永遠回帰-side.B-

ACT.2

 それからどれだけの時間が経過したのか。
 無論、そんな概念などはどうでもいい事に過ぎなかったのだが。
 空虚で無為に唯存在しているだけだったセフィロスの意識感覚が破られたのは、ひとりの若者の無意識に漏れ出される呟きによるものだった。

「…解ってる癖に、さ…」
 遥か彼方から聞こえて来るかのようなその呟きが、クラウドのものだと知覚してセフィロスは唇の端を歪める。
 信じていた何もかもを壊してしまう要因を作って尚、その存在の声音は己の意識を揺さぶるのか。
 思わずセフィロスは酷薄な歪んだ笑みを浮かび上がらせている自身を嘲笑する。

「もう一寸、手加減してくれればいいのに…ヴィンセントの…バカ…」
 少しは俺の事も思い遣れよ。
 ブツブツと繰り出す呟きを聞き届け、セフィロスの眉がピクリと痙攣する。
(…ヴィンセント…)
 それが、クラウドに覆い被さっていた存在の名か。
 唇のみがその名を象った刹那。
 強烈な激情が競り上がる。
 それは、殺意だった。
 ズタズタに引き裂いても飽き足らない、激しい殺意に精神が高ぶる。
 ゾクゾクと、背筋を這い伝うそれは快感にも似たものであった。
 生きたままに臓物を捻り出し、救済を懇願するのを冷酷に見下ろすヴィジョンが脳裏を過った瞬間。
 ニタリと唇が歪んだ笑みを齎した。
 自分には許されている。
 そうする事が、許されている。
 何故なら、己は人では無いのだから。
 人知を越えた、古代種と言う特異な存在。
 全てを支配すべき、選ばれた生き物。
 だから、許される。
 何をしても。

「ク…ッ…ククッ」
 狂気の衝動に全身を震わしたセフィロスがユラリと振り返ったのと、屋敷の地下から螺旋階段を抜けて隠し扉をクラウドが開けたのは、同時だった。
「セフィロス…?」
 そこに在る、己を見上げるクラウドの瞳が驚きの為にか大きく見開かれている。
「どうして…」
 問いかけようと口を開いた瞬間、セフィロスはクラウドの胸元を掴み上げその華奢な身体を易々と壁に押し付けていた。
「ぐ…」
 突然のセフィロスのこの行為に、クラウドは苦悶の息を吐き出すのが精一杯だった。
 何故、自分がこんな目に遇わなければならないのかが理解出来ないのだろうクラウドの眼差しに、確かな疑問が滲み出ていると察知して、セフィロスは激情とは裏腹の感情の籠もらない声音を漏らした。
「何を…していた…」
 クラウドの胸倉を掴んでいた手を離し、今度はその顎を持ち上げて己へ向けさせれば。
「セ、セフィロス…」
 クラウドは更に苦しげに喉を反らせてセフィロスの名をつぶやくしか術は無い。
 しかし、その所為で見てはならない見たくも無い、彼の男との行為の名残が露になってセフィロスの目を汚す。
「これは、何だ」
 眦を吊り上げ、再び憤怒の衝動に身の内を焦がされたセフィロスの、鋭い声にクラウドが応えられる訳が無いのだと分かり切っていて尚、追い詰めるが如く冷淡な声音で問い詰める。
「応えられんのか?」
 己を見上げ、力無く首を横に振るクラウドに屈み込むとセフィロスは己の目に映し出される薄赤の汚らわしいそれを一瞬冷笑で見つめた刹那。
 そこに自身の唇を押し当てていた。

(消して…遣る…)
 こんなものは、全て。
 跡形もなく、消して遣る。
 激情のままに歯を立て、強く吸い上げるセフィロスのその行為に、
「や、止めろ…ッ、セフィロスッ!」
 硬直し身を竦ませていたクラウドの絶叫のような声が跳ね上げられた。
 それまでの無抵抗が嘘のような激しい抵抗に驚き、僅かにセフィロスがたじろいだその隙を狙ってクラウドは必死の形相で押し退け、肩で息を乱している自身を懸命に奮い立たせたのか逃げ出そうと踵を返した。
 思わぬクラウドの反抗に、セフィロスの暗い感情に灯が灯る。
 クラウドの意識をこちらに向けさせるかのように、傍らに置いてあった陶器製の器を力任せに床に叩きつければ、案の定クラウドが何事かと振り返った。
「あ…」
 無残に散っている物体を唖然と見つめ、クラウドが掠れた声を漏らした。
 それが元は何で有ったのか、誰よりも良く分かっているだろうとの予想違わずクラウドの目が見開かれる。
「ああ…」
 恐怖に青ざめた面を強ばらせ、一歩ずつ後退さるクラウドを見遣り、セフィロスは酷薄な冷笑を滲ませると、クラウドに合わせて一歩を踏み出す。
 無意識なのだろう、着衣の前を合わせて握り締める様はまるでいたぶってくれと言わんばかりだ。

