狭間の狭間



 懐かしい、幸福な思い出を脳裏に描いていた筈だったのに、とクラウドは憮然と表情を歪め、不意に大きく頭を振った。
「ク、クラウド?」
 ハイウインドのブリッジの正面にちかづきつつある大空洞を、睨み付けるクラウドの目付きは剣呑だ。
 ブリッジの面々が思わず身を引くほどに。
「うぅ〜っ」
 低く唸ってわざとらしく踵を返す。
「少し部屋で頭を冷やしてくる!」
 言い様、彼は自動ドアの向こうに身を滑り込ませた。

 何だってこんな時にこんな事をわざわざ思い出す必要が有ったんだ?
 はっきりしっかり忘却の彼方にすっ飛んでいた記憶だったと言うのに。
 カツカツと派手な足音を立てて自室に飛び込むと同時に、どっかとベッドに腰を落とす。
「バカヤロ…っっ」
 文句を放ったその直後。
「…悪かったな…」
 直ぐ傍らから困ったような声がした。

「…んな…っ!??」
 なんで、よりによってあんたが此処にいるっ。
 クラウドは目前の、此処に在っては成らない己たちの最大の敵・セフィロスを愕然と見遣った。
「セフィロス…何のつもりだ!?」
 我に返って立上がると咄嗟にアルテマウェポンを構えるクラウドだったが、絶対の敵の筈の存在の、何故か困惑を露にした表情に戦意が萎える。
「…何のつもりも無いのだがな…」
 決戦を控え、互いの運命に決着を望むべく意識を研ぎ澄ませていたら、唐突に飛び込んで来たクラウドの記憶に、捨て去った筈の感情が揺り動かされ、気が付いたら此処に居た。
 と、言うのが本心なのだが、それを説明してもクラウドは納得などするまい。
 己たちは敵同士なのだから。
 しかし。
 セフィロスの表情も、そしてその身を纏う気配も。
 自身が一般兵だった頃の彼の人のもので在ると解らないほど、クラウドは愚かでは無かった。
「…最後の、自我…ってヤツか?」
 相変わらず難儀な性格だな。
 溜め息を漏らして星の剣を仕舞うと、クラウドは再びベッドに腰を降ろした。
「座れよ」
 ポンポンと己の隣を叩き、促す。
「私は…敵だぞ?」
 クラウドの誘いにセフィロスは思わず目を見開く。
「今はいいさ」
「…何故?」
「だって、今のあんたから敵意を感じない」
「・・・」
 確かに今は彼と戦う意志は無かった。
 拒む理由も浮かばない。
「折角だからさ、全部さらっと流しちまおうぜ」
 憂いとか想いとかを残して置くと、鈍って仕舞うだろうから。
「…逆ではないのか?」
「何が?」
「こうして話し合えば、お互いに…」
 戦い辛くなるだけではないのか。
 セフィロスの問いに、クラウドは笑う。
「俺、そこまで優しくないぜ?」
 ニッと口端を歪めるクラウドに、セフィロスは驚くと共に頷いた。
 そうだ。
 今の彼は強い。
 その身も、意志も、かつての己が支配した人形のような存在では無いのだ。
 マインドフィールドで自我を取り戻し、真実なるクラウドと成ったときから、彼は既に己を越えている。
「……そうか」
 呟き、セフィロスはクラウドの隣に腰を降ろした。

「で、何が『悪かった』って?」
 突然現れて言ったセフィロスの言葉を反芻し、クラウドが問いただす。
「…それは…」
「ん?」
 困ったようにセフィロスは言葉を濁す。
「ちゃんと言えよ。じゃないと、この先が辛いぜ?」
 俺ではなく、あんたが。
 薄く笑いを含んだクラウドの囁きに、セフィロスは観念する。
「未(いま)だ…私とお前は、繋がっている。深い意識の…底で」
「だろうな」
 ”セフィロス・コピー・インコンプリート、ナンバリング無し”として、セフィロスの細胞組織と同化したジェノバ細胞を植え込まれたクラウドだ。
 それは十分に理解していた。
「お前が過去に思いを馳せた時、同調していた私も記憶を揺さぶられた」
「ふぅん?」
「そうしたら…」
 あの頃の事が、蘇った。
「・・・」
 思わずクラウドは瞠目した。
 恐らくアレは、セフィロスにとっても――僅かながらにでは在ろうが――人として幸福だった思い出のひとつだったのだろう、と。
 故に、同調している自分もまた、忘れ去っていたはずのそれらが鮮やかに蘇ったに違いない。
「好き、だったのだと思う」
 お前が。
「だから、お前に構いたかった…」
 己が人だと信じていた頃。
 自分自身すらにも頓着しなかったセフィロスが、人としての感情に揺り動かされたのは、クラウド絡みが大半であった。
 今現在、同調しているが故に、消し去った筈の人としての感情が失った肉体を再構築して顕現してしまう程に。
「今更だがな…」
 本当に今更で在る。
「…そっか…」
 しかし、セフィロスの告白にクラウドは目を眇めて頷いただけだった。
(仕方無かったのかもな。あんたに用意されてた道は、破滅だけだったんだから)
 心の内で密かに呟き、クラウドはセフィロスを見詰める。
 憧憬の存在だった。
 そして誰よりも、憎むべき存在であった。
 だけど。
「俺も、あんたが好きだったよ」
 英雄ではなく、一人の人間としての、あんたが。
 セフィロスの銀の髪に手を伸ばし、軽く梳きながら、クラウドは彼の告白に応える。
 その応えにセフィロスは無意識にクラウドに腕を伸ばし、その躰を一瞬強く抱擁する。
 在り得ない存在の、確かな温もりを感じながら、クラウドは目を伏せた。
 言葉も無く直ぐに離れる温もりを、残念に思うのは、自分だけだろうかと苦い想いが心を過る。
 セフィロスの輪郭が次第に失せていく。
 満足、したのだろう。
 多分。


「……必ずあんたを倒してやるからな、待ってろ……」
 消え行くセフィロスにクラウドはきっぱりと言い放つ。
 ――待っている―― 
 セフィロスの思惟の声が意識を震わした直後。
 室内にはクラウドのみが残された。




 運命に翻弄されたふたり。
 その意識は、もはや何者にも揺るがされることは無い。
 決戦は、間近に迫っていた。










戯れ言

ちょっとだけ、続きを書いてみたいなぁ…と六年前のお話を今頃フォロー(爆)
って、これがフォローなのかと言われると、違うかもしれない?
あうあう。
これで幸せなのか、そうでないのか…は、微妙かもしれません。
ところでコレ、セフィクラともクラセフィとも取れますねぇ。
どっちかっていうとセフィ&クラ、かな。

2003.09.05
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