TWILIGHT 1 2 3 |
ACT.2 一度は撤退したヴィーデルンの軍勢は、しかし。 再びセイラムの都に進軍を開始した。 如何に神剣の使い手としての技量があろうと、先日の戦いとは比較にはならない大軍で侵攻してくる覇王サリューンの前に、タジは成す術が無かった。 「陛下!」 蒼白の顔で玉座の前に膝を着く兵士を見下ろし、タジは小さく首を振った。 「敗北は…必至だな」 苦渋を露にした声音に、臣下からは深い絶望の嘆息が漏れ出る。 「最後の戦いは、恐らく俺たちに勝利は無いだろう。逃げたいものは逃げていい。止めはしない」 タジの言葉に周囲のものがざわめく。 そしてタジの前からひとり、またひとりと謁見の間から臣下の姿が消えていく。 だが、タジはそれを別にどうと思うことも無かった。 此処にいれば彼らは間違いなく処断されるだろうと知り尽くしていたからだ。 「タジ、何で止めないのっ?!」 マサリバが憤りの声を上げる。 「うん、でも仕方ないよ」 苦笑を漏らしてタジは立ち上がる。 せめてもの救いは、彼の覇王は女子供に決して無礼は働かないという噂話だ。 戦いに敗北し、支配されるに至れば普通はどんな状態になるのかくらい、幼い自分でも知っている。 戦乱の世には良くある話だ。 が、覇王サリューンは何故か決してそれを許さないという。 それが嘘か真かは、別として。 だが、何故かタジにはそれは決して噂話などではないと感じていた。 彼の存在と直接闘った武将として、信じられると思ったのだ。 「行こう、マサリバ」 タジは笑みを浮かべて言った。 それは、王としてのものではなく、ひとりの神剣士としての顔だった。 神剣が鍔競り合う激しい音が、戦場に反響する。 もはやセイラム側で戦えるのは、タジ唯一人。 対するは、覇王サリューン。 傷付いてはいるが、未だ十分に闘える配下の兵を敢えて下がらせ、サリューンはタジとの一騎打ちに剣を奮わせていた。 先日の戦いと同じく、彼の全身に血が逆流するかのような感覚が広がっていた。 堪らない。 堪らなく熱い。 ばくばくと心臓が、が鳴り立てる。 「くっくっ」 大剣を横に凪ぎ、低く笑う。 興奮しているのが自分でも良く解った。 神々の運命に選ばれた、世界を救うべき光の神王。 先日の撤退以後に調べたタジの情報は、サリューンの意識を更に燃え立たせたのだった。 それを自分の手にしたい、と思ったのは情報を得た直後だ。 世界を救う、だと? 笑わせるな。 そんな存在は、この私がめちゃめちゃにしてやる。 どす黒い欲望が全身を駆け巡り、今、彼は目前に運命に翻弄された幼き神王と対峙しているのだ。 神等に何ができるものか。 何も、恐れぬ。 「食らえ!」 必殺の一閃を放った刹那。 「ぐ…っ」 それを受け止めきれなかったタジの身体が後方へと吹き飛ぶ。 均衡はついに破れ。 神の王は覇王に敗北した。 食らった衝撃の重さに身動きひとつ取れないタジの首筋に、冷たい剣の感触が押し当てられる。 これまでか。 小さく息をひとつ漏らし、観念したタジが目を伏せたその瞬間。 「な…っ!?」 己の身体はサリューンの肩に担ぎ上げられていた。 愕然とするタジの耳に直後、低い声音が飛び込む。 「簡単に死ねると思うな?」 「く…」 敗れた上に、死よりも辛い現実が待ち構えていると理解した少年王は、絶望に面を蒼白に染めていた。 |
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