act.2 アルハザードに対抗するべく、ラングリッサーを手に入れなければならなくなったエルウィンたちが、疲労を癒すために立ち寄った小さな村に、突然魔物が襲いかかって来たのは夜も更けた頃だった。 疲弊しきっている状態では、本来の力など到底出しようは無かったけれど、それでもエルウィンは剣を奮るう手に込める力を込めた。 だが、魔物は途方もない集団で迫り来る。 逃げ惑う村人に魔物が牙を向け掛けたその時だった。 村外れに突然、青竜騎士団が現れたのは。 「…レオン…こんな時に…!」 どう足掻いても、この状況を打破することなど出来ない。 絶望感にエルウィンが唇を噛んだ時。 突然レオンが言い放った。 「エルウィン、と言ったな。今回は、力を貸してやる」 反帝国に名乗りを上げたつもりは無いのだが、何時の間にかそんな状況になっているエルウィンの事を調べたのだろう。 レオンはエルウィンの名を知っていた。 「何故…だ? 魔物と帝国は共同戦線を張っているとジェシカは言っていたけれど…」 だと言うのに、何故レオンは魔物を撃破すると言い放つのか。 理解が出来ず眉を顰めるが、レオンの言葉をエルウィンは信頼出来る気がした。 その期待を裏切らず、レオンはレアードを率いて魔物の群れに突入し剣を奮う。 レオンの見事な程に研ぎ澄まされた剣技に思わず見惚れるが、その動きに何処かぎこちなさを感じずにはいられない。 そんな疑問が脳裏をよぎった時だった。 「…くっ! 思ったより力が出ぬ…」 レオンが舌打ち混じりの低い呟きを漏らしたのは。 「レオン様! どうか御無理だけはなさらないで下さい!」 レアードの悲痛な叫びを耳にした彼は苦悶に眉を寄せながらも口許に不敵に笑みを浮かべて応える。 「…心配は無用だ。唯、民を守る軍人として、今は自分の命より村人の生命を優先する時なのだ」 分かってくれ。 レオンの真摯な声音にレアードはそれ以上何も言えず、唇を噛み締めて不承不承に頷くと、魔物に立ち向かって行く。 そんな会話を聞き届けたエルウィンの口許に微笑みが浮かぶ。 やはり、レオンは違っていたのだ。 決して己の腕を過信し、誤った路を辿っていくその辺の愚者とは違うのだ。 己の思っていた通りの、毅然とした騎士だ。 それがエルウィンには嬉しかった。 魔物の群れを一掃し、戦いに決着が着けられ兵士らが安堵の吐息を漏らした後。 エルウィンはレオンの前まで歩み寄ると、真顔で言葉を募らせる。 「…レオン、お前に聞きたいことがある」 エルウィンは自分の心の中に巣くっている疑問を吐き出す。 言いたいことが見えず、怪訝な面持ちでレオンが先を促すとエルウィンは切り出した。 傷付いた状態にも拘わらず戦いに身を委ね、自分の命よりも村人の命を優先すると言った言葉から、無益な争いを嫌うのだろうレオンが何故軍に身を置くのか、と。 そのエルウィンの疑問に彼はあっさりと応えた。 「私には耐えられぬのだ。力の無い女子供が戦いの犠牲になる事が…」 誰かがこの世から争いを無くさなければ、永遠に戦いは終わらない。そうしている間に犠牲が増大して行くことは目に見えている。 それが、耐えられない。 だから、血塗られた路を歩む事になっても、絶対的な力の統治による平和を目指したいのだ、と。 「確かにそれは、真の平和と決して呼べるものでは無い。だが、この戦乱の世よりはずっとましだ」 私はそう信じている。 だから、戦う路を選んだ。 どれ程に己が穢れても構わない。 泥沼を足掻いても、血反吐を吐こうとも、それで争いが無くなるのならば、それでいい。 レオンの真摯の言葉にエルウィンは頷く。 「確かに、それもひとつの考え方かもしれないな」 きっとレオンなら、成し遂げられるだろう。 どんなに辛く苦しい道程で在ろうとも、最後にはきっと勝利を手にするに違いない。 そう確信した瞬間、エルウィンはハッと息を飲み込んだ。 そのレオンの願いと切望を、真っ向から否定する戦いを仕掛けているのは誰有ろう、自分自身なのだ。 レオンから一瞬視線を外し、俯くエルウィンの胸が痛む。 