『既視感』
−それは、小さな世界の物語−
二階堂ぢゅり

ー幾千幾万の夢の中から、きっとあなたを感じとるー
>>>SIDE:A

  淡いブルーのカーテン越しに、生まれたての光が差し込んだ。
 わずかな窓の隙間から、朝靄が忍び込み、その光をほんの少し和らげている。
「ん・・・」
 混沌から目覚めたタジの意識は、直ぐ目の前で静かに寝息を立てる、愛しい人へと真っ直ぐに向かう。
 端正な顔に纏わる銀色の髪は、光の加減で薄紫にも蒼にも見える。
 瞼を縁取る、ビロードのようなまつ毛。
 すぅっと通った鼻筋。
 きめの細かい滑らかな肌。
 まるで精巧なガラス細工のような美しさ。
 完璧すぎて、生命の息吹を余り感じさせない。
 そっと額にかかる髪を払うと、一瞬触れた温もりが、彼の「生」を伝えてくれた。
 投げ出された腕は、タジを緩やかに抱き締めている。
 その重みが、泣きたくなるほど心地良い。
 薄く開かれた口唇から洩れる、微かな吐息。
 それすら、タジの心を震わせるフレーズになる。
「―――――……」
 頬に指を滑らせる。
 そのまま細い糸のような髪を梳く。
 すると胸に押し寄せる、切なく、甘苦しい感覚。
 『ずっと前から、そうしていた』
 『生まれる前から、知っていた』
 心を駆け抜ける、数々の既視感(デジャヴ)。
 それが何なのか、わからないけれど。
 不思議なほどに、懐かしい、あなたへの――…
    
 少し身体をずらして、優しく彼の頭を掻き抱いた。
 胸の奥をツンとさせる、ラベンダーの香りがした。



  ー幾千幾万の時の中から、きっとおまえを探しだすー
<<<SIDE:B

 風にはためくカーテンの、衣擦れの音に夢を破られた。
 既に陽光に包まれている室内は、眩しい粒子に彩られていた。
「・・・?」
 体を動かそうとして、サリューンは首もとに廻された腕に気がついた。
 目線をあげると、あどけない寝顔を無防備にさらした少年が、サリューンの頭を抱く格好で眠っていた。
 煌く朝日を受け止める、明るい茶色の髪は、乱れたシーツの流れに沿って散らばっている。
 細い首筋にまだ残る、赤く滲んだ刻印。
 規則正しく上下する、薄い胸。 
 くの字に曲げられた肢体に、申し訳程度に絡みつく掛布と、そこから覗くほっそりとした足首。 
 無垢な光に融けて、消えてしまいそうな危うさ。
 改めて頭を委ねて、そこから派生する強い脈動に耳を傾ける。
 何よりも確かに、少年の存在を主張する音。
 何よりも激しく、サリューンの心を揺さぶる音。
 そして、近づいた分だけ、より一層熱くなる体温。
 その音が、温もりが、何故か無上に懐かしい。
「――……」
 少年の躯に廻していた腕に、心持ち力を入れてみた。
 直接触れた耳に届く、力強い律動。
 途端、胸に広がる恋しい想い。
 『遠い昔に、どこかで聞いた音』
 『遥か昔に、どこかで出逢った温もり』
 それは過去(むかし)なのか、現在(いま)なのか。
 それとも見知らぬ未来(ゆめ)なのか。
 ただ、とどまる所を知らない愛しさ。
 こみ上げる切なさ、溢れる狂おしさ、そして――…
     
 ゆっくりと瞼を閉じてみる。
 広がる薄闇の中で、日だまりの暖かさを感じていた。
    
                   [END]