もう一度・・・


 エアリス。


 心の奥深くまで、染み入るその名前。
 何時からだろうか。
 最初の出会いは、魔晄炉爆発で混乱する街の中。
 次に出会ったのは、そこだけが何故か光に溢れているかのような、小さな教会の、花畑。
 共に旅する事になったきっかけは、ボディガードの依頼から。
 白くて細くて、そして儚い。
 そんなイメージが、彼女にはずっとあった。
 勿論、決して唯儚くて可憐だった訳じゃ無い。
 強い意思を秘めた眼差しで、時折遥か彼方を睨み付けていたりした。
 それは、何の為?
 一体、誰の為?
 傍らに立ち、その眼差しを見つめた瞬間。
 胸が理由の分からぬ痛みを訴えた。
 そして。
 己の胸の齎す痛みの理由が解らない内に、永遠とも言える別離れに引き裂かれた。
 もう逢えない。
 決してそれは、作り物の感情なんかじゃ無かった。
 そう思った瞬間。   
 眼の奥が痛みを訴え、足元の感覚さえ失われた。  
 決してそれは、作り物の感情なんかじゃ無かった。
 一時的にとは言え、自分の存在を否定された時でも、その想いは心の奥深くに根付いて今も消えない。
 決して離れてはいけないのだ、と思うようになったのは。


 本当のあなたに、あいたい。


 不意に、過るのは彼女の言葉。
 その願いを叶えてやれなかったのだと解っているから、切ない。
 切なくて、辛い。
 繰り返される、出会いから別離までの罪悪の夢。
 どうしたら、いい?
 どうやったら、償える?
 心が焦りを訴えて、出口を求めて足掻いた瞬間。
 声が響いた。


 また、あおうね。









 眩しい陽光に眼を瞬かせる。
 その光から自らの眼を遮るかのようにクラウドは己の右手を翳した。
「…何日振りだろう、眩しい…」
「ホントだ、すっごいいい天気!」
 ポツリ、と誰に言う訳では無かった呟きに、子供っぽい独特な言い回しのナナキの応えが返る。
「ここんとこずっと雨ばっかり降ってたものね! やっぱお日様が出てる方が気持ちいいね!」
 言った途端にナナキは、雨宿りを兼ねた洞窟の奥から飛び出してはしゃぐように地を蹴って走り出した。
「…あれから大分経つと言うのに、変わらんな…」
 低い声に振り返れば、無造作に伸びた黒髪を億劫気に掻き上げるヴィンセントが口許に苦笑を象っていた。
「何時迄子供を装っているつもりやら…」
 そう呟いたヴィンセントの視線は、けれど穏やかだ。
 自分たちと再会するとナナキは途端に子供口調に戻ってしまうらしい。
 常の彼を知るコスモキャニオンの人々が苦笑を零している事を思い出し、クラウドは頭を掻いた。
(そう言うヴィンセント、あんただって…)  
 言いかけるが敢えて口にはしない。  
 すれば忽ち不機嫌になると分かっているからだ。
 かつての仲間と再会出来て喜んでいるヴィンセントに、水を差すなんて悪いじゃないか。
「…何だ?」
 密かに心に思うクラウドを見やり、ヴィンセントの訝しむような問いかけに、慌てて首を振る。
「別に」
「ふ…ん…?」
 ならばいいが。
 それっきり口を閉ざす無骨な男から視線をナナキに向け直して、クラウドは声を放つ。
「ナナキぃ、そろそろ行くぞ!」
 はしゃいで駆け回っていたナナキが慌てたように一旦足を止めてからクラウドに駆け寄って来る。
「ま、待ってよぉ!」