己の中に無理やり植え付けられようとしていた、 『帝国は間違っている、光輝の末裔は正しい』 と言う図式が、音を立てて崩れようとしているエルウィンへ、まるで狙い定めたかの如くにレオンが向き直る。 「…エルウィン!」 「・・・」 鋭いレオンの眼差しに、けれど敵意は微塵も伺えない。 「…人間一人の力では、この世界を戦争の無い世界にする事など出来る筈は無い。強大な国家による統一こそがこの大陸から、世界から無益な戦いを終わらせる事が出来る。 …どうだ。私と共にこの戦乱の時代に終止符を打ってみないか?」 そのレオンの言葉にまず誰よりも先に驚いたのはレアードだった。 敵総指揮官をレオンが自軍に誘うなど、考えられ無い事態だ。 第一、それを受け入れる事など有り得ない筈だ。 そう思って然るべき説得に、しかし誘われたエルウィン当人は驚きもせず真摯の眼差しで応える。 「確かに、この世界に真の平和を齎すためには、強大な力を持った国が必要だ…」 統一を成し遂げ、その後争いが起きないように平定するだけの力を持つ国など、レイガルド帝国以降暫くは現れはしないだろう。 例え光輝の軍勢が帝国とし戦いを終えたとしても、直ぐに世の中から戦乱は無くならないだろう。 ならば、決意は早いに越した事は無い。 無論、気になる現実も有る。 魔剣アルハザードと魔族の今後だ。 そして−本音で言えば余り考えたくは無い−聖剣ラングリッサーの探索等々。 それらの全てを一纏めにしたとて、レオンの言葉より重みを持つだろうか。 そんなエルウィンの思考はきっぱり「否」を告げていた。 葛藤など皆無だった。 エルウィンの中では既に結論が導かれている。 元々、何が正しく何が間違っているのかがエルウィンには見えなかったのだ。 だから、見てみたいと思った。 光輝の未来だけでなく、帝国の行く末も。 勿論己のレオンへの感情が全く働かなかったとは言えないだろうけれど、それでも大局を見据えるには絶好の機会だとエルウィンは決断を下した。 「…みんな、ここでお別れだ。俺はレオンと行くよ」 そのエルウィンの言葉に、これまで戦いを共にして来た面々が驚愕を露にする。 バルティア王家の末裔、つまり光輝の末裔の頂点に在るエルウィンが、まさか帝国に力を貸すなど思いも因らなかったのだろう。 そんな中。 ずっとエルウィンと旅して来たヘインは、命を助けられた礼が終わっていないと言う理由から共に行くと言ってくれた。 先程の戦いで魔物を率いていた存在が自分の実の妹であると言う事実から、ロウガが賛同の意を唱える。 エルウィンの言葉が信じられないリアナが懸命に説得を試みるが、若者の決意を覆す事は出来なかった。 光の巫女である彼女には、多分理解出来ないだろう。 エルウィンが何を見定めようとしているのかを。 侮蔑の言葉を投げ付け、共に旅して来た仲間で在った者たちが去って行くのを、エルウィンは黙って見送る。 路は違えた。 エルウィン自身が、自ら違えたのだ。 誰の意見で無く、自分自身で運命を切り開こうとの決意を一体誰に咎められると言うのか。 彼らの気配が察知出来なくなるまで見送った後、それまでエルウィンの気持ちを察してか、言葉を掛けないでいてくれたレオンに、彼は向き直る。 「これから…どうするんだ?」 「ラングリッサーを手に入れる。アルハザードの復活を邪魔されぬようにな」 レオンの穏やかな声音にエルウィンは苦笑を漏らす。 (ラングリッサーか…) 光輝の末裔は、アルハザードの復活を阻止する為に。 帝国は大陸統一の為にアルハザード復活阻止を防ぐ為に。 巡るのは、ラングリッサー。 聖剣と称される一振りの剣。 レアードにラングリッサーの封印されたバルティア城の探索を命じるレオンは、だから気が付かない。 エルウィンの口許が確かに引きつっていると言う事に。 己の生命は、それ故に脅かされ続けていた。 光輝の末裔−バルティア王家最後の直系−である彼が、幼い頃から旅をし続けなければならなかったのは、その為だ。 それがどれ程の苦難であったか。 ラングリッサーの封印を解き放てる存在にして、邪悪なる者共と戦わなければならない使命を強いられて来たエルウィンの、哀しい運命。 エルウィンにとってラングリッサーとは真実、呪われた剣でしかなかった。 