暗黒域

「…だが、大陸を制覇するのは、この俺だ!」
 凛としたエルウィンの声が放たれる。
 信じられない。
 信じたくない。
 目前に在る彼の存在の言葉に、レオンは息を飲み込む。
 寸前まで確かに心が通っていたと思ったはずの、一番信頼していた同胞の突然の豹変を間近に見たレオンへ、エルウィンが手を差し伸べる。
 かつて、自分がそうしたように。
「共に戦おう、レオン」
 鋭い眼差し、凛然たる覇者の気を纏いし光輝の王の言葉に一瞬、心が騒ぐ。
 だが。
 彼は懸命に心を押し殺した。
「断る!」
 喉の奥からの言葉を搾り出すレオンを、口元だけで嘲笑を象る存在は、本当にあのエルウィンなのか。
 踵を返し、反乱軍の残党と反逆の徒と化した存在から退く己の胸中に、とてつもない重い塊が沈み込んでいくのをレオンは拭い去る事が出来はしなかった。



 レイガルド帝国を攻めるべく、バルディア城を後にするエルウィンへ、
「…あれで良かったの?エルウィン」
 ヘインが低く呟いた。
 その言葉にエルウィンは端的に応えを返す。
「何が?」
「だってさ…!」
 エルウィンはレオンが、好きなんじゃなかった?
 言いかけて言葉を濁すヘインへ、エルウィンは薄く笑った。
「好きだよ?」
「だから誘ったってか?」
 ロウガの応えにエルウィンは頷く。
「ああ。だけど、あれで良いんだよ」
「断られて、何が良いんだぁ?」
 訳が解らない、と言った表情のロウガへ、エルウィンは真顔で言い放つ。
「あっさりと寝返るんだったら、逆にいらない。己の信念を持ち、それが故に強大無比な騎士なんだ、レオンて男は」
 誰よりも毅然とした存在。
 騎士の中の騎士。
 それだからこそ、欲しい。
 実力で打ち破って、己の手に入れたい。
 エルウィンの、ゾッとするほど真摯な眼差しと、冷酷にさえ取れる言葉にロウガはブルッと身を振るわせた。
「…おっかねえ野郎だな、おめえって奴は…」
「そうか?」
 口許だけを歪めて笑い、エルウィンは彼方を見つめる。
 未だ直接目にする事は無いが、その視線の先に在るのは紛れも無きレイガルド帝王の居城。
 そこで勝利を治め、帝国を手に入れ、そして。
(レオンも手に入れる)
 エルウィンの意思に呼応し、腰に佩いたラングリッサーが僅かに震える。
 光輝の末裔として、生まれながらに悪しきものと戦う事を定められた光輝の王は、ラングリッサーに掌を添えた。
 もう、何かに翻弄されるのは真っ平だ。
 ならばこそ。
 運命は自分で切り開いてやる。
 それが間違った道か否かは、何れ解る事なのだから。



 レイガルドの堅固な城門を寸前に見据え、エルウィンは口許に笑みを浮かべる。
 たった3人。
 それに傭兵を合わせたとしても高が知れたエルウィンの軍勢。
 誰の目にも、愚行の極みと映って当然の手勢で有るそれを、先日まで同朋であったレイガルドの将軍たちは、口々に罵りの声を放つ。
 それはしかし。
 エルウィンの強大無比なる力を識っているが故の畏怖から来るものでもあったのだ。
 その上に、彼の手には光輝の聖剣ラングリッサーまでが在る。
 何処まで己たちが食い止められるか、もはや誰にも解らなかった。
「ヘイン…バリスタが邪魔だ、右の魔道師の部隊をメテオで一掃してくれ」
 城門の付近に見受けられる2部隊のバリスタが後々の苦戦を強いさせると予測出来、エルウィンは傍らの親友に低く囁く。
「オッケ。でもその後は?」
「いい考えが在るんだ」
 ニコリ、と穏やかに笑うエルウィンの自信に満ちた眼差しに、ヘインの面の緊張も解ける。
「俺はどー出ればいいんだ?」
「バルガスの部隊を引き付けトルネードでダメージを与えといてくれ」
 その後はお前の傭兵部隊とヘインのハイエルフ部隊で十分片付けられるだろう。
 自分の問いにあっさりと即答するエルウィンへ、ロウガの背筋をゾクゾクと何かが這い上がる。
「で、お前は?」
「俺は…先ずエグベルトを叩く」
「なぁる。アゲインだね?」
 自分にメテオで魔道師にダメージを与えさせ、向こうの反撃が出来ない内にアゲインで回復、後にエルウィンをテレポートで飛ばしてエグベルトを叩く。
「恐いのはあくまで消耗させられる事だからな」
 囁くようなエルウィンの呟きは道理だ。
 自分たちの手勢は帝国の精鋭から比べたら優に3倍は下らぬ程の差があるのだから。
「行くぞ!」
 凛、としたエルウィンの声が放たれた瞬間。
 ついに帝国との本格的な戦いが始まった。

