掌に在る蒼く輝く双振りの神剣を見つめ感慨深気に溜め息を漏らすのは、小国セイラムの未だ少年に過ぎない若き王タジ・アスガラフ。
「…総ては、これが…」
 何気にポツリと呟く。
 総てはこの双剣が己を選んだ瞬間に始まった。
 イルミニア随一の古い歴史を誇り、かつては大陸の大半を掌握していたセイラムの前王が崩御し、王位継承の儀式に取り敢えずは末席に有るとは言え王位継承権を持つタジが出席したのは、若くして神剣士となった自身の目で一度は神の御霊を宿すと称される神剣を目にしてみたいと言う欲求が有ったからだった。
 そして、その儀式で神剣は突如己の眼前で輝き、自らを誇示したのである。
 驚愕に目を見開いた少年を前に、他の、タジよりも明かに身分の高きロイヤル達が不平や不満を露にするのは当然であろう。
 だが、それでも神剣が選びし王者がタジである現実を覆すには至らなかった。
 無論、彼がセイラムの王に座する為に、前王の忠臣にし て神剣士としても名高き老将アルダムが誰よりも真っ先にタジに膝を屈したから事なきを得たのもまた真実ではあったのだが。
 しかし、ロイヤルとは言っても身分は最下位故にかそれまで市政で伸び伸びと暮らして来たタジには突如として王位を継承せざるを得なかったのは、本音を言えば辛い現実である。
 更にその上、セイラム王家の宿命とやらで大陸制覇の重責迄もが偶発的に幼い両肩に伸しかかるに至った瞬間。
 タジは孤高なる運命を担わされてしまった。
 それはまさに果てしない孤独。
 きっと誰にも解っては貰えないだろう。
 タジはそう信じて疑わなかった。

 彼の人に出会うまでは‥‥‥。





 ニコニコと邪気の無い笑みを浮かべたその若者は、雰囲気に似合わぬ身の丈程も在る幅広の大剣を携え少年王の傍らに立っている。
 若者の名は、サリューン。
 大陸制覇の戦いに身を躍らせ、ミスラ教国を支配下に治めた後、イルミニアの南方に進撃したタジが最初に遭遇した無支配地域カダルの牢獄に幽閉されていた青年神剣士で在る。
 何故そんな所に幽閉されていたのか。
 そんな事はサリューン自身が一番知りたい所だろう。
 光の加減で淡い紫に輝く見事な長い銀の髪を三つ編みに編み込んだ美貌の青年は、自らの過去の一切を失っていたのだから。
 初めて彼の存在をその目にした時の事をタジは一生忘れはしないと思った。
 薄暗い牢獄の片隅で、鋭い銀に輝く大剣を抱えた若者が顔を上げてタジを見つめた時。
 息を飲む程の美貌の面を彩る彼の深紅の瞳は何者をも拒絶するかの如く虚ろで無気力を露にしていた。
 どれ程の事態が彼の身に起きたのか、想像など到底出来はしないだろう虚空な眼差しを向けられた瞬間。
 タジは思わずその人を抱き締めていた。
 幸運にもその様は臣下達に見られることは無かったのだれど、今思うに随分と恥ずかしい真似をしたものだと内心照れる。
 けれどそのお陰でか、一瞬ビクリと身を竦ませたのもつかの間、サリューンはその直後、何故かタジを抱き返してからニッコリと陰りのひとつとない笑顔を浮かべたのだ。

 胸が痛かった。

 その笑顔を目にしたタジの本音を言うなら、それに尽きるだろう。
 共に戦おうと手を差し伸べたタジの手を嬉し気に見つめた美貌の神剣士は賛同の意を示し、それ以来タジの傍らに常に着かず離れずに在る。

