sakura

1.

 ウータイでのミッションをひとつ終え、疲れ果てた身体を引き摺るようにミッドガルに戻って来るなり、間髪入れず新しい命令を下され、正直セフィロスはハイデッカーを視線で射殺したい気分に陥っていた。
 文句を言うのも煩わしく、睨むだけ睨んだ後、踵を返し執務室へ足早に向かう。
 扉脇のスリットにIDカードを滑らせ、室内に入り愛用の革張り椅子に腰を下ろす。
 と同時に彼は深く溜め息を漏らした。
 任務に忙殺されている時は思考しないように出来ても、こうしてふとした瞬間に過るのは、セフィロスにとって唯一の庇護者の貌。
 もう幾日逢っていないだろう、声を聴いていないだろう。
 彼の人に。
 胸が、苦しい。

「…クラウド…」

 無意識に漏れ出る、庇護者の名。
 何時もなら、こんな微かな呟きにも呼応してくれる彼の人は、けれど、最近全くの無反応だ。

「クラウド…」

 もう一度呟く。

「クラウド…っ」

 今度は幾分、名に力を篭めて。
 それでも、現れない。
 気配も感じない。
 胸の痛みに伴い、鼻の奥もが痛みを訴えた。





 ゆらり、と風がそよぐ。
 金の髪を温もりを持った風に弄られ、地に挿した星の剣から意識を戻された青年の視界をフワリと小さな花びらが過り、彼はふと顔を上げた。
「うん…?」
 貝殻にも似た白亜の朽ちかけた建物が未だ幾つか残ってはいるが、それでも以前とはすっかり様相の変わった空間に在って、彼は目を細める。
 その視線が遥か遠き地へと向けられる。
 時期的に、先程花びらを漂わせて来た地では、そろそろあの美しくも何故か切なくなる様を見せる桜と言う名の樹花の群生が淡く薄紅に色付き始めている頃だ。
「お前と見たいなぁ…」
 満開の桜の齎す荘厳さを散り際の美しさを、この世で唯一人、己の慈しむ存在と共に。
 そう思った時だった。
 己を呼ぶ愛しき者の、声が聞こえてきたのは。
「…また淋しがってるのか…」
 気持ちは解かる。
 逢いたいのは、己も一緒だ。
 だから。
「しようのないヤツだ」
 己への自嘲も含めた苦笑混じりの呟きを漏らした。





 コレル地域に新たな反神羅組織が涌いたらしいとのハイデッカーの言により、ジュノンから飛空艇ゲルニカが飛び立った。
 そのカーゴルームには、2ndソルジャー2名と、その下に一般兵がそれぞれ5名ずつ配され同乗している。
 指揮するのは、英雄を冠されたセフィロスだ。
 常軌を逸する程の美貌の面には、不機嫌な苦さが滲み上がっている。
 何故ならば。
 2ndソルジャー指揮下の兵10名全てが、訓練を終えた新兵ばかりだからだ。
 主力の兵をウータイとミッドガル以外に配分したくないのだろう治安維持部の言い分は解かるが、いきなり新兵を投入してもまともな成果が上げられるとは思えない。
 しかし、兵士は育てたい。
 そんな矛盾に引っ張り出されて機嫌が良い訳が無かった。
 結局は、セフィロスだけでこの任務を終えなければならないだろう。
 だったらいっそ自分ひとりを飛ばして欲しいものだ。
 そんな文句を内包しているとは露知らぬ兵たちの視線が彼に集っている。

