暴走
 事の始まりは何気無い一言から、始まった。
「…会いたいなあ…」
 ポソリと零れたその言葉に、首を傾げてフェイは微笑う。
「…会ってくればいいじゃないか。同じ船の中にいるんだから…」
 どうということも無いだろうに。
 フェイの微笑みが苦笑に変わる。
 こいつが想像したのは、幼なじみの少女だろうと理解して嘆息を漏らす。
 だけど違うんだよな。
 会いたい相手が。
「そりゃ…まあ…。確かに同じ船の中には居るには居るんだけどさぁ…」
 会いたくたって会えない奴は、居るんだよな。
 チラリと目前の、マブダチとも呼んで差し支えない男の顔を見つめてまた溜め息を漏らす。
「もう二度と…会えないんだよ…そいつには…」
 目を伏せて数少ない記憶を辿る。
 直ぐにそいつのことが脳裏に鮮やかに蘇る。
 初めての接触は、アヴェの砂漠のど真ん中。
 愛すべきユグドラの撃破の時。
 全く歯が立たない程の威圧的な強さを誇る癖に、言うに事欠いて、
「貴様は強いのか?」
 なんてほざきやがった。
 高慢で傲慢。
 見下すような冷酷な、声、だった。
 お蔭様で大怪我負うわ、暫くの間夢にまで出て来てうなされたりもした。
 二度目に出会ったのは、教会の地下遺跡。
 そこで、そいつは初めて名乗った。

 イド。

 真っ赤な髪、真っ赤な瞳。
 そして、真っ赤なギア。
 恐怖と憎悪を纏った畏怖なる敵として、そいつは、イドは存在した。
 強いなんてもんじゃあ無かった。
 まさに桁違い。
 あんまり強大すぎて、ばっちりでっかくインプリントされちまった。
 いろんな意味で。
 いや、冗談ぬきの話。
 そうしてもろもろの事態を乗り越え、間もなく最終決戦だと言う今現在。
 俺、バルトロメイ・ファテマは、その「イド」に会いたい訳なのだ。

「とは言え、どだい無理な話なんだよなぁ…」
 本日何度目になるのか分からなくなった溜め息を吐き出すバルトを見つめていたフェイが、僅かに顔を伏せたかと思った刹那。
「…はっきり言えばよかろう? バルトロメイ。俺に会いたかったと」
 冷淡漂う声音にギョッとバルトが顔を上げた先に有ったのは、冷酷な嘲笑を口許に張り付かせた、イドその人だ。
 イドは真紅の長髪をフワリと掻き上げると、屈み込んでバルトを覗き込む。
「どうなんだ? バルトロメイ」
「な、な、何で…お前…」
 焦りを露にしたバルトの頬に、間近のイドの真紅の髪と吐息が触れる。
「何でお前が出てくるんだよッ?!」
「会いたいとお前が願った、それをフェイが叶えた。それだけの事だ」
 そんな事も解らないのか?
 あっさりと言われてムッと表情を歪めるバルトだったが、 実のところその心臓はバクバクと激しくがなり立てていたりする。
 会いたくても二度と会えないのだと言う諦めを抱えてたと言うのに、それをこうもあっさり覆されると困惑が覆い尽くすのも道理だろう。
「だ、だけどなッ、いくら会いたかったっつうても、いきなり目の前に出られて焦らない奴が居るかよッ」
 焦りのためにか荒がる声音を、激高して目まぐるしく変るその表情を、イドは面白気に見つめている。
「ふ、ん?」
 軽く嘲笑いを含んだ息を吐き、イドは不意に身を引いたかと思うと腕を組んでバルトを見下ろした。
「会いたいなら会いたい、で良いだろうに。面倒な奴だな」
「あ、あのなぁ…」
 そう言う問題じゃ無いだろうに。
 バルトの困惑は頂点に達するが、これ以上考え込んでいても仕方が無いのは事実な訳で。
「ま、いいか。お前の言う通りなんだし」
 うーん、と考え込んだ次の瞬間にはニパッと顔面一杯の笑みを浮かべるに至っていたのだった。
「だろう?」
 クックッと低く笑うイドの長い真紅の髪の一房を軽く手に取るバルトを変わらぬその表情で見下ろしたまま、イドは問う。
「それで、何故俺に会いたかったんだ?」
「…そんなん決まってるだろ?」
 手にした一房に唇を寄せて上目使いにイドを見つめ、バルトは笑みを零す。
「明日には突入すんだからさ、しのごのごたくつけててもしようが無いんで、此の際はっきり言っちまうけど」
「ふん」
 バルトの行為を訝しむ様子で見下ろしながらも、好きにさせているイドに、彼はきっぱりと言い切った。
「好きだ」
 その瞬間。
 流石のイドが固まる。
 力いっぱい隙だらけになった彼の存在を引き寄せると、バルトはイドを抱き締めた。
「聞こえなかったか? じゃあもっかい言うぜ。俺はイド、お前が好きだ」
「バ…バルトロメイ…?」
 掠れるイドの声音を間近に聞き、バルトはうっとりとした口調で言葉を綴る。
「最初は、ぶっ殺してやりたいくらい悔しくて溜まんない気持ちしかなかったんだけど、何度もお前の夢見てたら、惚れてるって気が付いた…」
「・・・」
 絶句しているイドを抱き締め、潤む眼差しで見つめるとバルトは己の唇をイドのそれに重ねようと顔を近づけようとした筈なのに、何時の間にか天地が引っ繰り返っていた。
「…あれ?」
 腕の中に有ったはずのイドが、少し離れた所にいるのが見えて素っ頓狂な声を漏らす。
 イドがゼエゼエと肩で息をしているのが、バルトのひとつだけしかない蒼の瞳に映っていた。
 冷静沈着、冷酷冷淡を絵に描いたようなイドの、そんな様を見るに至るなんて思いも因らなかったので何だか嬉しい、などと投げ飛ばされた状態にも拘わらず、にんまりと口許を綻ばせてしまう。
 常が常なだけに、顔を赤く染めたイドなんて多分滅多にお目にかかれないだろうから、すごく得をした気がしてならなくて。
 バルトはついつい本音を零す。
「イド…お前ってすげえ可愛いのな?」
 雉も鳴かずば何とやら。
「バ、バルトロメイッ、貴様ッ!」
 バルトの一言に激昂したイドの全身を緋色の気が覆ったかと思った刹那。
 室内全体にそれが広がったのだった。