 心の片隅に愉悦が過る。
 もっと追い詰めたい。
 追い詰めて嬲りたい。
 お前を力の限り蹂躙したい。
 欲情に心が支配されて行く自身を、何故か快く感じながら、セフィロスはクラウドの動きに合わせて一歩また一歩と揺らめいて行く。
 繰り返されるそんな緊張感に未だ十六の少年が耐えられる筈も無く、クラウドは身構えたかと思うと一気に駆け出した。
 セフィロスから逃れる為に。
「逃げられは、しないぞ…」
 可愛いクラウド。
 その後ろ姿を愉快気に眺めたセフィロスの身体が、空間に沈み込む。
 現状把握すれば十分に判る筈だ。
 逃げ場など、何処にも無いのだと言う事は。
 だから、可愛い。
 可愛くて堪らない。
 屋敷の正面玄関にクラウドが辿り着き、追って来てはいないかと背面を振り返った場に、タイミングを計ったが如くセフィロスは自らを出現させた。
 背後に誰もいないと安堵してクラウドが振り返るのと同時に、セフィロスの拳が少年の腹部に叩き入れられる。
「あ…ぐ…ッ」
 ガクリと膝を着いて倒れ込んで行くクラウドの唇が、信じられないと動くのを見たセフィロスは、
「鬼ごっこは、終わりだ…」
 愉悦を堪え切れない然とした口調で言葉を漏らした。






