夢の狭間 |
迫りつつある決戦の地を前にして、ハイウインドのブリッジに立ち彼方を見つめるクラウドは、思いを馳せる。 ずっと、ずっと以前。 未だ、悪夢の片鱗さえも無かった刻の狭間。 平穏と快活な、日々があった事を青年は思い出していた。 記憶の隙間に紛れ込んでいた、幸福だった頃の・・・。 それは、一枚のポスターから始まった。 「あ~? なんだこりゃ…」 素っ頓狂な声が、唐突に跳ね上げられる。 「…また随分とくっだらないイヴェントを…」 ミッションをひとつ終えて、ジュノンに凱旋して来たザックスは、常なら素通りしてしまう掲示板に貼られたやたらにでかいポスターを目にして、ポソリと呟いた。 だが、ある一文に目を奪われた時、彼の面が忽ち緩んでしまう。 「なになに…優勝商品はゴールドソーサーフリーパス…って、マジか!」 「どうした、ザックス。往来で何を叫んでいる?」 背後から気配も無く問われ、振り返ったザックスが興奮したように応えを返した。 「だってよ、セフィロス。ゴールドソーサーのフリーパスだぜっ? いっくら高給取りのソルジャーとは言え、やっぱコイツの高額さにゃちみっと手が届かねえんだよなぁ…」 言われた英雄は、困惑を僅かに面に乗せ口許に淡い笑みを浮かべる。 「…そう、か…」 いかにも興味無さそうな眼差しと口調とで返されても、ザックスは気にしなかった。 正確には気にならなかったと言うべきか。 彼が問いかけた人物は、神羅の誇る英雄セフィロス。 元々そんなものに興味を示す人物などでは無い事など、百も承知だ。 けれど、いくつかのミッションを経過するうちに、互いを信頼するまでに至っていた。多分、今では一番セフィロスに近いのがザックスだろうと、自他共に認めているのだが。 こう言う、一般的に人が欲求するものへの興味はやはりセフィロスにはからきし無いくらいは理解しているので、その結果としてついには気にならなくなってしまっているのが現実な訳である。 その善し悪しは別にして。 マジマジとポスターに見入り、両の拳を強く握り締め熱く燃えているザックスへ、冷静というには過ぎるほどのセフィロスの声が、降る。 「…で、どうしたい、と?」 「何がだよ?」 「…欲しいのだろう、フリーパスが」 セフィロスの今更な台詞に振り返り、当然とばかりにザックスは頷く。 「当たり前のこと、言うなよ?」 「では、これに参加すると言う訳だ…」 笑いを堪えているらしく、口許を僅かに歪めてのセフィロスの言葉を耳にした途端。 「あ…」 ザックスは頭から冷水をぶっかけられたかの如く、鳩が豆鉄砲を食らったような表情になったのだ。 「参加は出来ても…優勝は…無理だろうな?」 セフィロスの呟きにザックスは憮然と視線を投げ付ける。 「んなの、出る前から決まってっだろ…っっ」 残念ながら、ザックスには到底優勝することなど出来ない。 何故なら、そのイヴェントは、神羅創立祭の中でも特殊過ぎる催しで有ったからだ。 ありがちだが、それは美人コンテストだった。 それも、神羅兵男子に限って、の。 一体誰が言い出したのか、どうしてその立案が通ったのかは此の際その辺に放り捨てて、だ。 見てくれの格好の良さだとか、メンズコンテストだとか言うなら未だしも。 女装の美人コンテスト、なんぞというものに自分が優勝を攫えるとは絶対に思えないザックスだった。 「ちくしょう…ッ、でも欲しいぜ…フリーパス…」 がっくりと項垂れて回れ右しながらも、未だ未練たらたらなのかザックスがぼやくのへ、 「ならば優勝出来そうな子に頼めば良いだろう?」 セフィロスの天の声が落ちた。 「あ…? ああッ、そうか! その手が有るんだよなっ!」 セフィロスの言葉にザックスは大袈裟にうんうんと頷き、パシッと両手を叩き合わせる。 「例えば…ほら、この前お前が連れて来た…クラウドとか言う…」 一緒に食事をした子が居ただろう。 訥々と呟くセフィロスの言葉はしかし、半分もザックスの耳には入ってはいなかった。 が、意図は十分に伝わったようである。 「うんうん、あいつなら確かに顔といい体格といい、バッチリだ!」 黙って立っていても無茶苦茶可愛いんだから、決めればさぞやのモノだろう。 「よし、くどき落とすぞ!」 じゃあ、また後で。 ひとしきり息巻いた後、片手を上げてから駆け出すザックスの後ろ姿を見送るセフィロスの、その脳裏をミニスカートなぞ履いて、薄化粧したクラウドが唐突に過り、珍しくも彼は慌てて首を振るとは苦笑混じりの溜め息を漏らすのだった。 「…それで…?」 親友、と呼んでも差し支えない程に仲の良い人物の、懇願の言葉を黙って聞いていたクラウド・ストライフは、彼にしては珍しい、低い低い声音で先を促す。 