だからこその孤独を、癒せる者は未だ何処にも居はしない・・・。 青竜騎士団の大半をバルティア城探索に回したレオンが、エルウィンを伴いライリム渓谷入り口に敷いた陣に辿り着いたのは、あと数時間もすれば夜が明けると言う時刻だった。 「レオン。明日の予定は決まっているのか?」 「昼前には渓谷の一本橋に到達したいと思っているが…」 陣の中央に位置する自分の天幕にエルウィンを招き入れたレオンは、酒の入った器を手渡しながら質問にそう答えた。 「…お前たちの状態次第だな」 「流石に疲れは否めないが、動けないほどじゃない」 先程の戦いの疲労と今までの強行軍とが相俟って、はっきり言えばかなりのところきつい状態ではある。 だが今応えた通り、エルウィンは動けない程では無かった。 「お前に比べたらな」 「・・・」 器の中身で唇を湿らせていたレオンの動きが、その言葉でピタリと止まる。 「酒の匂いでごまかそうとしても、お前から漂う血臭は消せはしないぞ」 エルウィンのきっぱりとした口調に、レオンは嘆息を漏らす。 「分かってはいる…だが、私一人のために留まっている訳には行かないのだ」 傷を癒している間に、ラングリッサーを奪われてしまったら、お話にならない。 自嘲気味のレオンの呟きに、エルウィンは身を乗り出す。 「…傷の具合…見せてくれ」 「見て気持ちの良いものでは無いと思うが?」 唐突なエルウィンのその言葉に、レオンは苦く応える。 「そんなんじゃない。俺でも癒せるかもしれないから、見せてくれって言ってるんだ」 エルウィンの意図が解らず、けれど言われるままにレオンは着衣を脱ぎ捨てる。 エルウィンの目に飛び込んで来たのは、上半身を余す所無く包み込む純白の包帯であり、その所々に深紅の滲みが点在していた。 「…壮絶だな…」 包帯の状況で解る。 レオンの傷は、確かに並の人間なら死に至っていても何らおかしくはないだろう。 レアードが悲痛の叫びを上げる訳だ。 自分がこんな状態だったら動けるだろうか、と内心考えてエルウィンは首を小さく振った。 「何てヤツだよ…」 お前って男は。 感心するやら呆れるやら。 エルウィンは深く溜め息を吐き出した後、右の掌をレオンに翳し目を伏せた。 「―慈愛と恵みを与えし水の精霊よ―」 汝が慈しみの力、我に貸し与えん。 エルウィンの唇から呪文の詠唱が紡がれると同時に、掌から淡い光が浮き出しレオンの全身へと広がって行った。 忽ちレオンの身を苛んでいた苦痛が失せる。 「癒しの魔法が唱えられるのか…」 ソードマスターであるエルウィンが魔法を唱えられるのが意外なのだろう。 レオンの言葉は驚きを含んでいる。 「ああ…。だが、さっきの戦いで何度か攻撃魔法を唱えた所為で魔法力は空に等しい。だから、今日はこれで打ち止めだけどな…」 魔道士と違い、剣士はそれ程魔法力が在る訳では無いのが口惜しいとエルウィンは呟く。 「明日になれば、回復するから完全に直せると思う。それまで我慢してくれ」 十分な睡眠を取れば、魔法力は回復する。 それからで構わないか? エルウィンの呟きにレオンは穏やかな微笑みを浮かべて大きく頷く。 「これでも十分だが…」 お前がそう言うのなら、そうしてくれると有り難い。 先程と違い、痛みを堪えなくても済む状態にして貰えただけで本当に十分だった。 これで、進軍出来る。 一刻を争う今。 傷から来る焦りに気を揉まなくても済む情況が、どれ程戦略を進展し易くなる事だろう。 「有り難う、エルウィン…」 レオンのとても綺麗な笑みが向けられ、エルウィンは照れたように頭を掻いた。 「た、大したことなんてしてないよ」 ずっと。 ずっと見たかった綺麗な笑みを間近で見れるなんて思いもしなかったから、酷く焦る。 だから慌てたようにレオンに勧められた酒杯の中身を一息に飲み干すと、幾分咳き込みながらに言って退ける。 「そ、それじゃあ俺、もう休むよ。明日は早いんだろ?」 そんなエルウィンを見ていたレオンは、少し意地の悪い問いかけを放った。 「…何処へ行くつもりなのだ?」 |
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