 意識を失った状態のクラウドを屋敷の二階の客室だったのだろう最も大きな部屋のベッドに放り投げ、かなり乱暴に着衣を剥ぎ取るセフィロスの眼差しは、更に剣呑と化して行く。
 成長途中の十分に華奢な白い身体の至る所に散る薄紅色の小さな徒花を眼下に見下ろしたためだ。
 酷く腹立たしい。
 苛々とその花々に唇を押し付け、それらを消し去ろうと無為な行為に没頭する。
 そうすればする程に、それは艶やかさを増して行くだけだと言うのに。
 拭っても拭っても、突き刺すようにセフィロスの目に飛び込む徒花から、舌打ちを放って視線を背けると、今度は唯真っ白な何も無い箇所に自らそれを付けてみれば。
 驚くほどくっきりと花が散る。
 最初にこうする権利は、自分に在った筈だという怒りが衝動となって身を突き上げるなど狂態以外の何であろうと言うのか。
 そんな行為を繰り返している間も、意識が未だ戻ってはいないにも拘わらず、クラウドの身体はビクビクと反応しその指先がシーツに絡み付いている。
 喘ぎの息を吐き漏らす様が愛しくて、憎い。
 次第に上り詰めて行くクラウドの、呼吸の乱れに胸が激しく上下し、その中心を彩る突起が痼るように堅く起ち、と同時に肉体の中心部もまたあからさまな膨張を示し始めていた。
「くぅ…ぁ…」
 身を捩ろうとしているのか、もがくクラウドの眉が歪められるのは、快楽のためではなく苦悶のためだと気が付いたのは、腹部の痣が腫れ上って来ていると理解した。
 どうせ蹂躙するのならば、意識がある方がより面白いだろうとセフィロスの唇が回復の呪文を紡げば、直ぐに痣も腫れも消え去った。
 それに伴いクラウドの意識は覚醒を促され、幾度か瞬きを繰り返したかと思うと、ゆっくり瞼を開けて行った。
「あ…セフィロス…ッ!?」
 セフィロスの貌を間近に見た途端、クラウドは己が身を包む全てのものから強制的に解放されていると言う状況を把握し、忽ちその顔色を失わせる。
「どうして…ッ」
 何故、自分がこんな目に遇わなくてはならないのか。
 クラウドの悲鳴のような声音を心地良さ気に聞き届けるセフィロスの眼差しが愉悦の色を滲ませた。
「理由など…必要では無い…」
 セフィロスの淡々とした口調と怖いほどに冷酷な表情にゾッと身を竦ませると、無意識に身をずり上がらせて逃れようとするが、その両脚があっさりと押さえ込まれている現実からは逃れられはしなかった。
「それでも聞きたいと、言うのならば教えるが?」
 愉し気に耳元に囁かれ、クラウドの息が詰まる。
 理由は、知りたい。
 知りたいが、聞きたくない。
 だから、力無く首を振るクラウドを、セフィロスは目を細めて見下ろすとその両脚を掴んでいる掌に力を込めて引き下ろした。
「あ…ッ!」
 突然のそれに抗えず、ガクンと力が抜けてしまった状況からあっけなくセフィロスの身体の下に追いやられたクラウドのくぐもった声が放たれる。
 それでも我に返って己を押し退けようと両手を必死に伸ばし、下から突っぱねようと足掻く様はセフィロスにとって愉悦以外のなにものでも無かった。
「可愛いらしい抵抗だな? クラウド…」
 囁くセフィロスが、怖い。
 これから何をしようとしているのか、判らないほど愚かでは無いから余計に怖い。
「…ぃゃだ…」
 掠れた拒絶の言葉を無視して、セフィロスは己の唇をクラウドの首筋に埋める。
「嫌だ」
 顔を背けて尚、突っぱねようともがくクラウドを再び無視して強くそこを吸った。
 ピクリと背筋が一瞬反るのは、少し前まで身を委ねていた存在との行為を呼び覚まされる所為だ。
 感じたくなんて、無いのに。
 でも、無理矢理、感じさせられる。
 ガタガタと震えるクラウドの意志など、簡単に黙殺するセフィロスが堪らなく嫌なのだろう。
 だからこそ、征服したい。
 己だけを見つめさせたい。
 欲求は、それだけを中心に渦巻く。
 当然それはクラウドには伝わるべくも無く、凄まじいばかりの欲望が唯闇雲に叩きつけられるに過ぎない。
 セフィロスの噛み付くような愛技に翻弄され、その流れに逆らおうとすればする程にクラウドは流される。
「やぁ…ッ…も、やだぁ…ッ」
 漏れ出るのは、悲痛な嗚咽。
 拒もうと努力するも無駄な足掻きにすり替わって、拒み切れない絶望的な状況に、頬が涙に濡れそぼる。
 だが、どれ程懇願しても、セフィロスの手が止まる事は在り得なかった。
 愛玩の獣と成り代わったクラウドの、牡をつま弾くように刺激した途端。
「ひ…ッ」
 引きつった高めの嬌声が喉の奥から漏れ出すと、快楽を堪えられず白濁の精をクラウドは放ち、セフィロスの指が熱く濡れる。
 それを舌先で軽く嘗め上げると、セフィロスはニヤリと凄みの在る笑みを零した。
「クッ…クックッ…」
 愉しくて溜まらない。
 それが顕著に現れ、彼の喉からは笑いが込み上げていた。
 その声に、解放の余韻に浸る事も許されないクラウドの上気している筈の面が一瞬にして蒼白に染まる。
「クラウド」
 嘲笑に歪む表情で淡々とその名を呼ぶと、セフィロスの両手は軽々とクラウドの足を持ち上げ、あまりに容易くそれを左右に開いた。
 セフィロスの眼下に肌とは違う色に浅く色付き、ピクピクと脈打つクラウドの蕾が存在していた。
 愛しそうに目を細めてそれを眺めたのもつかの間。
 次の瞬間には、その震える箇所へ既に猛り狂った自身を強引にセフィロスは穿った。
「ひッ…あぁ…ッ!」
 短い悲鳴が耳を打つ。
 まるで快い音楽を聴いているように、セフィロスの面に恍惚としたものが伺えるのを、ギュッと目を閉じ苦痛に耐えるクラウドが見る事が無かったのはむしろ幸運だったかもしれない。
 激しく収縮を繰り返し、排出させようと蠢くクラウドの体内の熱を楽しむべく更に奥へと自身を押し進めるセフィロスの手助けをしているのが、彼の男の精の名残で在る事は不快だったが、此の際そんなのは些細な事だ。
 ねっとりとセフィロスを押し包むクラウドの、熱の快さに酔いかけるが。
「ぃやだぁ…ッ、ヴィン…救けて、ヴィンセント…ッ」
 ダイレクトにクラウドからその名を叫ばれ、セフィロス意識が激した。
 今、クラウドを貫いているのは、他の誰でも無くセフィロスと言う確固たる存在だ。
 だのに、クラウドは頑なにヴィンセントの名を呼び続ける。
 それが妬ましく、口惜しい。
 憎悪に全身が火が付いたように熱くなり、セフィロスの行為はそれに順じて激しさを増す。
 それでもクラウドの、救いを求める声が止む事は、終には無かった。






