月光が冴え冴えと煌めき周囲を蒼く染め上げている。
そんな中に、ただひとつ立ち尽くす人影が在った。
風が吹き抜け、未だ成人してはいないのだろう若者の黄金に輝く髪をフワリとなぶる。
乱れるに任せる髪の随に、若者の頬に微かな朱が走っている事実を露にする。
「…ナイトハルト様…」
そっと指先を唇にと添えた。
そこには未だ、僅かな感触が残っている。
慕い、敬愛する存在の温もりを四肢に伝えてくれた後の、甘い接吻だった。
息も出来ぬ程の、強い抱擁と接吻。
それは本来なら決して許されない、許されはしない行為だろう。
無論、十分理解はしている。
けれど、理性が熟知していても、感情は拒否していた。
以前ならば、我慢も出来ただろう。
しかし、今となっては、耐えられない。
苦しい、本当に苦しい恋だったから。
胸が圧迫され、眠れない日々も在った。
でも、今は違う。
あのひとは、伝えてくれたのだ。
己を好いている、と。
嘘偽りない、真摯の瞳で囁いてくれたのだ。
「…愛しているよ、アルベルト…」
彼のひとの、低く響く声音を心の中で繰り返し繰り返し思い出しては、反芻する。
彼のひとが間もなく、己の姉と婚姻すると言う現実を、頭の隅にと追いやるために。
そう、それこそが現実だ。
忽ち冷えて行く意識に、ブルッと身が震える。
寸前までの幸福感が萎える。
仕方のない事なのだ、これは。
そうして、彼は、アルベルトは、己の身を我が腕で抱き締めると唇が、震えながら呟く。
密やかに。
「なぜ…なのですか?」
何故、今日だったのですか?
ナイトハルト様。
姉へのプロポーズと己への告白を何故同じ日に紡がれたのですか?
この場に居られるなら、問いただしたい。
否、クリスタルシティに今直ぐ駆けて行って、直接聞きたい。
何故、と。
「馬鹿だ…」
問うだけ、無駄な事だろう。
もしかしたらナイトハルトは唯の戯れに、その端正な唇に言葉を乗せただけであるかもしれないのに。
「僕は、馬鹿だ…」
もう一度、己を罵り、彼は深い深い溜め息を吐き出し、踵を返そうとした、その時だ。
「何が、馬鹿なのか?」
背後から不意に声が掛けられたのは。
驚愕に、アルベルトの身体が硬直し、振り返ることさえ出来なくなってしまう。
「ど、どうして…ここに…」
居られるのですか、貴方が。
今時分に。
「お前の顔が、見たくなった」
「さ、き程まで見て居られたではありませんか」
漸くにして振り向いた先に月光に照らされ彼の黄金の髪が煌めいていた。
琥珀の瞳が、髪よりも尚煌めいていると見えたのは、アルベルトの錯覚であろうか。
「今、見たいと思ったのでな」
薄く微笑み、ナイトハルトがゆったりと歩み寄ってくるのをアルベルトは唯呆然と見つめる。
吐息が届くほどの距離に彼の存在が来た瞬間、アルベルトの身体が強く抱き締められた。
「あ…ッ」
あまりに突然の抱擁に、思わず声が漏れ、アルベルトは赤面してしまう。
「す、すみませんっ」
気恥ずかしさの為に、アルベルトの口から咄嗟に出たのはそんな謝罪の言葉であったから、ナイトハルトは目を細めた。
「お前が真実、愛しい…、アルベルト…」
「ナイトハルトさま…」
真摯の琥珀の瞳が、自分だけを見つめて居る。
アルベルトは全身に火が付いたようで、酷く熱い。
ナイトハルトの目が細められる。
「お前が…欲しい…」
今直ぐに。
「・・・」
意味する事を察して、アルベルトは俯く。
どう応えていいのか、分からない。
心より愛している存在を、無論拒絶するつもりは無い。
だが、それを口にするのは些かどころか、かなり恥ずかしかった。
「よいな…?」
「えッ?」
アルベルトが返事をするより早く、ナイトハルトは軽々と若者を己の腕に抱き抱え、バルコニーから室内にと移動していたのだった。
