act.5 欲求を抑えようとするレオンの意思に反し、既に指先はエルウィンの着衣の裾をたくし上げ素肌を直に滑っていた。 「く…んっ…」 レオンに縋り付き俯き気味だったエルウィンの喉が瞬間反り返る。 「レオン!」 ここでは嫌だと言ったはずだぞ。 抗議の眼差しで睨み付けるが、潤む瞳では大した効果が望める訳は無い。 案の定、レオンはエルウィンの制止の声を無視して首筋に唇を寄せ軽く吸った。 「…っ! レオン…ッ」 文句を放ち、引こうとしたエルウィンの顎を片手で押さえると、レオンは残る手で着衣を剥がして行く。 スルリ、と身に着けていたマントが乾いた音を立てて地面に落ちる音が羞恥心を煽り立て、エルウィンは懸命に抗う。 だが。 「あ…んぅッ…」 剥き出しになって大気に晒された鎖骨に、突然痛みを感じエルウィンはキュッと目を瞑った。 素肌に直接立てられたレオンの甘咬みによって齎されるそれは、 エルウィンの抵抗を封じるに最も簡単な、けれど確実な手段だろう。 己の背に縋っていたエルウィンの指先に力が籠もり、必死にしがみついている状況になったことに満足してレオンは愛撫の手を強めて行く。 不本意な状態に陥とされたエルウィンは、レオンのその行為に怒りを覚えずにはいられなかったが、彼の全身を巡る感覚は確かな快感であり、抗う気などとっくに消失してしまっている。 乱れるに任せた呼吸は、静まり返った森の奥まで響いているようで溜まらない。 誰かにでも聞かれたら凄く嫌だ、と思考の片隅を未だ僅かに残る理性が過った。 羞恥故に、エルウィンの全身が火が出るほど熱くなって行く。 夜気に晒されていると言うのに熱は増すばかりで、着衣は既に上着のみを残し総て脱ぎ払われ、残る上着も肩からずり落ちかけていると言うのに少しも寒さなど感じない。 レオンの与える行為は、既に十分エルウィンを狂わせていた。 愛撫を与える都度に、エルウィンの身体が間断無く震える。 その様が愛しくてエルウィンの顎に添えていた指をゆっくりと降ろし、レオンは乱れた着衣の内側に滑り込ませ胸元から脇腹へ曲線を描く。 その間に彼の唇は首筋から鎖骨、そして更に下方にと絶え間無く蠢く。 「んぁあ…ッ!」 それまで、頑なに喘ぎを漏らすまいと声を堪えていたエルウィンが唐突に嬌声を上げた。 胸に色付く両の突起に、ほぼ同時にレオンの指と唇とが辿り着いた為だった。 引きつるような反応を示すエルウィンに、けれどレオンは容赦などするつもりは無かった。 幾度となく両の突起を摘まんでは解し、唇は軽く歯を立てる。 その繰り返しにエルウィンは身を反らせ、力無く首を左右に振っては掠れた喘ぎを漏らした。 寝台でのそれとは違い、野外での行為は否応無く意識を高揚させて行った。 「あ…あぁ…」 留まることを知らないのか。 レオンの舌先は、エルウィンの腹部から最も過敏な中心に絡み付き、執拗にその箇所を弄ぶ。 レオンの頭髪に縋り着くエルウィンの腕から、ビクビクと痙攣する様が伝わってくる。 張り詰めた箇所は、絡み付く熱に翻弄され忽ち解放を許す。 脱力し、もはやまともに立っている事も適わなくなったエルウィンが、背後に在った樹木に背を預けるのを目を細めて見つめていたレオンは、何を思ったのかその腰に手を伸ばすと、軽々と反転させた。 「…?」 解放の余韻に浸り、ぼんやりと樹木に身を預けていたエルウィンは、唐突なレオンのその行為に逆らう事も出来ず、結果として樹木に向かう形を取らされ、その手が幹に添わされていた。 意図するものは、分かる。 分かるのだが、半分正気を失っているような状態であるエルウィンは、だからその意味を理解するのに手間取った。 幹に縋るエルウィンの腰を掴み、レオンが強引に己の腰を進めてくる。 激しい熱が秘所にあてがわれてやっと我に返るが、その時には既に遅かった。 「ひ…あぁ…ッ!」 己の放ったもので準備したとはいえ、立ったままに捩じ込まれる行為は言葉には言い表せぬ程に強烈で、エルウィンの目の奥を閃光が走り抜けた。 幹に添えていた指先は、あまりの苦悶に樹木の表皮に食い込む。 ガクガクと震える身体が無意識にレオンから逃れようとするが、がっちりと腰を押さえ付けられた状態ではどうする事も出来ず身の内が切り裂かれていく。 肉壁が侵入してくる異物を押し出そうと活発に動き、そこをレオンが更に強引に押し切ろうとする反動で傷付く。 