Be with me

「困った…」
 マルス率いる解放軍に身を寄せ、最初の戦いに身を投じた日の夜半。
 ジョルジュは天幕の張られた陣地から少し離れた場所で、その近辺に日との気配が無い事を確かめてから溜め息混じりに呟いた。
 ハーディン皇帝、即ちアカネイアに文字通り弓引く事になってしまった事もさることながら、ジョルジュに溜め息を付かせているのは、それとは凡そ掛け離れた事柄が原因だった。
 ジョルジュの脳裏を激しく駆け抜けるのは、ひとりの若者の笑顔。
 未だ少年のあどけなささえ残る、愛くるしい面差しを思い浮かべて彼は苦笑いを端正な面に乗せると、首を幾度か力無く横に振った。
「…困ったな…」
 また、呟きを零した時。
「何を困っている」
 唐突に気配も無く掛けられた声にギクリと意識を強ばらせた直後、ジョルジュは内心、その気配を察知できなかった事に舌打ちながら声の主に射竦めるような視線を投げ付ける。
「ナバール…」
 幾分不機嫌気味に眉を寄せた後、
「別に…、あんたには関係の無い事だ」
 些かぶっきらぼうに言って退ける。
 それも無理は無い。
 鋭利な刃物を思わせる雰囲気を醸し出す目前の傭兵を、少なからず苦手に思っている者は幾多にも及び、その内のひとりに自分もまた入っているのだから。
 それをあからさまな態度にこそ、出しはしないが。
「…確かに個人的な事にとやかく言うつもりなど毛頭も無い。が、  そのお陰で負わなくていい傷を負ってしまった者が居ることを忘れて居るようなので、それを言いに来た」
「・・・」
 ナバールの言いたいことも解る。
 今日の戦いで、ジョルジュの弓から放たれた矢が珍しく敵にヒットしなかった。
 矢が外れればスナイパーは危機に陥るから、付近に居る友軍は余計な負担を強いられる。
 それが敵将であったりすれば尚のこと。
 その煽りを食って、傷を負った者が居たことは否めない。
「…すまん…」
 口元を歪めジョルジュが低く謝罪の言葉を漏らすと、今度はナバールが苦笑を零す番だった。
「まぁ…気持ちは分からんでも無いが…」
「あ…?」
 一瞬、ジョルジュは自分の耳を疑った。
 今ナバールは何を言ったのだろうか、と。
 感情など滅多に表には出さない殺人マシンが如き存在の、苦い笑みを含んだ意味深な言葉をジョルジュは唖然とした表情でまじまじと見つめる。
「…なんだ?」
「あんたでも、そんな事を言うんだと思って…」
 ジョルジュの驚きを露にした口調に、
「そんなに…意外か…?」
 ナバールは眉を顰めた。
「そりゃ…まぁ…」
 これを意外で無いと言うのなら、一体何が意外と言うのか。
 ジョルジュの口元が困惑に思わず引き吊った。


 一方その頃。
「どうしよう…」
 ゴードンは悩んでいた。
 ずっと前からだったけれど、最近では顕著にゴードンの脳裏を駆け抜けてしまう存在が居たからだ。
「どうしよう…」
 だから、もう一度呟く。
 もう、どうしていいのか分からなくて。
 目を閉じても、あの人の黄金の髪が過る。
 胸の奥に、鋭い眼差しで彼方を見やる彼の人の、端正な面が鮮やかに浮かび上がる。
 その都度ゴードンの動悸が激しさを増す。
 こんな想いを持っているなど、彼の人にとっては唯の迷惑に過ぎないなんて事は十分に理解しては居るのだけど。
 でも、自分の気持ちに嘘なんて付けない。
「ジョルジュさん…」
 彼の人の名を呟いた途端、胸がキュッと痛みを訴える。
 好き。
 あの人が、好き。
 大好き。
 師弟で有る事には満足してはいるけど、でも、本当は伝えたい。
 自分のこの想い。
 だけど、それを向けられるジョルジュの事を考えて、跳ね上がった動悸が鳴りを潜める。
 だから辛い。
 どうしていいのか分からない。
「…どうしよう…」
 また、漏れ出る呟き。
 寝台に入ってからの堂々巡りは、一向に終わりを見せはしなかった。
 駄目だ、とてもこのままでは眠れそうにない。
 ゴードンはムクリ、と起き上がると天幕をそっと後にした。
 昼間の戦いの為にか、夜が更けて間も無いと言う時刻にしては陣地はシン、と静まり返っている。
 だから、誰に見咎められる事なく陣から少し離れた場所にまで移動出来たゴードンは、ふと天を仰ぐ。
 空には満天の星が煌いている。
 夜半の冷えた大気を吸い込み、深い深い息を吐き出してから、これからの事をどうすべきかと思案に暮れようとした時だった。
 ゴードンの耳が、微かな人の話し声を捕らえたのは。
 その声を耳にした瞬間。
 ギクリ、とゴードンの全身が硬直した。
 それは、戦いで疲れ果てている筈なのに、疲労を訴えているにも拘わらず眠り付けない原因、つまりジョルジュの声だったのだ。
 どうしてジョルジュさんがここに居るのか、なんて理由は分からないけれど、ゴードンは内心酷く焦った。
 焦った余りに、ゴードンは気配を断つ事も身を潜めることも出来なくなった揚げ句、
「ジョルジュさん…!」
 当人の名を思いっきり叫んでしまったのだった。