少々荒々しく、自分のベッドに押し付けられたアルベルトの首筋にナイトハルトは唇を押し当て、軽く吸った。
「…んッ…!」
その感覚に背筋がピンと張り、アルベルトは小さく声を漏らし、慌てたようにシーツを口にくわえた。
隣室の、父母にこの声を聴かれる訳にはいかないと言う、確かな自制心が未だ、彼には残っていたのだろう。
その行為に、ナイトハルトは満足気に唇の端を歪めると、アルベルトの夜着を全て剥がした。
無垢で白い滑らかな、アルベルトの火照った肌が大気に、そして、ナイトハルトの視線の前に晒された。
今まで目にした、どんな存在よりも華奢な躯が、細かく震えている。
己を見つめる綺麗な蒼い瞳に、脅えとそして微かな期待が含まれていると気づき、ナイトハルトはアルベルトを強く抱き締め、その頬に唇を寄せる。
舌先が、少年の華奢な項に辿り着き、嘗め上げた瞬間。
アルベルトの全身がビクンと硬直した。
羞恥に身体の内まで赤く染まっていくようで、アルベルトは唇の中のシーツを噛む力を更に込め、無意識に顔を背けようとするが、ナイトハルトはそれを逃さない。
アルベルトの身体を左腕でかき抱いたまま、右手で彼の顎をシーツ越しに捕らえて己の方を向かせる。
まるで射竦めるような、琥珀の瞳がアルベルトを見入っていた。
その視線に、アルベルトは抵抗出来なくなって、自然身体から力は脱けて行く。
それ瞬間を狙いナイトハルトはスルリ、とアルベルトの下肢に指を這わせた。
「くう…ん…ッ!」
その行為を堪えきれず、くぐもった呻きをアルベルトは漏らし、ナイトハルトを押しのけようと両腕を突っ張らせる。
だが、それはあっさりとナイトハルトに押さえ付けられてしまい、あらがいはそれ以上、一切の進展を許さなくなった。
アルベルトを押さえ付ける為、一旦止まった舌先での愛撫がまた、始まる。
ゆるゆると首筋から胸元の、淡い色素を浮かび上がらせている二つの突起に、ナイトハルトの舌先は辿り着き、丁寧な蠢きで搦め捕った。
「あぁ…ッ」
感じるはずの無い、ナイトハルトと同じ性を持つ己は、
けれどその蠢きに応えてしまっていた。
感じ入る事が嫌なのではない。
唯、信じられないのだ、自分が。
淫らに、乱れた声音を漏らし、身を捩っている狂態がアルベルトは恥ずかしかった。
少年が、感じる自分を恥じている間にも、ナイトハルトの愛撫の手は更にアルベルトを、そして自分を高まらせようと進み続ける。
突起の片側がぬめる舌先に転がされ、残るひとつには左の指先で摘ままれ弄られる。
それだけで昇り詰めそうなアルベルトの、最も過敏な体の中心は、迸りを促され、狂わんばかりに誇示していた。
長い、整ったナイトハルトの右の手のひらが、幾度かアルベルト自身に摩擦を与えたかと思った瞬間。
「は…ッ、あぁ…!」
熱い生命の源を放ち、アルベルトは解放の吐息を漏らした。
ぐったりと、けだる気にシーツの波間に身を横たえるアルベルトの身体が、なすがままの状態で俯せに位置を変えられる。
そして、心持ち軽く腰を持ち上げられたかと思った途端、己でも触れた事の無い、下肢の秘めたる双璧の隙間に、ナイトハルトは唇を寄せて来たのであった。
「 !? 」
身を起こそうとするが、それより早く、ナイトハルトの舌先は、少年の中心に滑り込んでしまっていた。
「…う…」
気色の悪さに呻き、無意識にアルベルトは両手でシーツを握り締めた。
丹念に丹念に秘所を嘗め、十分な潤いを施した後。
ナイトハルトは身を起こし、誇張する彼自身をその箇所に押し当てると、一息に射し貫いた。
「…ッッ 」
声にならない悲鳴が、アルベルトの喉の奥でひりつく。
引き裂かれるのではないか、と言うほどの衝撃が脳天まで突き抜け、背が反り返った。
ビクビクとアルベルトの肉壁が痙攣し、内部に在る異物を押し出そうと蠢くが、ナイトハルトはがっちりとアルベルトの腰を抱え、その動きを逆に愉しむ。
