That's all right |
「…なんでこんな事になったのかなぁ…」 ポツリ、と冒険者のいで立ちをしているにしては、未だ若すぎる部類に入る少年が何げない言葉を零す。 そもそもは、軽い気持ちで引き受けた。 何処の誰ともしれない、ホワイトとか言う爺さんの頼み事。 「世界を救う」とか言う奴を。 自分が目一杯善人とか言う訳では無いけれど、心底困っている人を見ると、どうにも放って置けない性格を少年は自覚していた。 そうして、未だホワイト爺さんの頼み事を引き受けてからほんの数日程度しか日にちは過ぎてはいないと言うのに、また、新たな頼み事を引き受けた。 そこから事態は雪だるま。 降っては降ってはズンズン積もる。 いや別に、今雪が降ってる訳では無い。 「はぁ・・・」 深い溜め息を漏らして、少年は熱砂の彼方にやっと見えて来た「砂漠の祠」を、溢れ出る汗を手の甲で拭うと、そこを目指した。 彼の名は、ルーク。 ちょっと前までは、ごく平凡な唯の一人の旅人に過ぎなかったのだが。 ひょんな事から、悪の王ダークキングを打ち倒す使命を担う事になってしまった少年である。 やっとのことで砂漠の祠に辿り着き、祠の中に遣って来たまでは良かったのだが。 「そう深刻な顔するなって。言っただろう? 化石の迷宮に隠されてるお宝を手に入れたらこれをやるって」 ニヤリと笑い、現在の冒険の同行者ロックが懐から綺麗な青い瓶を取り出しルークの面前にちらつかせた。 「あのなぁ…一応俺、一刻を争う身なんだけどさ…」 友達で、ルークにとって最初の冒険仲間であるカレンを助けるためにどうしても彼の持つ秘薬エリクサーが必要なのだと、事情は説明した筈なのに。 ロックは何処吹く風の表情で、ルークが睨み付けてくるのも我関せず、件の瓶を再び懐に仕舞い込む。 「分かってるって、ボーズ。ちゃんとやるから、な?」 だから俺に協力しろよ。 ポンポンと、ルークの背を叩きながらロックは心配するなと連呼する。 何処かしら気の抜けない飄々とした人物を、けれどルークはこっそり気に入ってしまっている。 こんな事態や事情じゃなかったら、きっと楽しい旅の同行者になるに違いないくらいに。 ただひとつ、人に何かを売り付けたがる癖さえなければ、もっといい。 もし、もしも、ダークキングを倒したなら一緒に旅をしないか? 幾度も幾度も、そう言い掛けて。 けれどルークはその言葉を必死に飲み込んだ。 今はそんな場合じゃないのだから、と。 こうしている間にも、カレンの生命は刻一刻と蝕まれているのだ。 だからルークは唇を食いしばって、自分の気持ちを心の奥に押し込めると、先に歩きだしたロックの後を追いかけるのだった。 龍の意匠を凝らした、伸縮自在の武器の感触を確かめるロックを、ルークはぼんやりと見つめる。 これでロックの「お願い」は聞き届けた。 今度はルークの頼みを彼が叶えてくれる番である。 だと言うのに、今、ルークの心を占めるのは、カレンの事では無くってこの数日の間共に過ごした冒険の日々ばかりだった。 こんなにも冒険が楽しいと思った事なんて無かった。 魔物との戦いでも安心して背後が任せられるし、何より怪我をしはしないかと、心配する必要も無い程、ロックは強かった。 野営をしている時に寝物語に聞かされた、彼が旅で経験した事は、幾分誇張は入っているだろうけどとても面白く、そしてルークが未だ戦ったことの無い魔物の攻略方法等はとても参考になった。 出来るなら、これからずっと魔王討伐の冒険に同行して欲しい。 本心からの言葉を唇に乗せようとルークが口を開きかけたその時だった。 何かが放り投げられた。 ルークに向かって。 青い煌めきの軌跡を見た瞬間、それが何なのか愕然と理解したルークはそれを慌てて受け止めた。 それこそ、毒に倒れたカレンを救うたったひとつの秘薬、エリクサーである。 「ロック!」 危ないじゃないか、落としたらどうするつもりだったんだよ。 