 グワン、とユグドラシルVが振動し、何事かと原因を調べに走って来たシタンとシグルドは、吹っ飛んでひしゃげたバルトの部屋の扉を発見して唖然と目を見開いた。
「こ、これは…」
「わ…若ッ!」
 漸く我に返った二人の前に、ケホケホ言いながらそこからバルトが這い出て来る。
「よお、シグ…先生もお揃いで…」
 苦笑混じりに言って立ち上がるバルトに、シタンは呆然とした表情で問いかけて来た。
「…何が有ったんです?」
「いやあ…ちょっと…」
「何がちょっと、だよ!」
 背後を振り返ると、目茶苦茶になった室内から何時の間にか元に戻ったフェイが怒りながら出て来てバルトを睨み付けていた。
「あ、あんな事するなんて…俺、バルトを見損なったよ!」
「一寸待てよ、俺未だ何もしてないだろ?」
「何もって…何をしようとしたんです? 若…」
 二人の会話を訝しみ、シグルドが恐る恐るに尋ねれば。
「何って…そりゃ、ちょとしたコミュニケーションを…」
「イドにキ、キスしようとしたじゃないか!」
 フェイの爆弾発言に、シグルドは何かを言おうとするがそれは声には成らず、何とか口を突いて出たのは怒声だけだった。
「若ッ!」
「うひっ」
そんな彼らを見つめ、シタンは愛用の眼鏡を直ながら、吹き飛んだ扉とバルトとを交互に見遣った後、守護天使らしく冷静に状況の把握を努めた。
(つまり…若くんがイドに手を出そうとして、イドが暴走した、と。その割に若くんは無傷、ね。成る程…)
 フェイとシグルドの両方に激しく非難されているバルトを見遣りながら、シタンは小さく溜め息を漏らすのだった。


 デウスへの突入直前の、それはささやかと言うには些か問題の有る出来事のひとつだった。

『終わってないぞ』←(笑)

■駄文■
めさめさ嵌まっていたわしに、丁度原稿依頼があったので、初めて書いたゼノ小説。

…その頃同人的には「バル×フェイ」「シタン×フェイ」「シグ×バル」と大きな主流が育ちつつ有ったにも拘わらず、またしても凄いマイナーカプに転がっていた自分…。
ホント、何故なんでしょうかね?(大笑)

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