 綺麗、だよな。
 遠目に見ている分には。

 神羅の英雄、セフィロスを見つめながら、ザックスは内心こっそり呟く。
 神羅カンパニー治安維持部の新入社員募集――所謂「新兵募集」だ――に応募し、無事適正試験をパスしたのは昨年秋。
 募集に集った若者の御他聞に漏れず、英雄に憧憬れて、ソルジャー目指して日々奮闘中。
 半年の訓練を経て、この春から第一師団第八大隊に所属になって、今回目出度く新兵としての初ミッションに参加と相成った。
 しかも、己の目標であるセフィロスの指揮下でのミッションと知った時は、歓喜に飛び上がった程である。
 ミッションに必要な荷物と一緒の為、手狭に感じるゲルニカのカーゴルームの両端に設えられたベンチに腰を下ろし、銃器のチェックを終えたザックスの視線は、自然とコックピットに程近い円形の窓から眼下の景色を眺めている件の英雄へと向けられてしまう。
 目線を向けているのは自分たちのような新兵のみならず――自分たち程不躾な視線では無いにしても――2ndソルジャーにも当て嵌まっていたりする。
 如何にソルジャーでも、その全員が彼と常にミッションを共にする訳では無い。
 彼と共にミッションをこなせるだけの実力を得た者など、全神羅兵の中に一体何名居る事だろう。
 だからつい、セフィロスに目線が向けられてしまうのも無理は無いと思う。
 軍に身を置いて初めて知った、それが現実だ。

――何時か必ず――

 英雄と同じ位置に立ち、自らも英雄と言われる存在になるのだと秘めた決意は今も失っていない。
 だからこそ、厳しい訓練にも耐えられるのだ。

 その英雄は、寄せられる視線など意にも介していない然と、不機嫌気味に眉を顰めて眼下の景色を睨み付けている。
 誰もが知る桁違いの戦闘力は太刀で戦車をも断ち切り、その薄く整った秀麗な唇が放つ魔法は全てを灰燼に帰すと言われている。
 それもこれも、噂ではなく全てが真実だ。
 凄まじいほどの存在感を醸し出す英雄の姿は、間近に在って雑誌のグラビアやTVなどで見る以上に凛々しく、そして美しかった。
 けれどその美貌は、とてつもなく冷たくも感じられた。
 本当に生身の人間なのだろうか、とも称される容貌をまじまじと見つめ、そんな感想を持ってしまうのは多分自分だけではないだろう。
 過ぎるほどに完璧な容姿、肉体、能力を生まれながらに備えた存在になんて、叶わない事など有りはしないのだろうな、等と羨望を含んだ思いにかられて内心舌を打ってふるふると首を振る。

(負っけるもんか…っ!)

 意気込み、ザックスはグッと拳を強く握り締める。
 セフィロスを除き、神羅史上最年少でソルジャーとなる少年は、この時齢15。
 未だ英雄の視界に入ってはいなかった。






 コレルエリア北端に、無数の洞窟群が存在する。
 それはかつて、かの地がコークスを産出していた名残だ。
 そこに反神羅を掲げた有象無象の輩が集っている、らしい。
 それが本当かどうかなど、正直言ってセフィロスにとってはどうでも良い事である。
 神羅がこの辺りを掌握するのに邪魔な存在が蔓延っているのを片っ端から片付けるだけの事でしかない。
 ただ、出来るならばその手の事はウータイでの戦いにケリがついてからにして貰いたいのが本音だった。
(…少しくらい、休みをくれても罰は当たらないだろうに…)
 目を眇めるかのように辺りを見渡し、洞窟群のそこかしこに武装した者たちが蠢いているのを確かめ、セフィロスは微かな溜め息を漏らす。
(さっさと終わらせて、次に備えて休みたい…)
 眉を潜め、視線を指揮下のソルジャーを含む新米兵士たちに滑らせる英雄の本心など、緊張と憧憬に彩られた面を僅かに高潮させる彼らは知りようも無い。
「――確認出来たな?」
 スコープ越しに武装した敵と思しき者を確認しただろう部下に、念のための声をかける。
「はいっ」
 直接英雄に声を向けられ、緊張しつつ応えを返すソルジャーへ、
「第一部隊は右側から、第二部隊は左側から接近、オレは正面から陽動に出る。一人残らず敵を殲滅せよ」
 冷淡な命令を放つ。
「はっ」
 凛と応えると同時に、彼等は駆け出す。
 それらを見送りセフィロスは草薙をスルリと鞘から引き抜いた。
 そして、部下たちが到達地点まで後半分程度の距離に達したのを確かめ、彼もまた地を蹴った。



