いつまでも
 それは、本当に唐突な出来事だった。
「…クロノ…」
 突然カエルに呼びかけられて、クロノは歩を止め振り返ろうとした。
 したのだけれど。
「え…?」
 出来なかった。
 何故なら、あまりにも唐突な行為と同時だったから。
 クロノは真後ろから抱き締められてしまっていた。
カエルに。
「カエル…?」
 奇異な姿を持っているけれど、誰より優しくて、誰よりも勇ましい存在の、その突然の行為の意味することが分からなくて、クロノはそのまま困ってしまって首を小さく傾げた。
「どうしたんだよ? カエル…」
 困ったままクロノが尋ねたその時だった。
「好きだ、クロノ…」
 絞り出すようなカエルの声音と、必死の告白を耳にしたクロノは最初、何を言われたのか理解出来なかった。
 そうして。
 ほんのちょっとの間を置いて。
「え…えぇーッ 」
 素っ頓狂な声を上げた。
 あまりの事に驚いてしまったクロノのその声に、スッと温もりが失せた。 やはり、伝えるべきでは無かったのだと言う後悔に身をクロノは今度こそ振り返る事が出来た。
だけど。
 理由なんて良くは分からなかったけれど、それが何故だかとても切なくて。
「あのな、カエル…」
 酷く慌てたように振り返ったクロノが訳を尋ねようと口を開いた時だった。
「済まなかった、クロノ…」
 カエルの謝罪の呟きが漏れ出たのは。
「今のは…忘れてくれ…」
「え…」
 言いかけた言葉を思わず飲み込んでしまう程、そのカエルの低い声音はクロノに衝撃を与えた。
 未だ、何も言って無いのに。
 何も返してもいないのに。
 抱き締めて、囁いてくれて。
 だってのに。
 勝手過ぎるじゃないか。
「…分かったッ、オレは何も聞かなかったし、お前は何にもしなかった。それでいいんだろ 」
 クロノが憤りを露にした応えを放って踵を返すと、それまで止まっていた歩を早めてスタスタと歩き出した。
 肩を怒らせ、足早に立ち去るクロノの後ろ姿を見つめ、カエルは項垂れる。
 だけど、彼にもどうしようもなかったのだ。
 初めて出会った時から、クロノの一挙一動が気に掛かって仕方が無くて。
 決して報われないだろう想いを自覚したのはつい先日の再会の時。
 クロノの笑顔が眩しくて、胸がチクリと痛んだ。再会の喜び以上に、それは彼を占めてし
 まったものだから、伝えずにはいられなかったのだ。
 自分が異端のものだと言う事も忘れて。
 そして。
 クロノの驚愕の声を耳にした。
 こうなることは分かっていたのに。
 堪え切れなかった未熟な己が、カエルは疎ましかった。
 惨めな程に醜い姿をした自分を、クロノが受け入れてくれる筈など有り得なかったのに。
「俺はカエルだから…」
 人では無いから。
 お前になんて相応しくないから。
 低い低いカエルの呟きが、クロノの耳に届く。
 その途端。
 クロノの足がピタリと止まる。
(カエル…?)
 カエルの呟きが、クロノの胸に圧し広がる。
(何を言ってるんだよ、カエル…)
 そんなの関係ないじゃないか。
 クロノが慌てたように振り返り、項垂れ打ち震えて居るカエルを見つめる。
「もっと早く出会いたかった…」
 呪われる前に出会って居たなら。
 せめて、人の姿をして居る時に出会えたなら。
「カエル…」
 クロノが切ない眼差しで己を見て居ると気が付かないのか、カエルは暫くの間立ち尽くすのだった。


「クロノ…ッ!」
 その瞬間、カエルは懸命に声を振り絞った。
 だのに、やっとで放てたのは掠れた呻き。
 止めろと叫びたいのに声にはならない。
 絶叫と共に跳ね起きたその直後。
 彼は脱力した。
「あ…」
 間の抜けた声を漏らし彼は苦笑する。
 ここが、サンドリノの宿で有る事を思い出して。
「…夢、か…」
 低く呟いて彼は安堵の息を付くと、翡翠色した長い髪を億劫げに掻き上げた。
 あの日から一年近くが過ぎて居る。
 だと言うのに、あの出来事は悪夢となって今も彼を苛んでいた。
 眼前でクロノを消失させてしまったという事実は、彼の意識から消え去りはしなかった。
 それがどれ程もどかしくて口惜しかったか。
 暴走するラヴォスを食い止めようと、全ての力を放出し消失していくクロノを、霞む瞳で愕然と見つめるしか出来なかった自分。
 何故、またこんな思いをしなくてはならない?
 大切な友人を失った時も衝撃は大きかった。
 カエルの全てを占めているのは、深い深い慟哭だった。
 何もかも無くしてしまったようで、心が冷える。
『クロノーッ!』
 総てが消えて行く消失感に世界が彩られた時、彼は絶叫していた。
 紆余曲折しつつ、クロノトリガーと言うアイテムで、失ったクロノを蘇らせるに至った今でも、鮮明に蘇る。
 息を吹き返したクロノが目覚める前に立ち去り、自分の世界に戻って来たのは昨夜だった。
 奔走し続け疲労しきっていたにも拘わらず、悪夢は彼を打ちのめす。
 それでも、確かに蘇ったのだと言う満足感は在った。
 規則正しい呼吸を繰り返すクロノを、どれ程の想いで見つめたか。
 忘れられようはずも無い。
 痛み。
 胸が押し潰されそうな苦悶。
 否。
 これは忘れては成らないのだ、決して。