「いや…だからさ、どうしてもゴールドソーサーのフリーパスが欲しいんだよ。で、ホントなら俺が出るべきなんだろうけど、お笑い女装大会じゃ無いからさぁ…」 優勝なんて遠く遥か。 絶対に無理のお墨付きが出てしまうだろう。 「で、俺…と?」 クラウドが自らを指したとき、輝くような黄金の髪がフワリ揺れる。 整い過ぎる程に整った白く小さな面には、憤慨の二文字が浮かび上がっていた。 「だってよ。お前、素ですげえ可愛いんだもんよ」 「褒め言葉に聞こえないな、それ…」 呆れ果てた時についやってしまうのだろう、軽く両手を広げて溜め息を漏らすクラウドに、ザックスは頭を下げる。 「頼むよ、クラウド。この通り!」 「…そんな恥ずかしい事を俺にさせといて優勝商品だけ掻っ攫う、その根性が無茶苦茶気に入らない…っ」 眉間に皺を寄せるクラウドの言い分は最もだ。 それでなくても、常から『とびっきり可愛い』とか『連れて歩くならこの子がいい』とか言われ捲っているクラウドである。 はっきり言って不愉快じゃない訳が無い。 「そりゃそうだけど…」 「俺に何のメリットも無い女装大会に出る意味なんて有る訳無いだろ!」 仕舞いには怒り出すクラウドを何とか宥めようとするザックスは、有らぬ限りの知恵を振り絞ろうと思考をフル活動状態に走らせる。 こんなに考えるなんて、もしかしたら入社試験の時以来かもしれない、などと余計なことまで考えた結果。 唐突に、彼の思考の片隅に一人の男のシルエットが浮かび上がった。 「メリット…ねえ。無い訳じゃ無いぞ?」 「ふ、ん…。それじゃどんな良いことが有る、とでも?」 クラウドのやや冷たい視線にザックスはニヤリ、と会心の笑みを浮かべて言って退けた。 「セフィロスとデート」 「え…?」 途端。 クラウドの面に朱が走った。 「…ってのはどうだ?」 ザックスがニヤニヤと笑いながらクラウドの顔を覗き込む。 「な…何言ってるんだよ、ザックス! そ、そんな事出来る訳無いだろ?!」 真っ赤な顔でしどろもどろのクラウドを見つめ、ザックスは小さく首を振るとクラウドの耳元にそっと囁いた。 「でも無いぜ? なんたって、このイヴェントにお前の名を出したのが、そのセフィロス本人なんだからな」 「ええ~っ?!」 ザックスの自信満々の囁きに、クラウドは首筋まで赤く染めて目を見開く。 憧れの、神羅の英雄セフィロス。 その人と、デート。 考えただけでドキドキしてしまうのも無理は無いだろう。 ソルジャーを目指して神羅に来たけれど、結局は一般兵の器でしかなかったらしい自身である。だからこそ、余計に憧憬の想いは強くなってしまっていたりする訳で。 ザックスと親しい彼の英雄と、先日などはお茶まで一緒にする機会に恵まれ、その日の夜は眠れなかった程なのだ。 それが、デート。 彼の人と、デート。 クラウドの頭の中をセフィロスと一緒の自分の姿が行ったり来たりを繰り返す。 結局。 誘惑には勝てず、 「…そのイヴェントに…出る事にする…」 ポソポソとクラウドは言うに至ったのだった。 「そうこなくっちゃ!」 ザックスは思わず跳びはねてしまいそうになる気分を押さえると、スックと立ち上がった。 「それじゃあ俺、お前の気持ちが変わらない内に申し込みして来るな?」 「あ、うん…。でも、ザックス」 部屋を出ようとしていたザックスをクラウドは慌てて呼び止める。 「ゆ、優勝するとは限らないぞ…?」 「大丈夫大丈夫、お前にゃセフィロスのお墨付きが有るんだからさ!」 能天気に応えてザックスはクラウドの部屋を後にするのだった。 その脳裏にはしっかりと、優勝賞品のフリーパスで、最近付き合いを始めた女の子を誘おうなどと言う計画が着々と立てられているなど、無論クラウドが知る由も無かった。 「セフィロス!」 ノックもそこそこに、ザックスはジュノン滞在中のセフィロスの私室に飛び込むなり、一仕事終えて優雅にアルコールなど楽しんでいた部屋の主に向かって、 「クラウドがOKしてくれた。んで、あんたに頼みたい事があるんだが。今度の休日にでもクラウド誘ってどっか遊びに行ってくれないか?」 一気にまくし立てたのだった。 言われたセフィロスは唖然とザックスを見上げた。 「…何がどうしてそうなるんだ?」 「嫌なのか?」 ザックスが睨むような眼差しでセフィロスに問い詰める。 「…嫌だとは、言ってはいない。ただ…」 そうする必然性が見出せないだけだ、と答えようとしたセフィロスを、 「おめかししたクラウドは、可愛いとか思わん?」 の言葉で、あっさりと制し、ザックスはニヤリと唇の端を歪めた。 言われたセフィロスは、つい即答してしまう。 「…思う…」 途端。 したり顔でザックスは笑みを零す。 