 炭鉱跡の随所から魔法の齎す閃光が迸り、人の悲鳴と怒号が各所から響き渡っているのが彼方に有っても伺える。
「…あーあ、こんな所でも戦いが起きてんのかよ…」
 風になぶられる黄金の髪を掻き上た青年が、呆れ果てたようなぼやきを苦い笑みに歪めた唇から零す。
 己が慈しむ存在の気配を追ってライフストリームの流れに身を任せて現れた場所を見た瞬間、彼は暫し呆然としてしまっていた。
 確か、彼の愛し子はウータイ前線に在った筈なのに何故、と思わず首を傾げてしまうのも無理は無い。
 多分、愛し子はウータイでの戦いを一旦終えてミッドガルに戻ったのだろう。
 けれど、英雄と称される彼に休息は許されず、こんな辺鄙な処に遠征に引っ張り出された。
 それが切なくてて辛くて、己を呼んだに違いない。
 甘ったれで淋しがり屋の若者の貌を思い浮かべて、彼は微笑した。
「…だから、か? セフィロス…」
 だから俺を呼んだのか?
 愛し子の名を呟き、青年は琥珀の瞳を眇める。
 視線の先には多数のセフィロスの敵対者と思しき者と、そして無数に潜む魔物の群れの気配。
 味方は未成熟で少数の兵士か。
 星の守護者(もりびと)たる彼には、その歴然とした差がはっきりと見渡せていた。
 このままでは、セフィロスだけで総てを対処しなくてはならないだろう。
 それは、英雄と称される彼をしても苦戦を強いられるに違いない。
「仕方ないか。暫く構ってやれなかったもんな…」
 一瞬だけ優しい眼差しを浮かべ、小さく低いた直後、彼は駆け出す。
 己の愛しい存在の元へ。





 草薙の切っ先を翻し、セフィロスは真横と正面に据えた敵の首を一閃で切り離す。
 ミッションスタートから凡そ二時間。
 反乱分子と思しき敵は確かに減少した。
 後少しでミッションクリアと思われた時、突如廃坑の奥深くに潜んでいたのだろう魔物が出現し、戦いは混迷状態に陥った。
 魔物はまさに涌き上がる虫が如くに後から後から現れ、次第に彼らは疲弊を余儀なくされて行った。
「き、きっつー!」
 携帯していた弾薬が切れた為、ライフルを放り投げ携えていたバトルナイフで敵兵の頸動脈を確実に掻き切りながら、新兵の一人が怒声を放つ。
「どんだけいるんだよっ、敵さんはぁっ」
 コークス運搬用に掘り出された横穴の制限された空間内部での戦いでソルジャーは二人共負傷し、新兵も最も年少であろう怒鳴りながらも戦い続けているハリネズミのような黒髪の少年を除き、まともに戦えるのは既にセフィロスの他にはいない厳しさだ。
「……煩い奴だ……」
 名も知らぬ少年の、思わぬ戦いぶりに感心しつつも、喚きながらのそれには渋面してしまう。
「だってよおっ」
 泣き言めいた声音を漏らした刹那、襲いかかるモンスターの牙をナイフで辛うじて防いだ黒髪の少年はチッと大きく舌打つ。
「ヤベッ」
 あからさまな焦りの声が放たれる。
 視界の片隅でその様を確認していたが、セフィロスもまた身動きの取れる状態では無かった。
 目前の六躰のモンスターを相手にしていては、それを瞬時に屠り少年の元に駆けつけるには些か距離が離れ過ぎている。
 あの新兵を失うのは惜しい、と指揮官としてもソルジャーとしても思えたが、自分とて余裕がある訳ではない。
 逆にこれ以上意識を取られれば、彼をしても窮地に陥るのは必定と言える程に、この空間内部に潜む魔物は難敵だったのだ。
 正面の六躰を撃破した直後、瞬きするより一瞬早く続けざまに出現した新しい三体の大型モンスターの繰り出す剛腕の唸りを避けると同時に、背面から忍び寄った小型モンスターの体当たりを流石のセフィロスをして避け切る事は出来なかった。
「くぅ…っ」
 壁面に躰を叩きつけられ落下したセフィロスの頸部が、大型モンスターの腕に掴み上げられ、苦悶の呻きが漏れ出た時であった。

