触発


 ザーン、ザザーン…。

 寄せては返す波の音が耳に響いて心地よい。
 夜のひんやりとした風が、薄いレースのカーテン越しに室内に入って来るのも気持ちよくて、夕方までずっと劣悪だったクラウドの気分を向上させていた。
 社員旅行の名を冠し、コスタ・デル・ソルで今日から一週間、休日を満喫出来ると思うと少年の頬は僅かに緩む。
 が、しかし。
 そんな思いを脳裏に過らせたクラウドの表情に、直後陰りが差す。
「…多分…無理、だよな…」
 溜め息を漏らしながら、クラウドの目がチラリと傍らの空のベッドを見やった。
 同室者を買って出てくれたザックスは、到着した夕方に荷物を置いたっきり戻っては来ていない。
 時刻は間もなく真夜中の1時に成ろうとしているのに。
「この時間になっても戻って来ないとしたら…行き先は…」
 間違いなく、セフィロスの所だろう。
 クラウドの憧憬を一身に集めた、彼の英雄の…。
 そう思った途端、何だかとても腹立たしくなった。
 そりゃ確かに、ザックスはセフィロスと同じソルジャークラス1stなのだから良く行動も一緒ではある。
 そのお陰で、自分などセフィロスに顔や名前を覚えて貰えたのだが、腹立たしい気持ちに変わりは無い。
 なんで腹立たしいのかと言えば。
 自分も一緒に連れて行って欲しかった。
 そして、あの二人といつも一緒に居たかった。
 それが我が儘でしかないのだとの自覚は在るつもりだ。
 口さがない連中は、セフィロスに取り入りたいからザックスの側に居るのだろうと言うけれど、それは違う。
 断じて違う。
 憧れは、憧れでしか無い。
 好き、という感情を育むには、未だ未だ彼の人は遠く果てしない存在なのだから。
 自分が未熟である以上、共に存在し、同等になるにはやはり、己の目標であるソルジャーになってから口にするべきだと思う。
 それに。
 正直に言うなら、未だ自分の気持ちははっきりなんてしていない。
 だからそれまでは、今の関係を続けていたいだけだった。



「…あんたホントにわあってんのかぁ? セフィロスぅ」
 呂律の回らぬ口調で己を睨み付けながら言い募るザックスを苦虫を噛み潰したように不機嫌そのものの表情を露にしたセフィロスが、憮然と応える。
「解っている」
「いーや、あんたはわぁってないっ! ぜんっぜん解ってないぞッ!」
 言った途端の反撃に、セフィロスはムッと口許を歪めて反論する。
「どうして言い切る…」
 不愉快さを唇に乗せて呟くセフィロスを酔いも手伝っての薮睨みでザックスは首を振る。
「あんたはいつも、そうだ。解ってるといいながら、遠回しでクラウドに接近する。そいじゃあ絶対伝わりゃしないんだよ!」
 セフィロス相手に管を巻けるのは、神羅広しと言えど、ザックスくらいなものだろう。
「…それは…おまえも同じだ…」
 ポソリと呟くセフィロスに、手近に在ったボトルから空の己のグラスに酒を注ごうとしていたザックスの手がピタリと止まり。
 ギッと鋭い視線がセフィロスに投げ付けられた。
「…煩いな…」
 常に陽気な彼らしくない、低く唸るような声音が絞り出される。
「…んなこたぁあんたに言われるまでも無く解ってるッ」
 荒々しく吐き捨てられる言葉に、セフィロスは眉を顰めてグラスを煽る。
「ほお…自覚症状は在るのか、貴様でも…」
 言われてカチンと来たザックスが言葉を吐き捨てる。
「煩いと言わんかったか、俺は」
 ピクリ。
 ザックスの言葉にセフィロスの眉が引きつるように跳ね上がる。
「…そこまで言うなら、こちらにも考えが在る…」
 不機嫌も極まったのだろうセフィロスが、冷淡な口調で言い放つ。
「お前が沈黙を守るなら、俺が先に白黒付けさせて貰うぞ」
「…何だよ、その白黒っつうのは…」
 ふてぶてしく応えながらも、己の背筋を得も言えぬ悪寒が駆け登るのをザックスは感じていた。
「ま、まさか…あんた…」
 幾分青ざめながら、震える声音で問いかければ。
「決まっている。クラウドにオレの気持ちをはっきり伝え、身も心もオレのものにする」
 カタン、と立ち上がり大きく目を見開いているザックスを残して部屋を退出しかけたセフィロスの歩が、扉の所でピタリと止まると、
「これ以上、お前との二人三脚は御免こうむりたいのでな」
 ニヤリと口許に笑みを浮かべたのだった。
「っざけるなーッ!」
 瞬間、ザックスの頭に一気に血が上り、彼はセフィロスに果敢に飛びかかっていたのだった。
 その手には、いつの間にやら愛用のバスターソードが握り締められているのを見逃すセフィロスでは無い。
 彼もまた、正宗を構え足音も無く室外へと駆け去っていた。
「…んの野郎! 逃げる気かッ」
「誰がだ」
 ホテルの外に飛び出したセフィロスが酷薄な笑みを浮かべてザックスを待ち受けて応えを返す。
 狭い室内で無く、広い庭園での方が戦い易いと判断するだけ、セフィロスの方がザックスより冷静だった。
 あくまで、今のザックスよりは、と言う前提では有るが。
 言うまでもなくソルジャー同士、しかもクラス1st同士の戦いが及ぼす影響は尋常で在ろう筈も無い。
 余波がホテルに及ぶのは、時間の問題だろう。
 冷静さを欠いた二人の剣が噛み合う金属音が、深夜のコスタ・デル・ソルに響き渡ったのは次の瞬間だった。

 ドオンッ!