「…エルウィン…」
 言葉無く、彼方の存在を見つめていたレオンの面に苦渋が走る。
 来る。
 ついに来る。
 彼の存在が。
 果てしない宿命を担わされた故に、誰よりも強く恐ろしい存在が来る。
 だが。
 己は敗れる訳には行かないのだ。
 真紅の髪が陽光を反射させて輝いている様は、まるで血に塗れているかの如くに感じられる。
 何故、こんな事になったのか。
「…今は闘うのみ…」
 愛用の刀の鍔に手を添え、レオンはキッとエルウィンの様を見つめた。

 面白いほどにエルウィンの策が旨く行く。
 僅かな間に、バタバタと帝国兵が葬られ、まるで成す術がない。
 行動を終えたエルウィンに攻撃を仕掛けても、ラングリッサーの煌きが一閃するだけで生命は露と散る。
 圧倒的だった。
 これは戦いと言えるのだろうか。
 追い詰められる帝国に、更に追い討つかの如く。
 ロウガの妹ソニアが魔族を率いてエルウィンに加担まですれば、もはや帝国に勝ち目も無い。
 跳躍してきたエルウィンの、光り輝く聖剣をそれでも全力で跳ね除けるが、追従してきた剣圧によって吹き飛ばされ全身から戦う力が鮮血と共に流れ出、レオンは肩で息を乱す。
 そんなレオンを前にエルウィンは艶やかな笑みさえ浮かべているのだ。
「…何故だ…」
 刀を支えに立っているのがやっと、のレオンは無意識に言葉を零す。
「それは−」
 レオンの問いに応えようとエルウィンが唇を開いた時。
「レオン様!」
 青龍騎士団のひとりが彼の庇おうと捨て身ともいえる渾身の攻撃をエルウィンに仕掛けたのだった。
「陛下の元へっ!」
「解った…」
 ラングリッサーを恐れもせず、懸命にエルウィンに立ち向かう部下に促され、レオンは撤退を余儀なくされた。
(何を言おうとしたのだ…エルウィン…)
 聞きそびれた言葉は、とても重大な何かを秘めている。
 それを聞いておけば、もしかしたら事態は変わっていたのかもしれない。
 そんな気がしてならなかったが、もはや全ては遅かった。

 目前の騎士の生命賭けの攻撃にエルウィンは眉を顰める。
 レオンを逃すために全てを投げ打った攻撃は、流石のエルウィンをして戸惑わずにはいられない。
 人の思いは強い。
 だからこそ、渾身の攻撃には細心に対応しなければ勝者は忽ち敗者になりうるのだ。
「ちっ」
 舌打ち、エルウィンはラングリッサーに気を込める。
 本気の相手には本気で応じる。
 それがエルウィンなりの礼儀だった。
「はァアアッ!」
 刀身が閃光を放つのと、それを振り下ろすのはほぼ同時だった。
 直後。
 騎士の生命は、その背後の城壁もろともに真っ二つに引き裂かれるのだった。
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何時もの逆カップルでシリアス展開。
覇王エルウィンの真に欲するものとは…?