 飽く事なく続けられる行為に苛まれたクラウドが、ある瞬間にガクンと崩折れる。
 限界までいたぶられ、精神が肉体を放棄したのだ。
 糸の切れた人形のように無反応なクラウドを穿っていても空しいだけ。
 セフィロスは、億劫気に意識を失ってしまったクラウドから離れた。
 ズタズタに引き裂かれ、涙と汗と血に塗れたクラウドを見下ろすセフィロスの面差しは悲哀に満ち、被害者で在る筈のクラウド以上に疲弊しきっているかのようにも見て取れる。
 それも道理だ。
 結局、セフィロスはクラウドを支配など出来なかった。
 先に共に在った自分では無く、見知らぬ存在に奪われ、既に取り戻すことなど不可能なのだと悟った絶望感に、彼は捕らわれていた。
 もは成す術は何も無い。
 だとしたなら、自分と言う存在は一体何になると言うのだろうか。
 望みも無く、況して救いなどもはや灰燼と帰してしまった自身は。

「く…ッ」
 切なさに身を焦がし、見下ろしていたクラウドの、意識の無い貌に唇を寄せ、狂おしく唇を貪った後。
 セフィロスはゆらり、と立ち上がった。
 何も無いのなら、みんな同じになればいい。
 みんな何も無くなればいい。
 自分だけがこんな空虚である必然性など、無い筈だ。
 だから。

「…総てを…壊してしまえばいい、そうだな…?」
 誰に了承を得るでなく呟き、セフィロスは神羅屋敷を、否、クラウドを後にした。



 正宗を引き抜いたまま、まるで雲の上を歩いているかのような歩みで屋敷を出たセフィロスの左の掌が、不意に天を翳す。
「あれ…? セフィロスさん…?」
 ニブルヘイムの村人が、そんな彼の尋常でない様子を訝しんで声を掛けるのと、セフィロスの唇がファイガの呪文詠唱を象ったのは同時だった。
 突如、破裂するような爆音がしたかと思った刹那。
 ニブルヘイム全体に爆炎が舞い降りた。
 セフィロスに声を掛けた者は、激しく降り注ぐ猛炎を浴びた最初の犠牲者と化すが、セフィロスの意識にその存在が知覚される事は無かった。
 突然の火炎に、村は火の海に忽ち嘗められて行き、何事が起きたのかも解らない住民たちが右往左往して逃げ惑う様をぼんやりと見つめていたセフィロスの剣が、己の付近に迫って来た者を誰構わずに切り捨てるのを止められる者も、また何処にもいない。
 怒号と悲鳴が彩る、つい先程まで平穏そのものだった平凡な村が悲劇の幕開けを呼び起こしたと識る者も、無い。