「その薄汚い手を離せ」

 静かな良く通る声が空間内に響いたのは。
 その途端。
 ビクリ、とモンスターが何かに脅えるようにその声に反応したかと思うと、セフィロスの躰を声のした方に向けて投げ放つ。
 と同時にモンスターは脱兎の如くに逃げ出した。
「おっと…」
 放り投げられたセフィロスを軽々と受け止めたのは、少年期から青年に移り変わったばかり然とした、黄金の髪と琥珀の瞳の年若い男であった。
 青年はセフィロスを腕に抱きとめたまま、逃げ出すモンスターの群れの背中を見遣ると、低く囁くようにスペルワードを紡いだ。
「――ファイガ――」
 刹那。
 凄まじい魔法光が周囲を染め上げたかと思う間もなく、モンスターの大柄な体躯が瞬く間に炭化し粉となる。
 信じられないほど強大な魔法の威力に呆然としている者たちを尻目に、彼は己の腕の中の存在に視線を移す。
「大丈夫か? セフィロス」
 優しい声音が掛けられたセフィロスは今、己は夢でも見ているのではないかと一瞬思ってしまっていた。
「クラウド…?」
 緩々と伸ばした指先が青年の腕に触れた時、それが確かな現実であると悟って、セフィロスの魔晄に煌く翡翠の瞳に微かな潤みが滲む。
「ゴメンな、すぐに来れなくて…って、あーっ、痣になってるじゃないかっ、ちくしょーっ」
 愛し子の頸部に締め上げられた所為で出来た青痣を見出し、クラウドは悔しそうな声を漏らす。
「あのヤロー、よくもこんなの残してくれたなっ。許せねーっ」
 モンスターを粉微塵にしておきながら、それでも気が済まない然とした口調で言って退ける彼の人に、思わず苦笑を漏らす。
「…文句を言う先が違うと思うが…」
 怒られるべきは未熟な己の筈だ。
 状況把握をしきれなかった己の。
 セフィロスの自らを戒める呟きにクラウドは小さく首を振る。
「ここら辺りを徘徊しているモンスターが、此処に潜伏していた人間の生命の息吹に呼応して集結してたんだ。いくらお前でもそこまで判断しきれる訳では無いよ。だから自分を責めるな」
 愛しい人の優しい声音に胸が詰まる。
「クラウド…」
 ギュッと目を瞑り、クラウドの腕の中に身を委ねたセフィロスの肩が僅かに震える。
 歓喜に今にも泣き出してしまいそうだった。

「兎も角、コレは見たくないな」
 頸部の痣を眼差しで示したクラウドは、掌をそっとその場所に翳して柔らかな声音で魔法を紡いだ。
「――フルケア――」
 最上位の回復魔法が唱えられ、圧迫による内出血は綺麗に一掃される。
「……クラウドは、過保護だ……」
 ケアルで十分だろうに、とぼやくセフィロスにクラウドは笑う。
「俺が嫌なんだよ」
「だから過保護だと……」
 言い募りながらも、腕の中に在るために上目使いのセフィロスの目許には微かに朱が散っている。
 それが堪らなく可愛くて、クラウドはキュっと希代の英雄の身を抱き締める。
「かーいーなーっ、セフィロス♪」
 御機嫌なクラウドの声音に、セフィロスはカッと顔を赤らめた。
「クラウドっ」
「なんだよ」
 満面の笑みを浮かべた愛しい人の、楽し気な応えに二の句が告げない。
「う〜〜っ」
 ついつい唸るセフィロスの頬に唇を寄せ、音を立ててキスをする彼の人は、本当に意地悪だと内心零した。