両脚の内側を生暖かい感触を伴うものが流れ落ちて行く事も解らない程、苦しかった。 永続的な苦痛に、感覚が麻痺して来ているのかもしれない。 苦痛から逃れようと激しく頭を振り、掠れた悲痛な叫びを迸らせるエルウィンの眦から、溢れ出る涙が頬を伝って大地を濡らした。 最後の自尊心も崩れ、辺りを憚らず一際高い悲鳴を放った直後、エルウィンは漸く解放を許された。 力の入らぬ疲れ果てた身体を、樹木の根本に委ねるエルウィンの未だ乾き切らない頬の涙をレオンは唇で吸い取ってから、その身体をマントで包んでそっと抱き締めた。 「‥‥‥」 身じろぎひとつ無かったエルウィンの、聞き取れぬ程微かな声が吐き出されたのはその直後だった。 何と言ったのか、とアイスブルーの瞳を覗き込んだレオンにエルウィンは冷酷な言葉を投げ付ける。 「…獣…」 唯一言。 掠れた声音でエルウィンはレオンを詰る。 その言葉に、酷く傷付いたようにレオンの表情が歪む。 自身がエルウィンを傷付けた事実は違えようも無いと熟知している。 繋ぐ言葉が見つからず唯己を見つめてくるレオンの、整い過ぎるほどに整った面に走る陰に、何故かエルウィンは寸前まで全身を駆け巡っていた憤りが次第に沈んで行くのを意識した。 不条理な行為を強いられたと言うのに、だ。 傷付けられたのは自分であり、傷付けたのがレオンであるのに。 「…らぬのだ…」 やっとの事でレオンが紡ぎ出した言葉を耳にして、エルウィンは眉を顰めた。 「何…?」 「解らぬのだ、どうすれば良いのかが…」 レオンの言いたいことが読めなくて、エルウィンはムッと表情を歪める。 「何が、だよ!!」 好きなら何をしてもいいって訳は無い。 例え、どれ程に互いを求めているとしても、だ。 それに、エルウィンは今の行為自体を責めているのでは無かった。 無論、こんな手段も方法も、納得出来はしないけれど。 求め合いたいのだ。 それを理解ってくれないから、怒りが募る。 哀しくて、切なくて、遣りきれなくて。 また、エルウィンの胸中に憤りが溢れて来た。 「何が解らないって言うんだっ?! 解らないのはお前の方だ!」 エルウィンの怒りを露にした声音に、レオンが微かに身を堅くする。 エルウィンの一言一句が、棘のように心を突き刺す。 それでも、黙っていては進展などしはしないから、懸命にレオンは声を絞り出した。 「…どうすればお前を…慈しめるのかが解らない…。想いだけが後から後から溢れて、私はそれを止められない…」 募る想いが、止められない。 レオンが絞り出す声に、エルウィンは言葉を失う。 「何時も…抱き締めていたい…口付けたい…。欲しくて欲しくて堪らない…」 そう呟いてから自嘲気味に薄く笑った。 「お前の言う通りだな…、私は飢えた獣だ…」 そんなレオンを、エルウィンは呆然と見入る。 初めてエルウィンと肌を重ねた夜、確かにレオンは暴走したが、自制する事が未だ可能だった。 しかし、エルウィンとの想いが繋がった後では自制するのが辛くなっていた。 緊張感を強いられる場ならば堪えられる感情も、一度先程のように輝くような存在感を醸し出すエルウィンを目にした途端、強靭で在った筈の精神状況は脆くも崩れ去る。 歯止めを無くしてしまうのは、エルウィンが何より愛しいからだ。 愛したい、慈しみたいと願う気持ちは膨らむだけ膨らんで、結局は傷付ける。 「…どうして良いのか解らない…、こんな時はどうしたら良いのか…誰も教えてはくれなかった…」 レオンは苦し気にくぐもった声音を絞り出すと、常に黄金の髪に隠れた面に指を差し入れ、覆った。 その掌が僅かに震えている。 残された反面の、目に出来る露にされた唯一方の瞳が濡れている。 その、レオンの紫に煙る瞳を見つめ、 「誰も…って…」 言いかけたエルウィンの唇は、その続きを口には出来なかった。 レオンは今までずっと秘めた想いを誰かに伝えた事は無かったのだと言う事を思い出す。 自分のためでなく、エルウィンの為に。 共に戦う事を自ら選んだあの日。 初めて触れ合ったあの夜、レオンはそう言ったのではなかったか。 救われた、と。 自分に出会えて救われたと。 レイガルドの将軍である自分の想い人と知れたら、との危惧からだったとあの時レオンは言っていた。 だが、本当にそれだけなのだろうか。 何かが引っ掛かる。 そんな気がしてならない。 エルウィンがそんな思いに捕らわれていた時、レオンは己の顔の反面を覆っていた掌を抜き出し、その掌をじっと見てから何かを決意したかのように顔を上げる。 