「クロノ…」
 目を伏せもう一度低くその名を呟いた時だった。
 唐突に応えが返って来たのは。
「何?」
「え… 」
 ギクリとして顔を上げたその視界に在ったのは、愛しい存在の顔。
「…クロノ…」
 だけど、ここに在る筈の無い存在だった。
「何故、ここに…?」
 お前が居るのかと、彼は間の抜けた表情でクロノを見つめる。
「マールにね、カエルの呪いが解けて人間に戻ったって聞いた…。だから来たんだ」
 クロノが真顔で応えた。
「だけど、それだけじゃないよ。だってカエルってばオレが目を覚ます前に居なくなってたんだから。だからオレ、文句を言いに来たんだぞ?」
 オレを蘇らせる為に、お前がどんなに頑張ってくれたのか。
 みんなが教えてくれたけど、だけど。
「…酷いぞ」
「な、何故?」
 狼狽えた声で聞き返すのカエルに、クロノが頬を膨らませて言い募る。
「だって、居なかったんだから…」
 目が覚めて、居てくれるって信じてたのに。
 お前だけが、居なかったんだから。
 クロノの声音が微かに震える。
「済まない…」
 無意識にクロノの栗色の癖っ毛に手を伸ばし、そっと撫でる。
「許さないから…」
 その手を軽く払って、クロノは尚も言い募る。
「絶対に許さないんだから」
「ああ…」
 端正な眉を歪め、彼は苦しげな表情を浮かべて頷く。
「だけど…あの時の言葉をもう一度言ってくれるんなら許してやらないことも無いよ?」
「え…?」
 思わず目を剥くと、クロノが真剣な眼差しで詰め寄った。
「どうなんだよ、カエル 」
 ちょっと拗ねたように問うクロノに、彼はコクリと息を飲み込んだ。
「あの時の言葉を言ったら…許してくれるのか?」
「言わなかったら一生許さないよ」
 そのクロノの応えに、彼は意を決した。
 コクリと小さく息を飲み込んだ後、クロノの腰を引き寄せ耳元に優しく囁いた。
「…好きだ、クロノ…」
 二度と再び口にすることの無い筈だった告白を、彼は再び紡ぐ。
「うん、オレも好きだよ…カエル…」
 ニコリ、とあの眩しい笑顔を浮かべてクロノが応える。
 返る筈の無かった想いが返され、彼の胸に歓喜が溢れる。
「ありがとう、クロノ…」
 そして、彼はそっとクロノの唇に己のそれを重ねた。
 忽ちクロノの面に朱が走るのだった。
「それにしてもさ、ルッカから聞いてはいたけど…ホントにカエルってばハンサムだなぁ」
 着替えて居る彼をマジマジと見つめながら、クロノが感心したように言った。
「そ…そんなことは無いよ」
 幾分照れたような声音で応えると、クロノは大きく首を横に振った。
「ぜーったいだよ。オレの目から見たってカエルはカッコイイって保証する!」
 断言されても困るのだが。
 無論、クロノに言われて悪い気がする訳が無いが。
「それじゃカエル、みんながガルディア城で待って居るから、早く行こうぜ」
 クロノがせかすように声を掛ける。
 そのクロノへ、身支度を整えた彼が苦笑混じりに言った。
「ああ…それより、クロノ」
「何?」
 ニコニコと笑顔で返すクロノを、彼はそっとその背後から抱き締めて囁いた。
「俺の名はグレンだ、これからはそう呼んで欲しい」
 それがあんまり優しい声だったから、クロノは真っ赤になりながら頷いた。
「う…うん、分かったよ、カエル…じゃない、グレン」
 しどろもどろのクロノに彼は、グレンは微笑んだ。
 クロノが見れないのが残念な程、それは綺麗な微笑みであった。

 その日を境に、グレンが 二度と悪夢を見なくなった事は言う迄も無いだろう。
 彼の傍らには何時だってクロノと言う存在が在るのだから。

グレン×クロノです。
これも結構古いお話(爆)
お友達に進められて嵌まって、依頼を受けて書いたのよね〜。
ちなみにタイトルは当時のものではないです。
何故かと言うと…FDにタイトルがついてなかった上に、忘れていたり(爆死)
とほほほ。

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