「そう言う訳だから、よろしくな」 件の英雄に反撃の隙を与えぬ見事なスピードで言い放つと、ザックスは既に部屋の扉のノブに手をかけ出て行こうとする寸前だった。 「ザックス」 戦いのときでさえ見せないあまりの素早さではあったが、セフィロスはその背中に言葉を掛けるのを忘れなかった。 「あんだよ?」 「クラウドの見立ては…任せて貰えるのだろうな?」 その言葉にピタリと歩を止め、ザックスは又してもニヤッと笑った。 「かまわないぜ」 ザックスが親指を立てて応えた後、パタリと部屋の扉が閉じられた。 慌ただしい存在が居なくなって静まり返った室内に残されたセフィロスは嘆息を漏らした。 確か創立祭の後は何事も無ければ休日の筈だったと思い起こし、空になったグラスに琥珀色のアルコールを注ぎ直すと、 「…折角だ、優勝賞品のフリーパスでクラウドとゴールドソーサーにでも出掛けるか…」 微かな呟きを零しセフィロスはアルコールを喉に流し込んだ。 その口許に愉しげな笑みが浮かび上がっていると、セフィロス自身気付いてはいなかった。 何でこんな事になったのか。 クラウドは頭痛半分、ドキドキ半分の微妙に困った事態に陥っていた。 美人コンテストのエントリーをしてしまったザックスが、その支度の為に衣服の調達に付き添うのは、分かる。 だが、しかし。 そこにセフィロスが居るなんて、全然聞いていなかったので焦り捲ってしまうクラウドだったのだ。 こっそりとザックスに理由を尋ねれば。 「見立てがしたいって言ったのは、セフィロス自身なんだ。良かったな、クラウド」 などとあっさりとした応えが返って来るに至っては、もはや逃げようのある筈も無くて。 それでなくてもコンテストは明日だったりするから、余計に焦ってしまうクラウドの気分など露知らず。 神羅のソルジャークラス1stの二人は、ブティックであれでもないこれでもないを繰り返していたりする様は、しっかり悪目立ちしてしまっていたりするが、その背後にいるクラウドを見れば、翌日に有るコンテストの為なのだと一目瞭然だったりするから、敢えて店員や店に居るお客やらは見て見ぬ振りまでしてくれている。 そんな訳で、実際クラウドはとても居たたまれない状況に有ったりするのだった。 「…わ、わぁッ! ま、待って、待って下さいッ、セフィロスさんッ!」 クラウドの悲鳴じみた声が、上がる。 セフィロスがブティックの片隅に有るランジェリーコーナーに歩を進めた為だ。 「そ、それは流石に…」 不味いだろうとザックスが止めに入ろうとするが、セフィロスはジロリとザックスを睨み据える事でその言葉を制してしまうと、続いてクラウドを上から下まできっちりと見つめた後、淡いピンク色したヒラヒラな上に可愛い下着を手にしていたのだった。 「多分、これで良いとは思うが…試着してみるか?」 真顔のセフィロスと、手にした可愛い下着とのギャップに目眩がして、クラウドは今にも逃げ出してしまいたい自分を押さえるので精一杯だった。 何だってこんな事に真剣に対処しているのだろうか、セフィロスは。 「どうする? クラウド」 生真面目に問われてクラウドは力無く首を振った。 「い…いえ…いいです…。それで…」 何とか絞り出した己の声が掠れてしまっている。 無理も無いだろうと、幾分哀れみを含んだ眼差しで見つめる諸悪の根源を恨みがましい目線で見上げて、クラウドはしかし、嘆息を漏らすに止めた。 「それにしてもさ、セフィロス…。何もそこまでする事は無いんじゃないか?」 会計を済ませるセフィロスに、ザックスが確かに脱力した様子で問いかければ、彼の人は口許に僅かにだが笑みを浮かべてのたまった。 「遣るからには完璧にすべきだろう?」 況して、優勝を狙うのならば余計に。 「そりゃそうだ」 セフィロスの言葉にザックスは同意を示し、クラウドは対照的に沈黙してしまうのだった。 セフィロスとのデートに釣られたとは言え、えらいことになってしまったと後悔しても、もはや後の祭り。 虚しく笑うしかクラウドには出来ないのだった。 翌日。 まさに上から下までをセフィロスの手によって万全のコーディネイトで覆い尽くされたクラウドが、優勝賞品を掻っ攫ったのは、言うまでも無いだろう。 眩しいほどのフラッシュに晒された、とっても可愛いクラウドの、その艶やかな笑みが本当は引きつった揚げ句に絞り出されたものなのだと知っているのは、ザックス唯一人だけだった。 |
戯言 神羅時代ものを、との事で、受けた依頼小説のひとつ。 浮かんだのは、ありがちなネタですが(苦笑) それにしても、セフィロスってヘンです。 どーしてこんな話ばっかり書いてるんだろ、自分・・・ 初出/原稿依頼(1997.10) |
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