「…それにしても、突然また何でミッドガルなどに行こうと思い至ったんだ?」
 目的地に向けて大地を踏み締めるクラウドへ、これまで敢えて尋ねなかった理由をヴィンセントが問いかけて来ると、ナナキも同意を示した。
「そうだよ、クラウド。あそこはメテオとホーリーとがぶつかり合った影響で、ボロボロになっているんだよ? それに、人も近づかないから何時の間にか魔物の巣窟になっちゃってるんだから!」
 だから凄く危険なんだよ。
 ナナキの説明に、クラウドは嘆息を漏らす。
「分かっているさ、そんな事は。だから、お前たちに声を掛けたんじゃないか」
 各地を転々と旅するクラウドは、この面子の中では最もミッドガルの危険性を熟知している。
 かつて襲来するメテオから大地を守るべく発動したホーリー。
 そのふたつの究極の魔法がぶつかり合う衝撃で世界は揺らいだ。  
 それが齎した衝撃は世界各地に影響齎し、揚げ句星を守る力、ライフストリームによって星のあちこちは暫くの間、人が住むに適さない状況に陥ったのだ。
 その中心地であったミッドガルは、最も激しく影響を受け、かつて人知の収束とも言えた巨大な魔晄都市は、外殻こそそのままだが壊滅に等しい状態に在るのだ。
 何時、崩れるか分からない危険な建築物の残骸に、魔物が巣食い出したのは、最近の事では無い。
 そんな所に一人で行くのは、自殺行為だろう。
 だからクラウドはナナキとヴィンセントに声を掛けたのだ。
「そりゃあさ、『一寸用が有るから、付き合え』って言える場所じゃないよね、普通…」
 ナナキが呆れたような声を漏らすが、本当に呆れている訳じゃ無い。
「でも、言わずに行ったら…後で怒るんだろう?」
 一声掛けた時は、喜んでミッドガルへの旅に同行する事を露にしたナナキは、
「当然!」
ピン、と尻尾を立てて言い切った。
「もしも無視してくれたら、のしかかって引っ掻いちゃってたよ!」
「リミットブレイクして、か?」
 笑いながら応えるクラウドに、またしても当然、と鼻を高々と上げながらナナキは応えを返す。
「おいらはそうだけど、ヴィンセントは?」
 矛先を変えたナナキに、彼もまた薄く笑って頷いた。
「引っ掻きはせんが、黙って行かれたら棺桶に沈めていただろうな」
 腰に下げた愛用の銃のグリップを軽く撫でながら低く呟いたヴィンセントに、クラウドは失笑を禁じ得ない。
「…ホントに遣りかねないから怖いよな…」
一見すれば冷静沈着、寡黙で飄々―を絵に描いたようなヴィンセントは、実は酷く情熱的で過激なのだ。
「ふ、ん…」
 一番怖いのは、何処の誰やら。
 彼らの中で、最強を誇る男をチラリと横目で見遣った後、ヴィンセントは先程尋ねた理由を聞き直す事にした。
「…それで、どうしてミッドガルだ?」
「うん…」
 唐突に戻った会話の大元に、クラウドは僅かに目を伏せて小さく言葉を募らせる。
「待ってる…ような気がするんだ…」
 その言葉に、全員の足が不意に止まる。
 驚いたように二人の視線はクラウドに注がれ、そして。
「…そうか…」
 深い吐息と一緒にヴィンセントは言葉を吐き出した。
「そう、なんだ…」
 ナナキも同様に応える。
「うん、ごめん…」
 伏せがちだった眼差しを上げ、クラウドが謝罪を零せば。
「何を謝る。待っているのだろう? 彼女は」
 だとしたら、何の遠慮が必要か。
 ヴィンセントは優しさを滲ませ囁く。
 クラウドの面に、確かな笑みが浮かび上がる。
「だったら早く行かなくっちゃね! 女の子は長く待たせちゃいけないんだって、じっちゃんも言ってたから!」
 今は亡き人の言葉を口に乗せ、ナナキが明朗な声音で言い放った。
「クラウド、急ごうよ!」
 早く。
 止まっていた歩を真っ先に動かしたナナキに、次いでヴィンセントが無言で続く。
 そんな二人の背中を目にするクラウドの胸中が感謝で一杯になって行く。
 だから、自然に彼の唇はそれを形にしていた。
「…ありがとう…」
 仲間たちの友情が、酷く嬉しかった。