「まるで雛鳥が初めて親を見た、みたいですわねぇ」
 普段は心強い天才軍師であるタジのブレインたるリンの独特の惚けた口調での台詞に、苦笑を零す者も居る。
 自分もその一人である事を棚に上げ、失礼なことを言うなと文句も漏らした。
 だが、記憶が在ろうと無かろうと、彼の存在の実力は紛う事なき本物であった。
 ミスラの聖女と謳われるルマティでさえも、サリューンの強さには圧倒されると言わしめたのである。
 そうなると、人間というのは勝手なもので、多少通常は子供じみた行動を取ろうとも許容してしまったりする。
 まして、時折出現する得体の知れない輩から、己達の王を護るのにサリューン程適した存在は居ない、等と言い出す始末なのである。
 結果として、タジの傍らには常にサリューンの姿が在るに至っているのだった。

「タジ陛下…風が冷たくなって来ましたよ?」
 だから陣へ戻りましょう。
 暮れなずむ地平を睨むような眼差しで眺めていたタジへサリューンの穏やかな声が掛けられる。
「うん…そうだね…」
 ぽつりとタジは返答するが、その足は一向に動こうとはしなかった。
 暫くの間タジが動き出すのを待っていたサリューンは、そんな少年王を困ったような視線で見つめ苦い笑みを浮かべた。
 大陸の最南端のトリテリを間近にした現地域は、非常に危険なポイントなので有る。
 此処は西の大国ヴィラードと、蛮族が犇めくディベルニア大陸の玄関口とも言える地点だった。
 そんな処にセイラムの君主が無防備で立ち尽くしている等危険極まりないのである。
 その上に、通常なら何処かの街か村を拠点にして行動するのが軍事セオリーなのだが、今回は生憎とそれに見合う箇所が見当たらないので主軍としては珍しくも野営を張っている。
 つまりは攻めるに易く護るに難い、最悪の条件だ。
 それが解らないタジでは在るまいに、と性癖なのだろう銀縁の眼鏡を正しながらサリューンは溜め息を漏らした。
「タジ、…陛下いい加減にして下さい、貴方が此処におられると皆さんが…」
 迷惑するんですよ?
 つい、臣下であるのも忘れて名を呼び捨てにしてしまいそうになる自身の言葉を直しながらに言うサリューンの耳に、不意に微かな声音が届く。
「いいのに…」
「え…?」
 その、あまりに微かな呟きを訝しんだ時だった。
「…来るぞ!」
 唐突に振り返ると同時にタジは腰に履いた双剣を引き抜いてサリューンの背後を睨み据えた。
「 ! 」
 舌打つようにサリューンもまた、背に負った己の神剣を抜き構えると既に駆け出した少年王の後を追う。
(迂闊!)
 敵の接近に気が付かなかった己を内心叱咤し、唸るように息を吐き出した。