 壮絶の二文字がぴったり当てはまるの音に次いで、部屋が突如震動する。
 眠れなくて頭から毛布を被って丸まっていたクラウドは瞬間、跳ね起きた。
「な、何だよ、今のは…」
 言った途端に派手な爆音が鼓膜をも震わす。
「ば、爆音…? 今の…魔法の…」
 それもかなり高位の雷系のものだと理解したクラウドが慌ててそれが何で在るのかを見極めようとバルコニーに駆け寄った途端。
 彼の瞳は信じられないモノを映し出した。

 バスターソードと正宗が幾度となく交差し、その都度金属の噛み合う火花が飛び散る。
 遠くから見るだけでも、1stソルジャーの熾烈にして美しい戦う様は、見事なほどだ。
 が、しかし。
 それは戦場でならば、の話だ。

「何で…ザックスがセフィロスと戦ってるんだ?!」
 呆然と二人が戦う様を暫く見るしか無かったクラウドが ハッと我に戻り、徐にバスルームに走った。
 それから、手に何かを持った状態で彼はバルコニーから飛び降りるなり、今まさに必殺の一撃を繰り出そうとしていた二人のソルジャーに向けて手に在る物体を投げ付けたのである。
 バシャッと言う水の音に続いて、スコーンとプラスチックの何かがぶつかる物音が響き。
「誰だッ、風呂桶なんぞ投げて来た奴はッ!」
 それを投げ付けられた当事者二人が余りのことに投げ付けた当人に文句と一緒の殺気走った眼差しを向ければ。
「いい加減にしろよッ、今何時だと思ってるんだッ!」
 怒りのあまり、荒々しく息を乱しているクラウドの怒声が返って来る。
「あ…いや、その…」
 そもそもの原因であるクラウド本人の突然の行為に我に戻った二人の肩がガクリと落ちる。
「こんな真夜中に戦う理由は、勿論在るんだろうな、ザックス」
 敢えてセフィロスには文句を言わない辺り、如何に怒髪天と化したクラウドであろうと分別が在るのだろうが、兎も角。
 その怒声にグッと息を詰まらせるザックスであったが、答えなければ暫く口もきいて貰えそうに無くなるのが分かっていたので渋々と応えを返すべく唇を突き出した。
「…酒飲んでたら引っ込みがつかなくなったんだよ…」
「だから、何のだ?!」
 俺は理由を言えと言ってるんだ。
 眦をきりきりと跳ね上げて鋭く言い募りながら、今にも胸倉を掴まんばかりに詰め寄ってくるクラウドに根負けしたザックスは、ヤケのやんぱちで怒鳴り声を上げた。
「セフィロスがお前を襲うって言ったから、お前を守る為に戦ってたんだよッ!」
 んな事、誰がさせるもんかよ。
 親友を護るべく必死の形相のザックスに、
「はぁ…?」
 言われたクラウドが間の抜けた表情を浮かべた。
 誰が、誰を、襲うって?
 言葉の意味を理解しようとするより早く、クラウドの前に立ち塞がり剣を構え直した直後、ザックスはバタリと倒れた。
「ザ、ザックス?!」
 クラウドが慌てたように名を呼ぶが、当のザックスの意識は既に無かった。
「ウイスキーのボトルを5本空にしてオレと戦ったのだ…引っ繰り返って当然だろうな…」
 憮然と呟くセフィロスに、
「…相変わらず、だなぁ…」
 クラウドの呆れ果てた溜め息混じりの呟きが返る。
「…それで、ホントなんですか?」
「何がだ?」
「ザックスの言ってたこと、ですよ」
 ポツリ、と低く呟くクラウドにセフィロスは一瞬息を飲み、応えを躊躇してしまう。
 流石に本人を目の前にして何を言える訳も無い。
「…その場の勢い、だ…」
 ボソボソと苦笑いして嘯けば、納得したのだろうクラウドが頷いた。
「でしょうね」
 あっさりと返った応えに、セフィロスは内心酷くがっかりしたが、今のこの状況では下手な言い訳などするより、ずっとマシだろう。
 何れ、きちんとした形で「お近づき」になるべく、ちゃんと戦略を練らなければ。
 泥酔するザックスを憤慨の眼差しで見下ろすクラウドは、そんなセフィロスの意図など知りもしなかった。

 翌日、二日酔いに苦しむザックスへ、セフィロスから周辺被害の修復が命じられたのは言うまでも無い。










戯れ言

原稿依頼された時、「閃き」の続きっぽくても良い、との事で書いたお話。
Webにアップするにあたって、少し改稿してます。
因に、このシリーズのクラウドは、ザックスやセフィロスへの恋愛感情らしきものは無いらしいです。
今のところ。

初出/依頼原稿(1997)→改稿(2003.09.04)
BACK