 かつての人類の英知は、見る影も無く。
 外殻こそそのままに、ミッドガルはまさに瓦礫の様相を露にしていた。
「すっごいね…」
 所々傾いだ建物の残骸の間を縫って、内部への侵入を果たした一行を代表するようにナナキが掠れた声を漏らす。
「周辺を漂う魔物の気配も…尋常では無いな…」
 既にホルスターから銃を引き抜いた状態でヴィンセントがナナキの言葉に続ける。
 こんな所で再会が果たせるのか、否か。
 疑問が胸を過るが、今更引き返すつもりも無く、クラウドもまた愛用のアルテマウエポンの柄を強く握り直した。
 あの運命の日から、ミッドガルには一度も訪れてはいなかったが、これは想像を絶する現状だ。
 どれ程の時間が経過しているのか―金属の壁面が苔むす時間の流れなど―は此の際その変に放り捨てる。
 ここに在る彼ら三人は、人の手によって魔晄エネルギーとジェノバ細胞を植え付けられた揚げ句に、人知を越えた存在にさせられてしまった哀しい生き物なのだと思い知らされるから。
 それでも、どうしても脳裏を過ってしまう。
 人外の生き物となった自分たちを。
 そんな感傷に僅かに浸る彼らへ、ミッドガルに巣食った異形の存在たる魔物が襲いかかって来る。
 刹那。
 彼らの中から感傷は消え失せ、戦いに身を踊らせるべく全身の細胞がそれに向け活性化する。
「来た!」
 真っ先に素早さを誇るナナキが牙を唸らせ、魔物に飛びかかると同時に、髪飾りをも兼ねた獲物が魔物を切り裂いた。
 続いてクラウドの大剣が、彼の正面に現れた大柄な魔物に振り下ろされる。
 飛行形態の魔物へは、ヴィンセントの銃が炸裂すれば、忽ち魔物の群れは灰燼へと帰して行く。
 阿吽の呼吸も以前のまま。
 絶妙の連係プレーは、次々に迫り来る幾多の魔物の敵では無かった。
「ふう…」
 アルテマウエポンにこびりついた魔物の体液を凪払ったクラウドが息を付く。
「みんな、怪我は無いか?」
「うん、無事だよ。一寸疲れちゃったけど」
 クラウドの声に、ナナキが応えを返す。
「…想像はしていたが、これはなかなかキツイ状況だな…」
 ヴィンセントが周囲に魔物の気配の無い事を確かめながら掠れた声音で零す。
 この分だと怪我は無いようだ。
 ホッと安堵の息を漏らした後、キッと前方を見据えクラウドは決意を唇に乗せる。
「もう少しで目的地だ、一気に駆け抜けるぞ」
「了解した」
 休むべき安全な場所は、ここには既に無いのだ
 ならば、一刻も早く目的地に到達するのが最良の方法。
 その後のことなんて、その時考えればいいのだからと、彼らは疲労した身体を休める事なく駆け出した。

「ここ、に…?」
 朽ちた教会を前にして、ナナキがポツリと呟いた。
「ああ…ここ、だ…」
 クラウドが真顔で応える。
 ナナキの面に、切なげなものが微かに浮かび上がっていると理解したヴィンセントは、声も無くそこに立ち尽くす。
 到底、再会の場所には、見えない。
 以前は美しかったのだろう、白い大理石で彩られた壁面は、その物質の構造上消滅こそ免れているが、木製の扉は紛れも無く腐り落ちていたし、支柱だったものなのだろう瓦礫が入り口から奥を見通せなくしている。
 否、奥など在るのだろうか、とナナキもヴィンセントも内心思わずにはいられなかった。
「じゃあ、一寸…行って来るから、ここで待っててくれ」
 そんな二人の言いたいことは百も承知でクラウドは笑顔さえ浮かべると、足を踏み出す。
 支柱の透き間から中へ侵入を試みるクラウドの姿を見つめるヴィンセントを見上げナナキが苦しげな声を絞り出した。
「ヴィンセント…あれじゃあ…」
「…言うな…」
 低く応え、ヴィンセントは小さく首を振る。
「…項垂れて出て来ても、何事も無かったように…振る舞うのが友と言うものだ…」
「うん…そうだね、そうだよね…」
 視線を教会に戻してナナキが切なげに応えた。





「くっ…この…」
 人一人がやっと通れるか否かの透き間に無理やり身体をクラウドは潜り込ませて行く。
 外から見るよりずっと内部はボロボロのようで、なかなか奥に辿り着けない。
 多分この辺は、イスなどが並んでいた辺りだろうか、などとどうでもいい事を考える。
「約束、なんだから…」
 絶望に、ともすれば萎えそうな心を奮い立たせるように言葉が口を突いて出る。
 こんな所にいる筈が無い。
 そんな事は分かっていても、更に奥へと潜る自分の諦めの悪さに呆れ果てる。
「この先に…待っているんだ…から…」
 何故、そう思うのか。
 どうして諦めきれないのか。
 こんな所にライフストリームの流れなんて無いのに、どうしてここで再会出来るなんて思うのか。
 在り得ない考えを、だのに本能は懸命に否定している。
 それが解らない。
 自分が解らない。
 口許に、無意識の苦笑がこびりついた瞬間。
 スボリとクラウドの足が抜けて、彼の身体は唐突に落下した。


