Little Romance
前編

 帝国歴2110年。
 バレンヌ帝国帝都、アバロン。
 その日。
 いつものように、フィリシアは父の言伝を携えて宮殿に足を向けて居た。
 都の中央よりに有る、彼女の家は代々皇帝の命により様々な武具を作り出す事を生業にして来た。
 今日も、昨年末に受けた依頼の品で有る黒曜石の槍を豪奢な布に包んで宮殿の控えの間に遣って来たのだが。
 フィリシアは皇帝が遣って来る迄の僅かな待ち時間の間、つい先程挨拶をした存在の事を考える。
 帝国より海を隔てた地に有るカンバーランドの、楯とも剣とも呼び称される若きネラックの城主こと、ホーリーオーダーのゲオルグ、その人を。
(まさか…間近でお声を掛けて貰えるなんて…)
 宮殿に通されて直ぐの場所を案内の者に従って居たフィリシアは、真正面から歩いて来る存在を目にした瞬間、息が止まりそうになったのを思い起こす。
「…それは、新しい武具か?」
 フィリシアに声掛けて来たその人は、彼女がずっと憧れていた人だ。
「あ、はい。皇帝陛下ご所望の黒曜石の槍でございます。昨日出来上がったばかりの品ですが、一刻も早くお目にしたいとの事で、父に代わりお届けに上がりました」
 フィリシアが少し屈むようにして応えるのを、彼の人は目を細めて頷いた。
「成る程、黒曜石の槍か。それはさぞ見事なものなのだろうな」
笑みを浮かべる彼の人を、そっと見上げフィリシアは次第に頬が赤くなるのを自覚した。
 所用で帝都に時折現れるのだろうゲオルグを何度と無く見かけ、その都度、フィリシアの心が踊ってしまっているなど当人が知る由も無いのだけれど。
 その人の声を、本当に間近で聞けるなど夢のようだ。
 本来なら、身分違いもいいところ。
 相手は王族で、自分は唯の町娘。
 どんなに望んだって、想いは決して叶わない。
 そんな事はフィリシア自身が一番分かって居る。
 だけど、心に想うのは自由な筈だ。
 憧れていた存在と、こんなに間近で話せただけで、有頂天。
 それでいい。
 だって、それだけで幸せなのだ。
 それは、この春16になったばかりの少女の仄かと言うにはささやかすぎる恋心。
(今日は、何てラッキーなのかしら)
 皇帝が到着するまでの時間を、だから彼女は少しも長くは感じなかった。
 そして。
 皇帝が控えの部屋に足を運んで来る。
 慌てて跪こうとしたフィリシアを、初老の域に達した皇帝サファイアが穏やかに手で制する。
「良く来てくれました、フィリシア」
「こ、皇帝陛下にはご機嫌麗しく…」
 出来る限りの礼節で応えるフィリシアに、彼女は何処かあわやかな哀しさを漂わせた微笑みを浮かべると唐突な言葉を切り出す。
「フィリシア。急ぎでも無いのに今日、貴方にわざわざ武具を届けて貰ったのには訳が有ります」
「は…い?」
 皇帝が何を言いたいのか解せず、怪訝な表情で気高きその人をフィリシアは見上げる。
「私の力は、貴方も知ってのとおり間もなく尽き果てます。しかし、事態は一刻の猶予も無い状況に達しているのです」
「・・・」
 皇帝の言いたい意味は、七英雄との戦いであろう。
 バレンヌ帝国が千年以上もの永きに渡り七英雄と戦い続けている事を知らないアバロンの者は皆無である。
 そして、戦い続けるには既に限界に近いのが今のサファイアである事も。
 一旦切った言葉を、彼女は続ける。
「フィリシア、私は貴方に私の後を継いで欲しいと思っています」
「えッ!?」
 突然のその言葉に、フィリシアは愕然とサファイア皇帝を見つめる。
 フィリシアの大きな金茶の瞳が見開かれた。
「私は、幼い頃からずっと貴方を見て来ました。溌剌とした命の漲る輝きを、感じ取って来ました。
私の全てを受け継げるのは、貴方しかいないと確信しています」
「そ、そんな…」
 そんな事、突然言われても、困る。
 だって自分は唯の町娘に過ぎないのに。
 そんな自分に何が出来るだろう。皇帝の後を継ぎ七英雄との戦いに赴くなど到底不可能なのでは無いだろうか。
 フィリシアの思考が目まぐるしく動く。
 それらの全てを察したかのように、サファイアは穏やかに、けれど毅然とフィリシアの名を呼んだ。
「フィリシア」
 貴方を於いて他には居ないと私は信じて居ます。
 何時果てるとも知れない戦いに、その渦中に飛び込むその勇気を。
 サファイア皇帝の眼差しに、終にフィリシアは折れた。
「判りました、皇帝陛下。わたしに何処まで遣れるか分かりませんが精一杯お応えします」
 決意を秘めたその声に、サファイアは満足気に頷いた。





