瞬き


 ずっと‥‥。
 そう、ずっと以前から。
 俺は独りだった。
 誰にも何も語らなかったけれど、俺の心はずっと虚ろで、独り故の虚ろで。
 だけどね。
 君と出会ったその瞬間から、それが違うって解ったんだ。
 一目で解ったんだよ?
 身体が急に熱くなって、心臓が爆発してしまうんじゃないかと思う程高鳴ったんだ。
 この人だ、って。
 俺の虚ろを埋めてくれるのは、この人しかいないんだって。
 そして、識ったんだ。
 もう、俺は独りじゃないんだって…。




「…シム、マキシム!」
 その声に、ドキリと心拍数が跳ね上がる。
「え…ああ…、何だい? セレナ…」
「…何度も呼んだのに、聞いてなかったの?」
 ベッドに腰掛けぼんやりとしていたマキシムを、屈み込むように覗き込んで来る存在の、少しだけ頬を膨らませたけれどそれさえもとても綺麗な面を間近で見つめ、無意識 に彼は苦笑を零す。
「…ごめん…」
「もう…」
 諸国にも名を馳せるパーセライト随一の魔法戦士とは噛み合わない類い希な美貌が、ズイッとマキシムに迫る。
 普段は見られぬ白く塗ったその面、赤く紅を引いた唇。
 純白のドレスの、大きく開いた胸元から確かに漂う甘い匂い。
 ドキドキとマキシムの胸が痛みを訴える程にがなり立てているなど、まるで分からないのだろう。
 迫るセレナから思わず身を引くマキシムに、彼女は訝しむように小首を傾げたのもつかの間、また迫る。
 慌ててマキシムはまた身を引く。
 幾度となく繰り返されたその行動に、マキシムはベッドに引っ繰り返った状態に陥り。
 結果、セレナはそのマキシムに覆いかぶさるような状況にと成り果てていた。
「…ッ!」

 その、あまりに凄い状態にマキシムは顔面から火が吹いたように真っ赤に染まってしまった。
「マキシム…、どう言うつもりなの?」
 繰り返されたこの状況にムッと眉を寄せたセレナの、怒りを滲ませた声音が落ちてくるのを、マキシムは顔を背ける事で回避しようとしたが。
 適わなかった。
 目前に在る白い豊かな膨らみから視線を逃れられる男がいるとしたらお目にかかりたいものだ、などと現実逃避の思考が脳裏を過る。
「マキシム!」
 そうしているうちに、とうとう怒り出したセレナの声に困惑を滲ませたマキシムが、やっと応えた。
「あのね…セレナ…」
「…なに…?」
 見下ろして来る女性に、マキシムが目許を朱に彩らせて囁くような声を漏らした。
「これって、立場が逆じゃないかと…思うんだけど…」
「 ! 」
 言われてやっと自分がどんな体勢であるのかを思い至り、セレナの面をも火が吹いたような朱が走る。
「や…やだ…」
 セレナは慌てたように身を起こそうとして、けれど実行には移せなかった。
 何時の間にか、セレナの細い腰をマキシムの腕が絡んでいたから。
 勢いよく身を起こそうとした反動も手伝って、セレナは思いっきり強くマキシムの胸の中に飛び込む形になる。
「ご、ごめんなさい…」
 逞しいマキシムの胸の中、セレナがか細い声を漏らした。
「謝るのは…俺の方だよ…」
「え…?」
 セレナの細い身体を抱き締めてマキシムはその耳元に囁く。
「だって…あんまり君が綺麗で…ついつい見惚れてしまって…」
 まともに君に応えられなくなっていたんだから。
 マキシムの零れ出る呟きに、セレナの胸がキュンと締め付けられる。
「マキシム…」
「それに…こんな事言うと君は怒るかもしれないけど、これはもしかしたら夢なんじゃないか…って…」
 マキシムの呟きにセレナは断言する。
「夢なんかじゃないわ!」
「うん…」
「…俺は…ずっと独りだったから…。そして、ずっと虚ろだったから…。こんな日が来るなんて信じられなくって」
 マキシムの囁くような呟きに、セレナは思わず彼の人を強く抱いた。
「でも、もう独りじゃないわ!」
 だって貴方には、私がいる。
 セレナの言葉にマキシムの彼女を抱く手に力が籠もる。
「ずっと側にいるわ。たとえどんな事が待ち構えていても、私が貴方の側に…ずっと!」
 最後の瞬間までも。
「たとえ死だって、私たちを別つ事なんて出来ないの。遥かな未来までずっと一緒なんだから!」
 セレナの激しさを伴った言葉を、マキシムは反芻する。
「遥かな未来までも…ずっと一緒…」
「そうでしょ?」
「ああ」
 満面の笑みを端正な面に浮かべて、マキシムは応えた。
「ずっと一緒だ」
 縋り付くセレナの細い身体を強く強く抱き締め、マキシムは誓いの言葉を唇に乗せる。
 虚ろいだった心が、満たされる。
 誰にも引き離せはしない、この瞬間。
 互いに出会うは、運命だったのだから。



 脳裏を過る幸福な思い出。
 崩れ行く、世界。
 轟音すらも遠くに感じる。
 愛しい存在の最後の温もりを感じながら、マキシムは強い決意を胸に秘める。
「…遥かな未来までも…俺たちはずっと一緒…」
 マキシムは、己の唯一人の存在を今一度強く抱き締めた後、立ち上がった。
「行ってくるよ、セレナ…!」
 凛然と言い放ち、マキシムは駆け出した。



 愛してるよ…君だけ、
 今までも、
 そして、
 これからも、
 ずっと‥‥。



■駄文■

それは、BGMから始まった・・・
って何の事かというと、わし、「エストポリス伝記2」を好きになった理由が、ゲーム音楽の戦闘とフィールドBGMからなんですよね。
邪道、かな?
でも、何故か「物哀しい」旋律が心揺さぶりまして。
そして、その曲を聞いて直ぐ、エスト2のソフトを購入して大ハマリしたのでした。
マキシム萌え、な状態に忽ち陥り、嵌めた方の依頼で書いたのがこのお話です。
ゲーム内容をご存知の方には…きっと凄い切なさが伝わるんではないかと思います。

ご存知でない方も、機会が有ったら是非プレイしてみて欲しい、傑作RPGです。
エストポリス伝記2。

初出/依頼原稿(1996.05)

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