「あの〜?」
 お取り込み中、申し訳ないですが。
 見知らぬ男とイチャイチャする英雄、などと言うとんでもないものを目の当たりにして脱力しそうな自分を叱咤しつつ、ザックスは二人に歩み寄ると声を掛ける。
「ん?」
 その声に男が振り返る。
 瞬間、ザックスは息を飲んだ。
 セフィロスと比べても明らかに小柄な体躯に似合いの、青年と言うには幼ささえ感じ取れる小作りで美麗な貌がザックスを見返しながら小首を傾げている。
 つい寸前の凄まじい能力を見せつける戦いからは想像も出来ない姿だ。
 一見してどう見ても自分とさして変わらぬ、クラウドと呼ばれた年若き存在は暫しザックスを見詰めていたが、次の瞬間ニコリと笑みを浮かべる。
「…っ!」
 可憐な蕾が花開いたような綺麗な笑顔に、ザックスは意識せず顔を赤らめた。



 ――ザックス――
 その胸の内に去来するのは、古の記憶。
 かつて己を守り生命を散らせた大切な親友(とも)の、己の知らない時を生きる様に心揺さぶられたなど、彼が識ろう筈は無い。
 分かっていても切なさが胸を詰まらせる。
 ――おまえにも、再び出会えた――
 以前とは違う存在としてではあるけれど。
 再会―否、出会いだろう―が、嬉しくない訳が無い。
 だからクラウドは微笑んだのだった。