「痛たた…」
 傷の手当を受ける少年の、我慢しきれずに漏れた苦悶の声にサリューンの眦がスッと上がる。
「我慢して下さい」
 窘めるサリューンの口調が硬いのは、無謀な戦いを展開させてしまった君主への憤り所以だ。
 敵部隊が明かに彼らの倍の人数であると言うのに、自分を待たず戦いに突入してしまったタジに怒りを覚えない程自分は穏やかな性格では無い。
 他人がどのように自分を見ているかなどは興味も無いサリューンでは在るが、それを表面に出すのも決して旨い方では無いらしい事も一応自覚している。
 自身に過去の記憶が欠落している現実、自分の正体が得体が知れない事への不安等が無ければ、とっくに怒鳴り飛ばしているだろう。
 例えその相手が己の君主で在ろうと、だ。
「…怒っているんだね、サリューン」
「当たり前です」
 薬草を塗り込んだ包帯の上から腕を摩りつつ、タジは目線を落とす。
「…でも、俺だって…怒ってるんだ…」
「何を、です?」
 何気ないタジの呟きに、思わずサリューンは後片付けの手を止めた。
「だって…」
 訝しむように己を覗き込もうとしているサリューンの気配を察してゆっくりとタジは顔を上げた。
 ピタリと視線が絡み合いドクンとサリューンの鼓動が跳ねる。
 少年王の大きな深い蒼の瞳が濡れている。
 今にも泣き出してしまいそうな程に。
「お前だけは…違う…って、思っていたのに…」
 タジの声が、震えていた。
 泣き出す寸前の、か細い声が。
 否、震えているのは声だけでは無い。
 小刻みにタジは身を震わせていた。
「私だけは…違う…」
 意味するものを汲もうと、深紅の瞳を眇めるサリューンを見つめていたタジの頬が濡れる。
 無意識にサリューンの指先がその頬に触れ、零れ落ちた雫を拭う。
「だから…私の前では…お前はそんなにも…無防備、だと言うのか?」
 彼の口調から常の敬語が拭い去られ、まるでサリューンの方が王者然とした威厳に満ちた気配を漂わせる。
 突然の豹変を間近にしてタジは目を見開く。
 同朋と成って以来、常に己の傍らに在るサリューンから極稀に伺えたその威厳在る気配を、タジは敏感に察知していたのである。
 だから無意識に、自分に一番近い存在なのではないかと思ってしまっていたのかもしれない。
「応えよ、タジ」
 常には穏やかな彼の人の、冷淡な命令口調に少年はコクンと小さく頷いた。
 刹那。
 タジの視界がぐるりと廻った。
「あ…ッ」
 突然の事に、何が起きたのかと考えるより早くサリューンの低い声がタジの耳に飛び込む。
「お前は己が何を言ったのか、解っているのか?」
 サリューンによって己の身が簡易寝台とも言える獣の敷皮に押し倒された屈辱的な現実よりも、両肩を押さえ込まれた状態のまま深紅の瞳が射るように見下ろしている事に今、タジは意識が取られていた。
「タジ」
 再び己の名を呼ばれ、タジは一瞬キュッと目を閉じた後、緩々と両腕をサリューンに伸ばした。
「 ! 」
 己の背に回されたタジの腕、縋り付く温もりに今度はサリューンが目を見開く番だった。
「タジ…?」
 臣下に押し倒される等本来君主にとっては屈辱的な行為の筈なのに。
 だと言うのにタジは己に縋る。
 温もりの齎す快さに、サリューンの意識は硬直寸前だった。
「もっと…呼んで下さい、俺の名前…」
 サリューンの胸に頬を寄せ、甘えるようにタジが呟けばその声音に誘導されサリューンの唇が無意識に動く。
「タジ…」
 呼ばれる己が名に呼応し、タジの指先に力が籠もる。
 ギュッとしがみついてくる存在の、その感触にサリューンの意識に火が灯る。

 離したくない。
 失いたくない。
 ならば、どうすれば良いのか?
 得れば良い。
 己だけのものにして。
 護る。
 そうだ。
 護れば良い。
 二度と失って堪るものか。

 目まぐるしくサリューンの中で思考が疾る。
 二度、と?
 それは一体何を意味しているのか。
 思考の片隅に過った壮絶な喪失感に何故か背筋が凍り付くような気がした瞬間。
「はぁ…」
 緊張に耐え切れなくなってしまったタジの、思わず漏らした吐息が、サリューンの混乱する思考を霧散させた。
「…タジ…」
「あ、はいッ」
 こんな時に不似合いな程元気の良い応えを返してしまう辺り、如何にも本来のタジらしいと言えるだろう。
 それが伺えて思わず苦笑を漏らすが、一度灯ってしまった上に幼い少年王のその様を目の当たりにしたサリューンの中の激情は更に増してしまうに至った。
 もう堪え切れない。
「…良いのだな」
 お前を私の、私だけの存在にしても、構わないのだと言うのだな。
 断定口調に等しいその呟きに、タジがコクリと小さく頷く。
 サリューンが己に何を求めているのか解らないほど、無知では無いつもりだ。
 何より、縋り付いたのは己自身。
 真摯の眼差しで見つめ返すタジを真っ向から受け止めた後、彼は一旦身を起こすと徐に身を包んでいる総てを脱ぎ捨てた。
 ドキリとするほど白いサリューンの裸体を目の当たりにしたタジの鼓動がドクンと一際大きく弾む。
 綺麗だ。
 サリューンの裸身はとても綺麗だとタジは思った。
 信仰心とか等からきし無いタジでも、彼の生まれの姿はイルミス神の奇跡かもしれない、と感じるほどにサリューンは均整のとれた美しい肉体を晒していた。
 これ程の人に望まれるに相応しいのか、と一瞬自分を卑下してしまったタジが唇を噛んだ刹那。
 サリューンの掌が己の身を包む着衣を剥がす。
 同世代の少年たちに比べても、実際にはかなり小柄な部類に入る自分の貧弱な肉体が、彼の人の眼下に晒される。
 恥ずかしい、と思う。
 だから切なくなる。
 神剣士としての卓抜された才をもって生まれてこなければ、そして王でなかったのなら、もしかしたら目の前のこの人に望まれはしなかったのではなかろうかと思える卑しい考えまでもが剥き出しになっているのではないだろうかと、恐れが心を過った時だ。
「タジ…」
 まるでその考えを読まれたように、名が呼ばれる。
「…渡さない、誰にも…」
「‥‥‥」
 サリューンの低い呟きが、己に向けての言葉なのか自身へのものなのか、タジには判断しかねてしまう。
 困惑に首を傾げる少年の、しなやかな中にも強靭さを伺わせる若木の如き柔軟な裸体が眩しい。
 何者にも存在し得ない、運命に選ばれし真実の覇王として滲み出る気配がそれに相俟って輝く程の強烈な雰囲気を醸し出しているのだと、タジ本人は理解してはいない。