「な…何だッ?! 何が起きたって…!!」
 寝転がり何時の間にか微睡んでいたのだろうザックスは、窓の外に繰り広げられている惨状に唖然と目を剥き、愛用のバスターソードを手に宿屋を飛び出し、窓から見た時以上の惨劇に愕然と震える声を吐き出した。
 と、そんな彼の視界に、セフィロスの姿が飛び込む。
「…セフィ…ロス…!?」
 安堵して駆け寄ろうとするザックスの、その目の前で、セフィロスの正宗が唸りを上げれば、新たな犠牲者が生み出されるに至り。
 事態の全てがセフィロスによって巻き起こされたのだと理解したザックスの面が、憤怒の様を露にした。
「セフィロス…貴様…ッ!」
 バスターソードの柄を強く握ったザックスがその名を呼ぶのに対し、けれどセフィロスはその声が届いていないのか、在らぬ方向に視線を向ける。
 怒り覚めやらぬザックスだったが、その眼差しの揺らめきが気にかかって視線の先に瞳を流した瞬間。
 ザックスの意識が凍り付く。
 其処に、火だるまになったクラウドを見付けたからだ。
「クラウドッ!!」
 怒りに震えて居る場合では無い、とザックスは倒れ臥したままのクラウドに駆け寄ると焦る心を宥めながら回復の呪文を呟いた。
「大丈夫か、クラウド!」
 怒鳴るように名を呼ぶと、意識を取り戻したクラウドが応えを返してくる。
「…ザックス?」
 その反応に、クラウドが一命を取り留めたと判断し安堵の息を吐き出した。
 本当なら、身体の状態を調べたい所だが、そんな悠長な事をしている暇は何処にも無い。
 ザックスはキッと彼方を見遣って立ち上がった。
「…住民の救助を頼む…」
 やっとの事でそれだけ言うと、クラウドも立ち上がって焼け焦げた制服の上着だけ脱ぎ捨てて、不安を露にした質問を零した。
「ザックス…は?」
 その、答えの分かり切った問いかけに、ザックスは律義に応えた。応えなければならないと思ったからだ。
「俺はヤツを…セフィロスを止める…」
 バスターソードを肩に担ぎ、相討ち以外で仕留める術の無い戦いに赴く決意を秘めたザックスの眼差しを見つめるクラウドに、何が言えるだろう。
 本当ならザックスについて来たいだろう。
 自分の故郷をこんなにされてしまったのだから。
 そんなクラウドが解り過ぎるほど解っていても、ザックスには他に何も言うべき言葉が無かった。
「…分かった…」
 クラウドの応えに満足して頷くと、ザックスは駆け出す。
 目指すはニブル山の魔晄炉。
 古代種『ジェノバ』をその目にしてから激変してしまったセフィロスの行き着く先は、そこしかない。
 ザックスはギリッ、と唇を噛み締め駆け抜ける。
 常人を越えた、ソルジャーと言う存在である筈の自分の足を、これ程遅く感じた事はかつて無かった。
 村に置いて来たクラウドの事は心配だったが、彼だって神羅の兵士だ。
 対処法が解らない程馬鹿じゃない。
 だから、自分は唯目的を遂行すればいいのだ。
 村を焼き付くし、その村人を惨殺した者を処断するのは、ソルジャーとしての義務。
 例え、それが英雄と呼ばれる者で有ろうと無かろうと、そして親友で有ろうと、そんな事は関係ない。
 自分に出来る事は自分がしなければならないのだ。

「セフィロスッ!」
 そうして、ザックスは魔晄炉に辿り着き、其処に在るかつては神羅の英雄と呼ばれた、自身もまた憧憬の眼差しで見つめた存在へ射るような視線を投げ付けたのだった。
「…何の用だ、下等なる下僕が…」
 既に常軌を逸したセフィロスの、声音と双眸を目にしたザックスは、一瞬息を飲み込んだが直ぐに常の自分を取り戻して怒鳴り声を上げていた。
「…んだよ、そりゃあ。セフィロス、てめえ…ふざけてるんじゃねえよ!」
 そんなザックスの怒声に動じるなど在ろう筈の無い、人知を越えた彼の存在は、嘲笑を浮かべて見下ろしている。
「何であんな事が出来る! ここがクラウドの故郷だって事を知っていて…クラウドを傷つけて。あんたはクラウドが大事じゃ無かったのか!?」
 一歩ずつセフィロスに歩み寄りながら激した声音で放つザックスの、その言葉に彼の存在の眉がピクリと顰められた。
「…クラウド…ああ、そうだ。俺はクラウドが…欲しかった。だが、クラウドを汚したモノが在る。揚げ句、クラウドは俺を…拒んだ。…だから、手に入れようとした…」
 そこまで言って突然、セフィロスの肩からガクリと落ちた。かと思った途端、彼は声高に笑い始めた。
「だのに、手に入らない…だったら…全て無くなれば、いいとは思わないか?」
「な…何言ってやがる…」
 セフィロスの言いたい事を把握しようと思考がフル回転した結果、ザックスの顔色は見事なまでに蒼白に変わる。