 その日。
 帝国に新たな皇帝が誕生した。
 その皇帝は、未だ僅かに16の少女。
 しかし、そのあまりにも若過ぎる皇帝を、不安に駆られた兵たちが目にした瞬間。
 それらの全てが霧散したと言う。
 儚気な面差しとは裏腹の、強い意思を秘めた凛然とした眼差し故に。
 その、愛らしい少女皇帝を命に代えて守ろうと言う意識に目覚めて。
 人々の思惑を他所に、フィリシアは彼方を見つめる。
 それより4年もの激戦を得て、終には大陸に平穏を齎す事になる最後の皇帝は、思いを馳せる。
 鋭い眼差しで。
 その先にあるのは、遥かな南の果て。
 七英雄との最後の戦いの地に成る場所で在ることなど、彼女自身知る由も無い。





「あーあ…」
 ザプン。
 船縁に寄せる波の音に混じらせて、フィリシアはポツリと声を零す。
 新米の皇帝は、最初の試練とも言うべき突然現れた伝承法を与えてくれた女魔道士オアイーブの知らしめた事実に大きな溜め息が続く。
「…わたしが最後の皇帝だなんて、どう言う冗談なのかしら…」
 選りにも選って。
 そりゃあ力尽きて死ぬ、なんて後免だけれど、後が無いと言うのは結構なプレッシャーだ。
 全くもう。
 こんなの無い。
 でも遣らなくてはならない。
 思考が堂々巡りを繰り返す内に、船が目的地に着いた。
 目的地は、カンバーランド。
 ダグラスの港町で船を降りたフィリシアが向かう先は、ネラック。
 現実逃避をするつもりなんて端から更々無い。
 だから、彼女は優れた従者を得て、七英雄に立ち向かうつもりだ。
 でも、せめて。
 そう、せめて。
 想いを伝えるつもりなんて無いけど、せめて好きな人と一緒に居たいと願う事はいけなくは無いはずだ。
 幸運な事に、フィリシアの好きな人は、とても強い。
 だから真っ先にここに、ネラックに来た。
 玉座に通されたフィリシアは、目前に在るホーリーオーダーにニコリと微笑んだ。
「…フィリシア…」
 何故、ここに?
 新たな皇帝がご訪問すると言うので、玉間に居たゲオルグは、それをすっかり忘れ果てたのか、驚きを露にした表情でフィリシアの名を呟く。
 途端。
 フィリシアは怪訝な表情で小首を傾げる。
 だって、自分は一度だって名乗った覚えは無いのに。
「何故、わたしの名を御存じなのですか?」
 フィリシアの問いに、ゲオルグの目許がそれとは分からぬ程度に赤らむ。
「あ、いや…良く、貴方をアバロンで見かけたものだから…」
 でも、それと名前を知って居るとの接点は無いと、ゲオルグは分かって居るのか居ないのか。
「それより…今日はどうしたのだ。ネラックでは武具を発注してはいないが?」
 それに気づかずフィリシアは微笑みを浮かべたまま頷く。
「はい。実は七英雄との戦いに赴く為、わたしと共に戦って下さる者として貴方を迎えに出向きました」
 フィリシアの言葉にゲオルグの面に驚愕が彩る。
「で…では、新たな皇帝とは…」
 漸くにして皇帝が訪問すると言う現実を思い出したゲオルグが現実に立ち戻る。
「はい」
 ゲオルグに応えるようにフィリシアは頷いた。
「一緒に戦って貰えませんか?」
 フィリシアの問いかけに、ゲオルグは跪く。
「皇帝陛下のお望みのままに…」
 誠意を持ってお仕え致します。
 ゲオルグの応えに、フィリシアは艶やかな笑みを零した。
「宜しくお願いしますね、ゲオルグ」
「はッ!」