アルベルトは苦悶に足掻き、握っていたシーツを更に強く掴んだ。
声を、悲鳴を上げぬよう、懸命に。
あまりに力を込め過ぎて指先が白く染まっていた。
己を収めきったナイトハルトは、暫くの間アルベルトの肉壁の感触を味わい、声も無く細かく震える少年の内部でゆるりと動き始めた。
アルベルトには、もはや声も無かった。
ゆっくりとしたナイトハルトの動きが、時に激しくアルベルトを苛む。
自然の律動は、尋常では無い苦痛をアルベルトに与え続けるが、その痛覚の奥深くで、何か意味を成さない感覚が芽生えようとしていた。
痛み以外の、何かが。
「…ナイトハルト様…ッ」
短い喘ぎの声がアルベルトから放たれた、その瞬間。
ナイトハルトは眉を顰め、僅かに目を伏せた。
アルベルトの胎内に、激しい勢いで熱いもの放たれる。
それが、ナイトハルトの性の迸りだと知覚するよりも僅かに早く、アルベルトの意識が闇へと落下しようとしていた。
薄れ行く意識の片隅で、敬愛する存在の優しい手が頬に添えられ、額に唇が寄せられた理解した時、
「…許せ…」
ナイトハルトの囁きが、アルベルトの眠り落ちる寸前の耳に響いた。
許してくれ、アルベルト。
その囁きが、何を意味しているのか考える事はアルベルトには出来なかった。
温もりを背に感じたまま、意識を失った為に・・・・・・。
目前に立つ、少年から青年にと成長した若者が、穏やかな微笑みを端正な面に浮かべながら、ゆっくりと歩み寄って来るのを唯呆然と、ナイトハルトは見つめた。
「…あれから、もう随分と時間が過ぎてしまいましたね、ナイトハルト様」
以前よりも、ずっと背が伸びたのだと知らしめる視線の高たさの違いを、間近まで歩んで来たアルベルトを見てナイトハルトは感じ取った。
逞しくなった。
幼さや、身体の線の細さは変わらぬまでも、一瞬見ただけで解るほどに、逞しく成長した。
アルベルトは。
それを眩しいと、彼は思う。
そして、嬉しいと。
邪神との戦いに勝利して、生きて還って来てくれた事が。
だが、彼の唇は、本意とはまるで別の言葉を紡ぎ出していた。
「よくも…おめおめと、戻って来れたものだ。よくも、私の前にその顔を見せられるものだな、アルベルト!」
端正な、ブラックプリンスと呼ばわれた存在の罵りの言葉を甘んじて受け止め、けれどアルベルトは微笑みを崩さずに言ってのけた。
「…そうですね、そうかもしれません。ですが、貴方はもっと酷いことをして下さいました」
「何が悪いのだ!? このマルディアスを私が手にするには、相応しくないとでも言うか!」
言葉荒く言い捨てるナイトハルトに、アルベルトは小さく首を振った。
「いいえ、ナイトハルト殿下。貴方以上にマルディアスの君主に相応しき方は、いらっしゃりはしません」
「ならば何故、あの時お前は私の手を拒み、私の邪魔をしのだッ、アルベルト 」
カクラム砂漠の地下世界で、神々の造りし十の神秘の宝石・ディステニィーストーンを総て揃えたアルベルトの前に、待ち構えていたナイトハルトは手を差し伸べた。
ディステニィーストーンを持ち、我が元へ来い―と。
だが、アルベルトはその手を拒み、唯一人の君主と心に留めたナイトハルトに、事もあろうに剣を向け斬りかかったのであった。
あれから、丁度一年。
光の戦士として、アルベルトは5人の仲間と共に邪神を倒した。
やっとの事で地上に出た彼らを待っていたのは崩壊し尽くしたような世界だった。それでも、何とか全員生き延び、再会を約束して別離れた後、アルベルトは一直線にクリスタルシティを目指したのであった。
「―邪神を倒さねばなりませんでした。あの時、言いましたね、ナイトハルト様。すべてが終わったら、ディステニィーストーンは貴方にお渡ししますと。その約束を果たしに、僕は戻って参りました」
