TWILIGHT 1 2 3 |
ACT.1 凍て付くような眼差しで、イルミニア大陸随一の大国ヴィーデルンの王が彼方を見遣る。 白銀の長髪を風に嬲られるに任せた彼の存在は、一見するならば溜息が漏れ出る程の美貌を湛えている。 が。 煌くように美しい紅玉の瞳は、背筋が凍り付くほどに冷酷だ。 彼の王の名は、サリューン。 イルミニア大陸の覇権を手に統べるべく、強大な勢力で世界を侵攻を日々繰り広げていた。 −覇王− 何時の間にか人々は密やかにサリューンをそのように称していた。 その呼び名は彼にとって正に望むべきもの。 世界を手にした後に、全てを破滅に誘う為ならば、自らには何よりも相応しい称号だと自覚している。 「ふん…セイラム、か」 整った唇から蔑んだような呟きが零れる。 彼方に伺い見える深き歴史のある小国など、然したる障害にもなるまい。 だから今迄放置していた。 ミスラ教国も経済国家シンも手中に収めた今、この小国を手にすればイルミニアは全て彼のものだ。 後は、蛮族の大陸ディベルニアをセイラム、シン、ヴィーデルンの三方から制覇すればよい。 「ふ…」 嘲笑を零して彼は己の神剣の先端を目的の地へ振り示す。 「行くぞ」 冷淡な声が低く零れ落ちた。 歴史と伝統を重んじる小国家セイラム。 古の聖王が治めたこの国の玉座に座するのは、一見すれば未だ幼さが残る少年に過ぎない。 だが、その眼差しの鋭さと、少年自身から醸し出される威厳は苛烈な運命に立ち向かうのに相応しいものだった。 「…来たか、覇王が…」 ミスラを陥落させたヴィーデルンが、いよいよセイラムに侵攻を開始したとの報を伝令から聞き及んだ少年王は小さく呟く。 それを聞き届けたのは玉座の肘掛に腰掛けていた獣人族の少女、マサリバ唯一人だ。 「どうするの? タジ」 マサリパの問い掛けに少年王はニコリと笑みを浮かべて、 「決まっているよ」 言った直後すっくと玉座から立ち上がり、腰に佩いた双振りの神剣を引き抜く。 「覇王の好きにはさせない!」 幼さ残る貌に似合わぬ、凛然とした声音が放たれた。 王都スリナールより南下した地点に存在するエルディスは、過去幾多に及ぶセイラム侵攻を妨げてきた大陸サイドの唯一の軍用拠点である。 が、歴史と伝統の上に胡座をかいたが故に、防衛ラインと言ったシステムなどをまともに張ってはいなかった現セイラムには、其処はもはや唯の王都直前の通過地点に過ぎない箇所だった。 大国ヴィーデルンの軍事力からすれば、然したる障害にさえ成り得ない代物だ。 否。 サリューンから見て、セイラムなど正にディベルニアへの通過点だ。 その筈だった。 「…くッ!」 正面からの重みの有る双剣から繰り出される衝撃に、彼は思わずうめくような舌打ちを零した。 (馬鹿な!) 己の肩までも無い小柄な少年が剣を振るう都度、背筋に言葉にならない衝撃が走る。 今迄敗北感も恐怖感も感じた事など一度も無かった彼にとって、この感覚は驚愕他ならない。 ガシィッ。 剣が交差し、火花が散る。 再び腕に激しく重みが伝わる。 本気の一撃だ。 刹那。 目の奥に閃光が走る。 こんな筈ではなかった。 セイラムなどという小国など、彼の眼中には入ってはいなかったのに。 しかし。 「オレは、負けないッ!」 真正面に在る幼い少年の、裂帛の声と真摯の眼差しを受け止めた瞬間。 彼は息を飲んだ。 ゾクン。 何かが全身を駆け上る。 血が、逆流するとは正にこの事か。 「サリューン陛下ッ!」 「タジッ!」 ほぼ同時に二人へ掛けられる声。 セイラムの兵士を撃破したミスラの聖女ルマティと、目前の敵を屠ったマサリバの声だ。 ザッ、と二人同時に後方に飛び退り、彼らはそこで初めて己が酷く息を乱している事を思い出した。 「お前が覇王サリューン、か!」 ラベンダーブルーの瞳が、ギッと強く睨み付ける。 己を。 己だけを。 ゾクゾク。 再びサリューンの背を何かが這い上がった。 「タジ・アスガラフ…か」 セイラムの少年王の名を呟き、彼は唇を歪ませる。 「ここは一旦引きましょう!」 普段ならば決して同意をしないだろうミスラの聖女のその言葉に、サリューンは低く頷いた。 「良いだろう」 呟いた後、彼はタジを見据え言い放つ。 「次は、容赦せぬぞ」 その一言の後彼はくるりと踵を返した。 ルマティとともに立ち去る覇王の後姿を見送るタジへ、マサリバの不満そうのぼやきが漏れた。 「なんで、追いかけないの?」 「…返り討ちに逢うよ」 残念だけどね。 苦笑混じりに零すタジへ、不満を拭いきれないマサリバから視線を彼の存在の立ち去った方へと戻す。 心が騒ぐ。 何故だか理由は解らない。 けれど、気持ちが高ぶる。 サリューンの存在はタジの中に大きく根を広げようとしていた。 |
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