眦を吊り上げて文句を放つルークに、ロックは笑った。 「そんなドジに、渡すつもりなんてないさ」 俺だって、その薬を随分長い間捜し続けてたんだから。 そんじょそこらの奴にゃやらないよ。 ロックはニヤリと笑い、そして身を翻した。 「それじゃまた、何処かで会おうぜ!」 「あ、ま、待って…」 まだ、伝えてない。 いつか、一緒に旅しようと言う言葉を。 既にその気配さえも伺えない、食えない男へのもうひとつの願いを唇の中で反芻した後。 「ま、いいか」 ルークは苦笑混じりの呟きを零す。 きっといつか、何処かでまた会えるかもしれない。 そしたら、次こそ、ちゃんと伝えればいいのだから。 「いつか…きっと…」 ルークは自分に言い聞かせるように、そっと小さく呟いた。 何度も、何度も。 いろんな所を巡り巡って。 初めてホワイトに、予言の勇者と言われてから随分と月日が流れたような気がする。 旅の途中で何度と無くロックに再会しては、その都度助けられて。 だのに肝心の「戦いが終わったら、一緒に旅をしよう」の言葉がちっとも伝える事が出来ないまま月日は流れ。 そして。 「終わったぁ…」 最後の城の奥深く。 終に、やっと最初の、そして最後の目的であるダークキングとの決戦を終えてルークは思わず溜め息交じりの声を漏らした。 感無量、の高揚感が全身を包む。 これでまた、世界中を旅して廻れる。 世界を救うための戦いの旅なんかじゃ無い、思うがままの冒険の旅に出れる。 でも、一人じゃつまらない。 一人じゃ寂しい。 沢山の仲間と共に旅した日々は、ルークにとって本当に楽しかったのだ。 だから、もう一人で旅するのは嫌だ。 そう思いながらも、けれど少年は一人船に乗り込んだ。 かつての仲間の見送りを後に。 と、そんな彼の前に、一人の男が姿を見せた。 「ロック!」 満面の笑みでその男の名を呼んで、ルークは駆け寄った。 「よぉ、ボーズ」 見慣れた笑みを浮かべ、ロックが軽く手を上げた。 「一緒に旅しようと思ってな。乗り込ませて貰ったんだよ」 「うん」 嬉し気に、ルークは頷く。 「おまえと一緒だと退屈しないで済みそうだし。それでだ、ついでと言っちゃ何だが…」 不意にロックがゴソゴソと懐を探り出すのを見た途端。 ルークの面にうんざりとした何かが浮かんでは消えた。 「エリクサーや火薬、爆弾みたいなチンケなものじゃ無いぞ? これはな…」 言いながら目当ての物を取り出し顔を上げたロックの前から、ルークは既にタスタと立ち去り、船縁に辿り着いていた。 これさえなければ、凄くいいのに。 ルークの気持ちを知ってか知らずか。 ロックが懐から捜し出した獲物を手にルークを追って来る。 何事かを言っているのを無視していると、 「…おい、最後まで聞けよぉ」 情けない声が聴こえるが、あえて無視して海原に視線を投げる。 海は広いな大きいな。 雄大なその景色をぼんやりと眺めながら、ルークはこっそりと口許に笑みを浮かべる。 こんな態度をとってはいるが、もう一人じゃないのだと言う気持ちで、胸がいっぱい。 本当は凄く嬉しい。 これから先の旅を予測して、ルークの眼差しは希望に満ち溢れるのだった。
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ミスティッククエストです。 マイナーです。 全然妖しくないです(深いところではどーだか知りませんが/笑) 主人公とロックがめさめさ好きで、書いたお話。 色々在って、本の発行日とかが予定より2年も遅れたのも懐かしいです。 その当時、MQ本をフルカラー表紙でオフで出す…と告知したら、MQ系同人をやっておいでの方から「正気ですか?」とか言われました(遠い目) そりゃ、そーだよねー。 マイナー過ぎて『それ、何?』とか言われるものね、普通(泣笑)。 初出/ARE YOU READY?(1996.12.28) |