穏やかな口調のままに、アルベルトは腕に抱えていた道具袋から煌めく美しい宝石の群れを取り出す。
それは、或いは髪飾りであったり、腕輪であったり、剣であったりするものの群れ。
アルベルトは、この世で手に入れられた全ての《秘宝》を、ナイトハルトに向け差し出した。
だが、彼はそれらを一瞥しただけで、その視線を直ぐにアルベルトに向ける。
「…私が聞いているのは、何故拒んだのか、と言うことだ。そのようなもの、なんら興味も無いわッ!」
「―今となっては―、ですか?」
「 ! 」
アルベルトの呟きに、ナイトハルトは見ていて解る程ビクリと硬直した。
「な、に… 」
愕然と、ナイトハルトは顔色を紙のように白くさせて、アルベルトを見る。
「貴方が考えている以上に、苛酷な旅の中で、良くも悪くも識ってしまいました。貴方の事を…」
アルベルトの表情から初めて笑みが消え、暗い影が落ちた。
悲哀を含む蒼い瞳が揺れて、微かに伏せられる。
「少なくとも姉の、ディアナ以上に貴方のことを識ってしまいました」
ならば、理解っているのだろう。
ここに、ディアナが居ないことを。
その理由も、全て。
「姉も…父上も母上も、そして僕も、ローザリアの、貴方のものです。でも、だからと言ってイスマスをサルーインに売り渡してしまうなど、許されない事の筈です」
「私はッ、この世界の霸者たらんと…ッ!」
言葉の持つ意味が、酷く空しいと理解しながらも言わずに居られなかった。
「はい、ナイトハルト様。貴方こそが霸者です―」
再びアルベルトの面に、笑みが浮かぶ。
「―何処の誰にも、それを違える事は出来ません。だから、僕は、こんなものに頼ってほしくはありません」
ディステニィーストーンを床に放り投げ、アルベルトは不意にナイトハルトの足元に跪いた。
「堂々と、このマルディアスをお手に入れ下さい。微力ながらこのアルベルト、お力になりたく存じます」
驚きに、咄嗟に言葉が出ないでいるナイトハルトのマントの裾を取り、アルベルトは口づける。
「…許されぬ筈では無かったか? 私は…」
やっとにそれだけ口に上らせ、ナイトハルトはアルベルトを見下ろす。
「はい」
「ならば、何故だ?」
直ぐに返った応えに、もはや驚かずナイトハルトは問いかけた。
アルベルトは顔をゆっくりと上げ、ナイトハルトと視線を絡ませ応えた。
「はい、だからこそ貴方はマルディアスの王に成らねばならないのです」
彼のして来た事が許される訳は無い。
ナイトハルトは、己の罪を自ら成算しなければならない。
それは、マルディアスを統一し、世界を平定に導かねばならない使命のようなものだ。
「…そうか…」
「はい」
蒼いアルベルトの真摯の瞳が、ナイトハルトだけを見つめる。
穏やかに、けれど揺るぎなく。
「険しいだろうな」
「はい」
「だが、やらねばならぬ、そうだな?」
「はい」
苦いそれが、静かな微笑みにゆるりと変わる。
「もし、もしも…許されるならば、そなたの気持ちを、教えてはくれぬか?」
私をどう思っているのか、その本意を、本心を。
「僕の…本心ですか?」
唐突なナイトハルトの囁きにも似た声音にアルベルトは笑みを湛える。
見る者すべてを幸福な思いにさせる程、鮮やかな、輝くような笑みをナイトハルトに向け。
そして。
その唇が、小さな呟きを象った。
「…お慕いしております、幼き日々より今も、ずっと…」
遥かな、マルディアス統一への序章が奏でられるのは、それから暫く後の事であった。
激しき戦線に立つ、ブラックプリンスの傍らには、常にひとりの若者が在った。
その若者が、邪神を打ち倒した光の勇者である事を、けれど識る者は、少ない。
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