「うわ…ッ!?」
 愕然と表情を凍り付かせ、クラウドは全身にギュッと力を入れると、続いて来る衝撃に備えた。
 予想違わず、瓦礫のあちこちに身を打付け、苦悶の呻きもままならない。
 どこまでも、どこまでも落ちて行くような感覚に強く目を瞑った直後。
 ばふん。
 柔らかい何かの上にクラウドは落下した。
(え…?)
 予想外の感覚に呆然と目を開ければ、そこは一面の花畑に彩られていた。
「どうなっているんだ…?」
 明るい日の光が薄暗い空間の中、そこだけ差し込んでいるように見えるのは、幻影だろうか。
 また、自分は夢を見ているのか。
 あの日の、二度目の出会いの瞬間を。
 喉の奥から切ない息が零れ落ちる。
 だが。
 何故だか違和感を感じる。
 いつもの夢ならば、ここで彼女が心配気に声を掛けて来るシーンなのに。
「 ? 」
 訝しむように立ち上がったクラウドが、不意に背後に気配を感じてゆっくりと振り返った先に。
 彼女が、いた。


「…エアリス…」
 ゆるやかに、静かに、そして穏やかに佇むエアリスの表情が、突然膨れた。
「え…?」
 夢ならば、穏やかに微笑んでいる筈なのに。
 何故、彼女は頬を膨らませているのだろうかと訝しみながら、クラウドはゆっくりと彼女に歩み寄る。
「あの…エアリス…?」
 恐る恐るに彼女の名を呼んだ途端。
「遅いっ」
 怒りを滲ませた声が飛んだ。
 ビックリして思わずたじろぎ後退さるクラウドの、着衣を引っ捕まえて彼女は据わった眼差しで見上げながら、可憐な唇から文句を放つ。
「ずっと待ってたのに、遅すぎるっ」
「ご、ごめ…」
 震える声音で謝罪を募らせようとするが、出来ない。
 怖々と彼女の小さな肩に手を伸ばし、触れれば確かな温もりが伝わってくる。
 だが、クラウドの唇から零れたのは。
「これも…夢、かな…」
 言った途端に、脇腹が抓られた。
「痛っ!」
「これでも、夢ですか!?」
 むくれた表情のままに言って退けるエアリスに、クラウドは歓喜に満ち溢れた眼差しで首を振ると、声も無くエアリスを抱き締めた。



「ずっと…呼んでた、クラウドの事…」
 瓦礫を昇りながらエアリスが言った。
「それを夢、だなんて言っちゃいますか…」
「だから…ごめん、て…」
 エアリスに手を貸しながら、外を目指すクラウドの表情は、愁傷な口調とは裏腹に、明るい。
「何百回と繰り返し、同じ夢を見続けたもんだから、さ」
 つい、ね。
 クラウドの言葉に、またエアリスの頬が膨れる。
 勿論、先程よりはずっと小さかったけれど。
「疑い深いなぁ」
 ここにいるのは、ホンモノのわたし。
 夢で何でも無い間違い無い、わたし。
 エアリスの言葉に、クラウドは微笑みを浮かべて頷いた。
「うん、解ってる」
 今度は本当。
 紛れも無い現実。
 だから頬がついつい緩む。
「みんな、喜ぶよ」
「うん、早く会いたい」
 やっと辿り着いた瓦礫の外れの支柱。
 その向こう側で待っている仲間たちの、エアリスを見た瞬間に驚く顔が目に浮かぶ。
「エアリス」
「何?」
 支柱の透き間に再び身を潜り込ませながら、クラウドは囁く。
「俺、ね。話したいことが沢山あるよ」
 クラウドの囁きに、エアリスがニコリ、と笑みを浮かべてから小さく応えを返す。
「うん。わたしも」
 エアリスの応えに、クラウドは口許を緩ませる。
 いろんな事が沢山あったから。
 何から話せばいいのか、考えなくては。
 そうして、クラウドは瓦礫から脱出すると、待ち侘びていたナナキとヴィンセントに手を振った。
「待たせたな!」









戯言

初めて書いたFF7のお話。
クラウドとエアリスの、あの「約束」をどうしても叶えさせたいと思って綴ってみました。
読後の感想を最も貰った本でした。
評判は、めさめさ良かったです。

因みに、こんな中にも何気にこっそりヴィン×クラテイストが漂っていたり(笑)
わしらしいですね(大笑)

初出/蒼い瞳のきみと僕(1997.5.3)
BACK