 渡さない。
 誰にも渡して成るものか。
 タジの持つ強烈な魅力に未だ気づかぬ愚者共に等、決して渡して成るものか。
 そうだ。
 その真実に気が付いた時、彼は既に我が物。
 此処に在りし偉大なる存在は、誰にも手にする事は出来ないのだ。

 勝ち誇ったように、愚者への嘲りを内心で吐き出した後。
 常には銀縁の眼鏡で緩和されている鋭い深紅の瞳でタジを見下ろしたサリューンの目が細められる。
「…私のものだ…」
 タジに再び覆い被さると、サリューンの白く長い指先が素肌を滑る。
「あ…ッ」
 その感触の齎す感覚に驚いて声を上げたタジの唇に、サリューンは賺さず己のそれを軽く押し付けた。
 触れるだけのその口づけに、タジの眦が朱に染まり大きな蒼の瞳が閉じられる。
「ん…」
 快い感触にまるで酔うようだ。
 漏れ出る吐息がそれを明確に露にしている。
 ゆっくりと離れる彼の人の唇の感触を名残惜しいと思う間もなく、サリューンのその唇はタジの頬から顎へと緩やかなラインを描くようにするすると首筋に降りて行く。
「ん…ぅんん…」
 擽ったい、けれど気持ち良い不思議な感覚に全身が応える。
 無意識に幾分強めにきゅっと引き結んだ唇が震える。
 少年の反応を更に楽しもうというのか、サリューンの掌がタジの剥き出しの胸部を軽く撫で上げる。
 それだけで、タジの全身がぴくぴくと痙攣した。
「ん…ぁふ、ぅん…ッ」
 未知の感覚に支配され、引き結んだはずの唇から堪え切れずにくぐもった声が零れ落ちる。
 指先は敷皮を強く握り締めていた。
 初々しい反応にサリューンの口許に淡い笑みが浮かぶ。
「ふ…」
 行為自体は王として聞き及んでいるのだろう。
 だが、実際に経験するのは初めてなのは見るからに解る通りだった。
 それを自分が蹂躙するのだ。
 狂喜がサリューンの激情を更に煽る。
 タジの胸部をさ迷うように滑っていた指先をその先端で淡く色付いている可愛らしい尖りに辿らせ、軽く親指の先で押し付けた後に軽く摘まんだりする。
「んぁあ…ッ」
 思いもよらない刺激に、タジの喉を突いて喘ぎが迸る。
「あ…ゃ…」
 突然上げてしまった己の声の気恥ずかしさに慌ててしまう少年の幼い反応は無理も無かろう。
 だが、鋭敏な箇所は男女の区別は無い事など知り尽くしているかのようなサリューンの愛技は決して止まらず、残されたもう片方の尖りに今度は唇で軽く挟み丹念に舌先を搦め吸い上げる。
「あ…あぁ…、ふぅんん…ッ」
 大人に成り切るに至らない少年の肉体は、性別を凌駕して鋭敏に感じ入るらしい。
 暫くの間、胸部を弄っていたサリューンの掌が、別の場所を求めて滑り出す。
 脇腹から下腹部に向けてゆっくりと。
 指先は微妙な強弱を付けながら降りて行く。
 もっと感じろ、とでも言うように。
「ぁ…ッ」
 掌が下肢に辿り着き腿を撫で上げられた瞬間、タジは思わず己の両脚を閉じた。
 しかしそのささやかな抵抗は、それまで全く動きを見せなかった残る腕によってあっさりと開かされてしまい、その間にするりと腰が入り込み押さえ付けられた上に軽々と片足を浮かされる。
 晒される下肢の中心で、タジ自身がビクビクと己を誇示している。
それまでの愛技に鋭く反応した、その年の少年にしては立派な部類に入るだろう雄の証しにサリューンは軽く指を添える。
