居た。
「うぅ…うッ…」
 一瞬でも水平線と空との区別がつかないそれを目にして力いっぱい後悔する。
「大丈夫かぁ? クラウドぉ…」
 親友にして悪友、ついでに憧れのソルジャークラス1stたるザックスの心底心配してくれる声音に、クラウドは応るのも億劫気な様子で船縁に伏せていた顔を上げる。
「…あんまし…だいじょぶく…無い…」
 天下一品の乗り物酔いを誇る(?)親友の、蒼白の顔色と震える口調に、ザックスは内心確かな舌打ちを漏らす。
(…ったく…誰なんだ?! 社員旅行を船で、なんて馬鹿な事言い出した野郎は!)
そう。
 社員旅行。
 忙しくて目が回りそうな日常の中、神羅も粋なことを計らってくれるじゃないかと喜んだのは最初だけ。
 ばびゅーんと飛空艇でひとっ飛びでもしてくれるのならば、こんなにクラウドが苦しむことも無いのだが。
 前述の通り、彼の親友は無敵の乗り物酔いを自負する御仁なのだ。その上よりにもよって船旅となれば、間違いなく気分は劣悪、情緒は不安定のおまけ付きだったりする。
 そうなる事が解っているにも拘わらず、この社員旅行に クラウドが参加したのは、これが強制であるからなのだ。
 有り体に言えば、不参加となれば賞与査定にひっかかる訳である。
 近々共同宿舎から一人暮らしなどしようと画策しているクラウドにとって「社員は辛いよ」状態を地で行っていたりする。
 そうして仕方なく参加などしてみれば、これだ。
「…うう…早くソルジャーに成って…高給取りになりたいよぉ…」
 胃の中身を奇麗さっぱり空にして、もう出るものは殆ど無いにもかかわらず、競り上がって来る吐き気と戦うのは、正直魔物との戦闘よりもずっときつかったりして。
 本当に難儀な体質である。
 こんな感覚も、ソルジャーになれば無くなるんだろうけれど、今は未だ一介の一般兵士に過ぎない我が身が切ないクラウド・ストライフ15の秋だった。

 等と愁傷な気分に浸り切れず、くったりするクラウドへ、
「なあ、クラウド」
 ザックスは親友の気分を少しでも和らげようと、少年の耳元に唇を寄せると幾分声を潜めた。
「ここだけの話なんだけどな」
「…うん?」
 何時に無いザックスの声音に、意識を取られたクラウドが億劫げにでは有るけれど視線を彼へと向ける。
「どうやら今度の社員旅行、セフィロスも来るらしいぜ?」
 ここ最近、ザックスのお陰でちょくちょくセフィロスと顔を合わせる機会に恵まれているクラウドは、このザックスの言葉に心躍らせたりする。
 神羅最強のソルジャーにして、クラウドの憧れの存在である英雄セフィロスの名の齎す効果は抜群だ。
 クラウドの青ざめた表情に僅かにでは有るが、紅潮による赤みが差した。
「ほ、ほんとか…?」
「ホントホント。何たって本人がこの前そう言ってたから間違いないって」
 ザックスがニヤリと笑えば、クラウドの表情がパッと明るく変わる。
 嘔吐感は相変わらずだったが、それでも目的地であるコスタ・デル・ソルに到着するまでの後一日位は乗り物酔いを我慢出来そうな気がして来る辺り、我ながら現金かもしれないと思うクラウドは悪くないだろう。
「楽しみだなぁ…」
 劣悪の気分が緩和して行くのを目の当たりにして、ザックスが苦笑を零した瞬間だった。

「そう言って貰えて、この企画を立てた甲斐があると言うものだ」
 突然、己の真後ろから、全くの気配も無く低い声音が放たれたのは。
「あ…?」
 あまりに唐突な彼の人の出現には、流石のザックスも唖然と目を見開いてしまい、ポカンと口を開いてしまうに至るのだった。
「ちょ…っ」
 やっとの事で我に返り、ザックスは何とか言葉を絞り出す。
「…待て、セフィロス。…まさかと思うが、この社員旅行を…しかも船旅仕立てにしちまったのって…」
「ああ、俺だ」
 神羅の誇る英雄は、彼にしては珍しく笑みを浮かべて答えたのであった。
「な、何故…船なんか…」
 クラウドが嘔吐感を飲み下しながら呆然と震える声音で呟けば。
「お前たちとゆっくり過ごしたいと思ってな?」
 正確には「クラウド、お前と二人きりで」等と言いたい所をグッと堪え、更には心の奥で、
(コスタに着いたら特別に用意させたとびきりの部屋で二人きり、あ〜んなことやこ〜んなことなんかをするべく画策していあるのだが…)
 なんぞと思っていたりするセフィロスの、内心の声をどういう訳か聞き届けたザックスの拳が、直後、唸りを上げる。
「ばっかやろおおおッ!」
 怒鳴り声に何事かと振り返ったセフィロスのボディに、ザックスのそれは奇麗に決まった。
 次ぎの瞬間、漆黒の長衣が翻り、見る見る彼方に飛んで行ったのだった。

 ザッパ〜ン。

 そうして派手に水しぶきを上げて、英雄は見事大海原に落っことされたのだった。
「てっ、てめえの身勝手に振り回されるクラウドの身になれっつうんだ、このエロ英雄ッ!」
「…ザックスって…凄い…」
 怒り露なザックスの勢いに、クラウドは酔いも忘れて唯呆然と呟くのだった。



「…なかなか遣るな…」
 海面から顔を出し去り行く船を見つめて呟くと、セフィロスは口許を歪める。
「だが、これくらいで諦める俺だと思うなよ、ザックス」
 低く言葉を漏らすセフィロスの眼光は、鋭い。
 社員旅行の期間は、長くは無いが短くも無いのだ。
 なんとしても、その間にもっとクラウドにお近づきになりたいと言う欲望は、果てしない。
 彼の脳裏に新たな計画が、閃くのだった。









戯言

ラブコメ目指して書いてみたものの、実に破綻してますねぇ…
や。
自分の本でドツボに暗い展開炸裂中だったんで、せめて神羅時代は楽しいお話を書きたいと思った…って感じでした。
依頼を受けて嬉々として書いた記憶が有ったり無かったり。
ヘンな英雄さんは、当時から大好きだったみたいです。
おや〜?

初出/依頼原稿(1997)
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