 アバロンに戻る途中の、船の上。
(ゲオルグ様とご一緒の旅だなんて…不謹慎だけど、嬉しい…)
 来る時の暗澹とした感情とは打って変わって、そんな事考えてはいけないと分かっていながらも、ついつい幸せに浸るフィリシアに、そうとは知らないゲオルグがポツリと低く呟く。
「…それにしても、貴方が皇帝になられるとは思いませんでした」
 船縁に身を委ねたゲオルグの横顔を見つめながら、フィリシアは苦笑する。
「意外、ですか?」
「…いえ。ただ、考えたことも無かったものですから…」
 ゲオルグの応えを耳にしたフィリシアの視線が波間にと流れる。
「ですが、サファイア陛下が何故、貴方を次の皇帝に選ばれたかは、分かる気がしますが」
 貴方は、とても輝いて居られる。
 貴方を識る者は、それが良く分かる。
 ゲオルグの、とても低くて聞き取りにくい呟きを、何故か聞き届けたフィリシアが驚いたように振り返った。
 良く、識っているって、どう言う事?
「…ゲオルグ様。それは…?」
 フィリシアの問いかけにゲオルグも振り向き、けれど言葉に詰まったのか応えは無い。
 唯、フィリシアを見つめるだけだ。
「それに…お聞きしたい事も在ります。どうしてわたしの名を知って居られたのです?」
 ネラックの城に居るときは、尋ねるのが憚られた言葉がフィリシアの唇を突いて出る。
 ゲオルグはハッとしたように目を剥き、それから困惑を含ませた呟きを漏らす。
「それは…」
「それは?」
 フィリシアがマジマジとゲオルグの顔を見上げ、今一度問う。
 ゲオルグは観念したかの表情で、一度大きく息を吐き出した後、言った。
「…それは、私がずっと貴方を見て来たからだ…」
「え、そ、それって…」
 どう言う意味?
 フィリシアが、今度は困惑する番だった。
「だって…それじゃまるで…ゲオルグ様がわたしの事、好きって言ってるみたいじゃ…」
 フィリシアが小さく首を左右に振りながら呟くのを耳にしたゲオルグが、困ったように応える。
「みたい、では無くて…そのものなのだが、な…?」
 そう言った途端、ゲオルグはフィリシアを抱き寄せた。
相手が皇帝である事も何もかもが消し飛んでしまっているようだ。
「きゃッ」
 声にならない声を上げたフィリシアの、その身体はゲオルグの腕の中に在った。

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■駄文■
ロマサガ2の女皇帝フィリシアちゃんのお話です。
ノーマルではゲオルグv女帝なんです。
一応わしだって男女のラブラブ書けるのよね、って事で(核爆)
可愛い女の子とカッコイイ大人の男のカップルは、好きです♪
今ならゲロえっちな話に書き上げちゃうだろうな〜(大笑)
だって、26才の男と16才の女の子ですよ〜?
いやん(笑)
すっげえ、えっちなのが書けそう(爆)
当時、どんな後書き書いたのかな…と、気になって本を探したんですが(FDDには保存してあるんで、こうして陽の目を見れる訳だけど)肝心の本自体が埋もれて見付からない(滝汗)ので、正確な発行日もわからないです。
ごめんなさい。


初出/Little Romance(多分、1995.5)