「いい加減、自分の気持ちに正直になって貰わないと…幾多の者が迷惑を被る。その辺り解っているのか? あんた」
 ナバールの冷ややかな眼差しと口調に、ジョルジュは唇を軽く噛む。
 そんな事は誰に言われなくても、自分が一番解っている。
 だが、何で伝えられよう。
 自分の本心を。
 それも、同じ性別を持つ者に。
 自分を慕ってくれている存在に、だからこそ伝えられない。
 その瞬間から、悍ましい眼差しで見られる事になるのが解り切っている事実などを。
 そしてジョルジュは、それが最も耐えられないと自覚している。
「だが、俺は…あの子に嫌われたくない…」
 掠れるような呻くような声で、ジョルジュは零す。
 己の本心を。
 真実の想いを。
「嫌悪の表情で、一歩引いたところから見られるくらいなら…自分の気持ちを偽った方がマシだ」
 ジョルジュは吐き捨てるように言葉をナバールに投げ付ける。
 それを真っ向から受け止めるナバールの眦が鋭く引かれる。
「…だから、伝えない、と?」
「そうだ」
 端的に応えを返すジョルジュに、怖いくらいの鋭さを秘めた殺気を放つ。
「その為に、ロードが危機に陥ってしまったんだぞ、この度の戦いは!」
 怒りさえも露にしたその形相に、ジョルジュは唖然とナバールを見た。
「ナバール…?」
 かの人物の怒りの意味が最初見えず、怪訝な表情を浮かべていたジョルジュが、何か思い至ったのか、愕然とした目を見開く。
「…まさか、お前…マルス王子、を…?」
 想っているのか、と言いかけた言葉を慌てて飲み込む。
だが、それを察したナバールがニヤリ、と凄みの有る笑みを浮かべた。
「悪いか?」
「悪いか…って…」
 良い訳が無い。
 仮にも王子に、そんな想いを馳せるなど、許される筈が無い。
 だが。
「俺はロードを想っているし、ロードもそれには応えてくれている」
 それで十分だと、今は思う事にしているが。
 あまりと言えばあまりな告白に、一瞬とは言え思わずポカンと口を開けてしまう。
 それ程に、ナバールの言葉は衝撃であったのだが。
「そうか」
 それでも何とか立ち直って、ジョルジュは苦笑いを口元に浮かべた。
「…お前に比べたら、俺の方が幾分状況はマシな訳だ」
「だな?」
 ナバールは軽く片目を瞑る。
「だからはっきりしろ。しないなら、俺は背後からお前をバッサリと殺るかもしれないぞ?」
「ああ、解った」
 十分な脅迫、しかも間違い無く本気なのだろう物騒な言葉を受け止め、ジョルジュが頷く。
「…告白してみるよ」
「駄目で元々、と言うからな?」
 ナバールが意地の悪い笑みを浮かべる。
 人事だと思って、とジョルジュが眉を顰めた時だった。
 少年の焦ったような声が響いたのは。


「ジョルジュさん…!」
 慌てて振り返って、ジョルジュは呆然とその存在を見つめた。
「な、んで…ゴードン、お前…?」
 お前が此処に居る?
「あ…え、と…。眠れなくて…」
 眠れなくて散歩に出て来て。そうしたらジョルジュさんがこちらにいらしてて。
 困ったようにゴードンは応える。
 同じく困ったジョルジュが、ナバールに救いを求めようと振り返ると、既にそこには誰の姿も見当たらなかった。
(…素早い…)
 伊達に素早さを身上とする傭兵では無いだろうが、こんな時はその特技をつい恨めしく思ってしまっても悪くは無いような気がするが、まあいいか。
 軽く頭を掻いてから、ジョルジュはゴードンに向き直ると穏やかな視線を向けた。
「ゴードン」
「あ、はい!」
 思わずいつものように元気良く応えるゴードンをいとおしげに見つめ、
「お前に話したいことが有る。良かったら俺の天幕に来てくれないか?」
「行きます!」
 酷く嬉し気に応えると、ジョルジュは微笑んだ。
          
 今夜もきっと眠れないだろう。
 だけど、大好きなジョルジュと語り合えるのなら、そんなのどうだって構わない、とゴードンは思う。
 とても嬉しくて、溜まらなかった。

FIN
これまた、懐かしい原稿だなぁ。
ジョル×ゴーの振りしたナバ×マルでもあったりして(笑)
…ほんっっっとに、わしってラブコメが好きみたいですね。
ほほっ。

「征服王2」と言うイベント併せに作ったコピー本から掲載。

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