陽の落ちた森に差し込む、月光の彩りがそのレオンを照らしだす。 「エルウィン…」 紫の瞳が、一瞬哀しさを漂わせエルウィンを見つめる。 何をするつもりなのか、とエルウィンが怪訝な眼差しで見た時。 レオンは僅かにためらうように、それまで髪で覆っていた反面を掻き上げた。 「…?…」 その意味するところが見えず、首を捻ったエルウィンの瞳が直後大きく見開かれる。 レオンの端正な面を彩るふたつの瞳。 一方は常に目にする紫。 だが、今一方の瞳は、それとは異なる色を月光に晒していた。 決して人には在り得ぬ、色だった。 言うなれば、黄金。 彼の髪と同じ色。 それはとても綺麗な色だと、エルウィンは思った。 だが、そんなエルウィンの眼差しを脅威と受け止めレオンが苦痛に目を伏せる。 その瞬間。 「あ…!」 エルウィンは大きな声を上げた。 その声に、ビクリと目を開けるレオンをまじまじとエルウィンは見つめる。 「それ…凄い綺麗だな…」 「え…?」 目を細め、エルウィンは囁くように呟いた。 「だから、お前の瞳…」 身を乗り出すようにして覗き込むエルウィンの声に、レオンは酷く驚いた。 「こんなに綺麗な色、初めて見た…。何でいつも隠しているんだ…?」 「何故…って…」 こんな奇異な自分を、どうして露に出来るだろうか。 レオンが困惑に息を詰まらせる。 「…誰もが恐れる…だろう?」 人には在り得ぬ色を持つ者など、排除されるのが道理。 幼い頃は、幾度となくこれが理由で囁かれたものだ。 あれは魔物、と。 人では無いものだと。 「露にしていて…良いことなど、一度も無かった…」 だから隠したのか。 レオンの呟きにエルウィンはムッと表情を歪めた。 他の者と違う何かを持つと、人はそれを恐れる。 自分も、そうだった。 不快感にエルウィンは憤る。 「何にも知らないくせに…」 レオンの事を解ってないくせに。 だが、憤りに頭に血が昇った意識はレオンの先程の呟きの意味を思い起こして一気に冷めて行く。 「そうか…だから、なのか…」 誰にも教えて貰えなかったのでは無く、誰も居なかったのだ。 レオンの傍らには。 幼い彼を理解してくれる人は、誰も。 エルウィンは切ない思いを振り切るように、小さく呟いた。 「でも、勿体無いな…こんなに綺麗なのに…」 ずっと見ていたいくらいに綺麗なのに。 「…どの道、こちら側は見え無いのだから隠していようといまいと大差は無いのだが…」 エルウィンの眼差しの真摯さに、レオンは苦い笑みを零す。 「見え無い…って、全然…?」 「ああ…」 レオンの応えにエルウィンは驚く。 左右非対称の瞳は明かな突然変異だ。 両方共見えない訳ではないだけまし、とレオンは思っている。 「信じられない…」 こんなに綺麗なのに。 呟いてから、エルウィンは笑みを浮かべた。 レオンにとってこれを露にする事は、とても苦痛だった筈だ。 それを知らしめてくれた事がエルウィンには何よりも嬉しかった。 誰も教えてくれないのなら、教えてやればいい。 外ならぬ自分が。 それが出来る、許されるのが、この世に己唯一人だとしたなら。 こんなに嬉しいことは無い。 だからエルウィンはそれを口にする。 「…俺が欲しいのなら、そう言ってほしい…」 怒りも憤りも全て消え失せた、穏やかな眼差しでそっと囁く。 「俺が望むのは、お前と通い合う心…気持ちなんだ。一方的なのは凄く嫌だ」 「エルウィン…」 ゆるゆると腕を伸ばし、レオンに身を委ねながら視線を外す事なくエルウィンは言葉を紡ぐ。 「レオン…お前が好きだよ…」 何より誰より、お前が好きだ。 「…エルウィン…」 縋り付いてくる愛しい存在をギュッと抱き締め、レオンの全身は満ち足りた想いに包まれる。 「ありがとう…」 こんな私を受け止めてくれて。 とても嬉しい。 潤むような金と紫の瞳がエルウィンだけを見つめ、それからゆっくりと掌が頬に伸ばされる。 が。 レオンは思い出したようにその手を止めて、エルウィンの耳元に囁いた。 「…口付けても…いいか…?」 途端、エルウィンの頬に朱が散った。 「馬鹿…そんな事、聞かなくっても…いいんだよ…」 耳まで赤く染め、エルウィンは消え入りそうな声音で応えると目を伏せた。 |
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