「まさか…、まさかてめえ…」
「その、まさかだよ。あれは俺のもの…誰にも渡さぬ。それが適わぬ以上、全て壊れてしまえば良い。それだけの事だ」
 クックッ、とセフィロスは笑う。
 ザックスとセフィロスの間が、剣の一凪ぎで雌雄を決する位置まで後半歩に迫った瞬間。
「許さねえッ!!」
 怒りに狂ったザックスは地を蹴り、渾身の力を込めてバスターソードを振り払った。
 だが。
 半歩足りなかったその僅かな距離は、勝敗を喫するに十分であった。
 冷静な状態でさえ、実力ではセフィロスに及びようも無いザックスである。激情が彼の判断力を狂わせてしまった以上、勝負は見えていた。
 刹那。
 ザックスの身体は空を跳んでいた。
 それに続いて、真紅がセフィロスの視界一面に広がる。
 ザックスの血潮が飛沫となって周囲に飛び散るその様を見遣るセフィロスの目が、微かに細まった。






 総て、消え去れば良い。
 何もかも、総て。
 己以外は何一つ存在などしなくても、良い。
 セフィロスは恍惚の表情でクラウドを見下ろしながら、うっとりと囁く。

「…俺だけで、いい…」
 己の剣に突き刺され、瀕死のクラウドを手繰り寄せるとセフィロスはそれを確固たる言葉と成した。
「お前の中に存在するのは、俺だけで十分だ…」
 ザックスも、神羅も、故郷も、肉親も。
 そんなものは、全部無くなってしまえばいいのだ。
「全て…消して遣ろう…。俺以外の全てを…」
 そして俺だけ、俺の事だけを考えるようにして遣る。
 ジェノバの力を指先に漲らせ、それをクラウドの額に押し当てる。
 ズブズブと指先は潜り込み、クラウドの内部に巣くうセフィロス以外を少しずつ、けれど確実に掻き消して行く。
 その瞬間。
 クラウドの中の最も奥深くまで占めているヴィンセントの姿をセフィロスは察知し、ムッとしたように彼の表情が顰められた。
 セフィロスは未だ僅かに意識が残るクラウドを、更にいたぶろうとするかのように意地の悪い囁きを募らせる。
「…特にあの男…、ヴィンセントの事は念入りに、な?」
 薄れ行く感覚の中でセフィロスの声を聞いていたクラウドは、その名を耳にした途端、急激に意識を覚醒させた。
「やめ…ろ…ッ」
 懸命にもがき、足掻くように抵抗するクラウドを蹂躙するのは、酷く愉快だった。
「お前は…俺のものだ…」
 冷笑を浮かべて囁くセフィロスに、
「ち、が…う…」
 懸命に声を絞り出すクラウドの唇の端に己の唇を寄せて溢れる血を嘗めながらセフィロスは止めの言葉を放つ。
「ならば、いっそ人形にしてやろう。…俺の事だけしか考えられない人形に、な?」
 直後。
 クラウドの心の絶叫が迸った。
 自我が崩壊し、心が失われて行くクラウドを抱き締めてセフィロスは笑う。
 これで、クラウドは俺の、もの。
 もう、誰も奪えない。
 けれど。
 セフィロスが至福に身を震わせたその時。
 クラウドの両腕が突然セフィロスに伸びたかと思った次ぎの瞬間。
 セフィロスは魔晄炉の炉心に突き落とされていた。
 驚愕に目を見開いたまま、セフィロスは魔晄エネルギーの充満した空間に落下して行く。
(最後まで…クラウド、お前は俺を拒むのか…?)
 既に見えない存在へ悲哀を滲ませセフィロスは呟いた。






 欲しかったのは、己だけを見つめる唯ひとり。
 それ以外は、何もいらなかった。
 叶わないのなら、壊れてしまえ。
 何もかも、壊れてしまえ。


 唯一無二の感情が、世界を震撼させるのは、それから暫く後のことだった。

NOVEL TOPBACK














FF7本第三弾は、セフィロス×クラウド。
当時のコメントに、
「永遠回帰はアレで終わってた筈だったのに、何でこんな事になったかと言うと、一重に前作を買って下さった皆様の、
『アレで終わるなんて!』
『続きは?』
と言う感想でした。
そういうのに弱い結樹は、出してしまおうと決意したのでした」
とか書いてあります(笑)
でも、単なる続きじゃつまらないから同じ話を違う視点でやってみようとやってみたんですが、結構難しかったですね。
セフィロス単体は凄い好きなんですが、何でか苦労した記憶があったりします(苦笑)

ちなみに、永遠回帰のホントの続き(?)は「side-C」。

初出/永遠回帰SIDE-B(1997.10.10)