「あぁ…ッ」
 タジの愉悦の声が上がる。
 漸く最近覚えたばかりの自慰などとは比較にならない他者の齎す快感は、堪らなかった。
 顎を反らせ鋭敏に応えるタジの様を見つめるサリューンの目が細まる。
 本当はもっと焦らせ、激しく喘がせたいと言う欲求が彼の身の内で渦巻いていたのだが。
 紛れも無き初めての行為を存分に愉しんで貰わねば、同性間での行為への嫌悪や畏怖を忘却の彼方に押しやってしまう事は出来ないだろうと判断しての直情的な愛撫の手はどうやら間違ってはいなかったようだ。
「ぁふぅうぅ…んぁあ…ッ」
 その証拠に自ら腰を浮かせ、もっと触れて欲しいと無意識に要求するタジの、中性的な声音から齎される甘い喘ぎは止まることを知らなかった。
 そして。
「あ…ふぁうぅううぅん…ッ」
 限界が押し寄せ、タジは激情をサリューンの手の中に迸らせるに至るのだった。
 脱力し、全身で激しく息を乱す少年の、今吐き出したばかりの熱い激情を己の下肢で憤るたぎりに擦り付けた後。
 しどけなく横たわるタジの身を反転させ、華奢な腰を持ち抱えたサリューンは間髪入れず一息に無垢な蕾を穿つのだった。
「ゃあぁああぁ…ッ」
 訝しむ隙も与えられず、突然侵入して来る凄まじい熱を伴った異物感に、タジの喉から悲鳴が疾る。
 大人よりも遥かに柔軟であるが故に、タジの蕾は一気に開かされサリューンを飲み込む。
 苦痛が肉体の中心から四肢の総てへ広がる。
 眦から涙が零れ落ち、ふるふると細かく首を左右に振って逃れようとするが、がっちりと掴まれた腰は、それを一切許してはくれなかった。
 苦しい。
 息が詰まりそうに、苦しかった。
 なのに。
 背面から己を貫くサリューンが、屈み込んで己を柔らかく抱き締め暫くの間ぴくりとも動かずにいる内に、深く密接した箇所からじわじわと何かが競り上がって来るような不思議な感覚が広がって行くのを、タジは感じ始めた。
「サリュ…ン…」
 掠れる吐息が痛々しい程だと思いながらも、脈動する己に伝わる強烈な体内の熱と締め付けとにサリューンは愉悦に唇を歪ませていた。
「刻み込め、私と言う存在を…」
 荒れる息のまま、タジの耳元に低く囁いた刹那。
「んぁあ…ッ」
 繋がった箇所が僅かに振動して、タジの体内で鋭い反響を齎し声が上がった。
 それは決して苦悶では無かった。
 未知の感覚に、思わずタジは目を見開く。
 次第にその感覚に支配され、身の内に息吹くサリューンの灼熱を感じ入るようになった頃。
 緩々とサリューンは律動を開始した。
「くふぅ…、あッ、あぁ…」
 動きに合わせて、タジの喉から喘ぎが溢れ出る。
 体内で蠢くその感覚を、どう表現すればいいのか。
 きっとそれは、
 快感、と言う代物。
 次第に強弱は強まり、翻弄され、流されて行く。
 熱くて、熱くて、堪らない。
 そして唐突に思った。
 この瞬間。
 自分は、彼の人の、サリューンだけのものとなったのだと。
 それと同時に、サリューンもまたタジだけのものになったのであると。
「離さない…お前は、わたしの…だ…」
 激しく突き上げられ、何かが自分の中で破裂する寸前。
 タジはサリューンの声を聞いた。
 応えようとするが、唇から放たれたのは、細い悲鳴だけだった。