「何だい? ええと、あんたは――」
 胸の内の感慨は秘めたままにクラウドはザックスを促す。
 揺れる琥珀の瞳を見詰め、何故か動悸が速くなる自分に焦りながら、
「お、俺はザックス」
 名乗るザックスを眺めるクラウドは、目を細める。
「クラウドだ、宜しくな、ザックス」
 穏やかに応え、左腕でセフィロスを抱き締めた状態のまま、クラウドは右手をザックスに差し出した。
 その手を思わず握り返したザックスの背筋が、次の瞬間凍り付く。
 凄まじいとしか言いようのない鋭い殺気を感じて。
 その殺気の主に恐る恐る視線を向ければ。
 射殺すような翡翠の眼差しが己を睨み付けている。
(ひええっ、セフィロス…っ、怖ぇよーーっっ)
 声にならない悲鳴を喉の奥で漏したザックスは、クラウドから手を放すと思わず飛び退く。
 イチャイチャしてるのを邪魔した自分が悪いのだろうと分かってはいるが、恐いものは恐い。
「…コラ…」
 腕の中の存在の、殺気を撒き散らす事を憚らない様に呆れたクラウドは嗜めるように耳朶に囁く。
「邪魔を…するからだ…」
 叱られたことなど意に介さず、セフィロスは文句を言った。
 久し振りの逢瀬だ。
 それも多分、何時も以上に短いだろうと予測の出来る、僅かな一時なのだ。
 邪魔をして欲しくはなかった。
「ったくお前は。こんな挨拶程度で何言ってるんだか…」
 言い募りながらも、セフィロスの気持ちが自分のそれと同じで有る事、そしてあからさまな嫉妬とが嬉しくて、クラウドは愛しい存在の頬に軽く唇を寄せる。
「クラウド…」
 嬉し気に目を細め、己の腕に身を擦り寄せ甘えるセフィロスが愛しい。
 だが、状況的に何時迄も甘ったれた空気を漂わせている訳にはいかないのが辛いところだが、その気持ちを抑え付けクラウドはセフィロスから身を離す。
 温もりが離れていくのを惜しみながらも、同じく状況を顧みたセフィロスもまた、黒革の戦闘衣(コンバットドレス)の埃を払うことで意識を切り替えるのだった。
「さて、と。彼らは動けそうか?」
 倒れ臥しているソルジャーと新兵に視線を軽く流した後、クラウドはセフィロスに問う。
「そこの新兵を除いて、全員”戦闘不能”状態だ」
「そりゃ大変だったな」
 眉を潜め、口許を苦い笑いに歪めたクラウドが嘆息する。
「ああ…いっそオレ独りの方がマシだった」
 そうだろうな。
 自分の予想違わず、戦略指揮を執りながら部下を庇いながらを同時に行い戦わなくてはならない状況だったようで頭が痛い。
「ヒゲダルマはな〜に考えてるんだろうなぁ…」
「さてな…」
 どうせ、自分がミッドガルに居て貰っては困る何かが在ったのだろうとセフィロスは嘯く。
 その可能性は極めて高いだろう。
 自分の保身のためなら、平気で何でもやってのける狡猾さが、あの男には在るのだから。
「ぼやかないぼやかない」
 クラウドはセフィロスの銀糸を一房手に取って、それを指先で玩びながら薄く笑う。
「…クラウドが側に居てくれるなら、そこが泥まみれの戦場だろうと何ヶ月戦い続ける事になろう場で有ろうとも、全然構わないんだがな…」
「真顔で言うなよ」
 照れるだろう?
 嬉しいことを言ってくれる愛し子を、また抱き締めたくなるのを堪えつつ、クラウドは”戦闘不能状態”で意識を失っている兵士たちを見遣った。
「動けるようにした方が良さそうだな」
 蘇生魔法を唱えようと力を集めた掌を翳そうとするクラウドへ、
「状況次第だ」
 セフィロスが間髪入れずに応える。
 回復させても足手まといになるようなら、戦闘終了まで倒れて居てくれた方がマシだと冷淡に言って退けるセフィロスのそれを聴いていたザックスが思わず鼻白む。
 だが、紛れもない現実であることもまた事実だ。
 文句を告げられる訳もなく、黙って拳を強く握り締めるしか出来ないでいると、クラウドが真顔で応えを返した。
「モンスターなら、先ので一応ラストだ。潜んでる”神羅言うところの敵”は、未だ生き残っているけどな」 
 どうする?
 クラウドの真摯の応えを受け止め、セフィロスは逡巡する。
「いいのか?」
 クラウドが星の守護者で在ることを、自分は識っている。
 だからこそ、これまで決して表立つ行動をしてはいなかった。
 己の窮地を救うために来てくれたのは嬉しいけれど、こうして自ら他者の前に露な様を示してもいいのか、と言外に問うセフィロスに彼は一瞬目を伏せる。
「そう、だな…」
 セフィロスの憂いを理解して、クラウドは思考する。

 未だ役者は揃ってはいない。
 ザックスが新兵として神羅に在る事から、もう暫くすれば”彼”が神羅に来る事になるだろう。
 それからでも、遅くは無い。

 クラウドはセフィロスの問いに頷いた。
「…分かった。後はお前に任すよ」
 囁くような言葉を紡ぎ、クラウドはセフィロスの元に歩み寄るともう一度その身を腕に抱き、端正な面に淡く彩る薄い唇を軽く奪う。
 そっと愛し子から身を離し軽く片手を上げた直後、
「またな」
 クラウドの姿は唐突に消失した。





「えっ!?」
 幻でも見たのかと思えるほど、鮮やかにその存在が消え去る様を目にしたザックスは、愕然と寸前までクラウドの在った空間を凝視する。
「き、消え…?!」
 あまりにも現実と掛け離れた状況に、混乱するザックスへ、
「そこの新兵…ザックス、と言ったな…。今のは他言無用だ」
 セフィロスもまた、目線を同じ場所から動かす事なく命令じみた声音を投じる。
 その端正な面に浮かぶ淋しさがありありと伺えて、ザックスは思わず頷いた。
「り、了解っ」
 ザックスの返答に満足したセフィロスは、倒れ臥す部下の蘇生をすべく魔法の詠唱を始めるのだった。
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