 さらさら。
 心地よい音が耳元でする。
 何の音だろうと重い瞼を開けてみると、紫に輝く長い銀の髪が動いているのが見えた。
「…あぁ…綺麗だな…」
 ぽつりと零して、その銀の髪に指を絡める。
「タジ…」
 サリューンが苦笑を零して見下ろしてくるのを、ぼんやりとした眼差しで見つめる。
 どうやら気を失ってしまった自分の身を、清めてくれている途中で目覚めたようだと思考の片隅をそんな考えが漠然と過る。
「うん、ごめん…ありがと…」
 何を言われた訳でも無いが、タジは再び何げなく呟きを漏らす。
「いや…」
 応えたサリューンの掌が、くしゃりとタジの髪を柔らかく撫でる。
「少し無茶をしたかもしれませんが…、大丈夫ですか?」
「うん…」
 常の彼らしい丁寧な口調で囁かれて、小さく頷くとタジはサリューンの髪を強く引っ張った。
「わ…」
 それに連動してサリューンがタジの上にのしかかる形が出来上がる。
「サリューン」
 大きな蒼の瞳が、サリューンを見入っている。
 何者にも代え難い、唯一にして無二なる者の瞳が、己を強い眼差しで見つめている。
「はい」
 それに応え、己もまた真摯の瞳で見つめた時。
「渡さないよ」
 タジは言った。
「渡さない、誰にも…」
 強い意志で言葉を紡ぐタジに、サリューンの深紅の瞳が一瞬驚きに見開かれる。
「…それが、俺の答えです」
 驚愕に彩りを失ったサリューンの面は、次の瞬間。
 破顔した。
 それは紛うこと無き、本心からの笑みであった。





 孤独にして孤高なる、無垢なる魂。
 強大で苛烈な運命の担い手は、けれどもはや真実の意味では孤独ではなくなった。
 振り返れば。
 常に其処に在る。
 共に歩み、共に運命を分かち合える存在が其処に在る。
 己は独りでは無いのだ。
 彼方を見渡し、タジは凛然と立つ。
 恐れるものは何も無い。
 タジの眼差しを無言で受け止め、頷きで応えるサリューンを満足そうに見つめた後。
「オレは負けない、何者にも。それが如何なる存在だとしても…」
 神剣を掲げ、少年王は放つ。
 覇王の言葉を。
「行くぞ、皆!」
 我に続け。
 声に呼応が返った直後。
 眼前に在りし敵に向かって彼らは駆け出した。







戯言

はうう…やっと終わりましたぁ。
難産でしたわ、まぢで(滝汗)
「やさい小説」書くのは丸2年振りなので、苦労の連続でした。
こんなに難しかったんだ…って感心しちゃうくらいに(笑)
実を言うと、某HPですっごくライトでポップ(笑)なサリュタジのSSを連載させて戴いてるんですが、そこでは結構楽勝に書けていたから、
「此の本作る時には苦労なんて全然しないだろうな」
なぁんて甘い考えでいたんですが、いやぁとんでもない間違いでしたね(核爆)
いざまぢで書き出すと、照れるやら恥ずかしいやらで、全然進まないんだもん、ビックリ(笑)
思ったよりもページ的にも内容的にも不満は残っているんですけどね、まあ初めてのランミレ本なので取り敢えずは由としようかな、とか思ったりなんかして。
んで、完成した本文見て、やっぱり殿方には読めない本に成ったな。
なんて思いつつも、またこんな本が出ても嫌な顔しないで下され。

(後書きより抜粋)

初出/2000.01.30発行「PURE」