永遠回帰

序.

 叩きつけるような、水の音がその空間全体を揺るがすかの如くに響き渡っていた。
「…う…」
 そんな中、時折押し殺したような呻きが重なる。
少年の域を脱したばかり然とした若者の喉から、それは絞り出されていた。
 タイル張りの壁面に必死で爪を立てている存在の、それは堪えようとして堪え切れずに漏れ出た苦悶そのもの。
 己の腰を、背後から抱える長身痩躯の端正な男によって齎される刺激に、降り注ぐ水滴と自らの汗に濡れた若者の髪が幾度となく跳ねる。
 そんな様を、能面のような無表情さを面に張り付けた男が見下ろしていた。
「…思い出せ…」
 ゆっくりと屈み込み、己が腕にした存在の耳元に唇を寄せて、男は囁く。
「思い出すんだ…」
 再度紡がれたことばに、けれど。
 応えは無かった。
 応えようとする気配さえも、全く。
「・・・」
 背面に在る自身からは伺い見ることは出来ないが、恐らくはギュッと目を瞑り、唇を噛み締め彼の言葉を無視しているのだろう。
 男の識る若者は、そう言う性格の主だ。
「…っ…」
 男は苛立たしげに舌打つと、荒々しく若者の腰を引き寄せた。
 刹那。
 空間を細かい悲痛な喘ぎが支配した。





ACT.1

「うげげ…」  
 大袈裟に舌を出した後、クラウドはぐったりした表情で移動用トラックのシートにもたれ掛かり奇怪な声音を吐き出した。  
「クラウド、ホントお前って乗り物に弱いのな…」  
 呆れたような口調でケラケラ笑う親友ザックスの台詞に、クラウドは本気で殴ってやろうかと思ったが、どうせあっさり躱されるに違いないので止めた。  
 新羅保安部の誇る精鋭、まさにエリート中のエリートであるソルジャークラス1stであるザックスに、一般兵の自分が適う訳が無い。
 悪ふざけのじゃれあい程度でも、己の拳がザックスに決まった事はこれまでに一度として無いのでも十分解る。   
 その上に、車酔いでヘロヘロな状況が追い打ちを掛けている現状ではそんな事をする気も起きないと言うのが本音だった。
「…ザックスなんかキライだ…」
 言った途端。
 バンバンと背中が叩かれた。
「でも俺はお前が好きだぜ?」
 ニコニコと満面に笑みを浮かべて言う親友に、悪気が無いのは知っている。
 知ってはいるけれど。
 よりによってこんな時にからかわなくても良いと思う。
「ザックスから話には聞いていたが…乗り物酔いとは、そんなに苦しいものなのか?」
 俺はそんな事になったことが無いから良く解らないのだが。
 そう言ったのが、クラウドの憧憬を一身に集める、英雄セフィロスだったりするのが大問題なのだ。
「あ…はい…」
 思わず答えてからクラウドはザックスを横目で睨み付ける。
 そんな事までセフィロスに話す必要なんて無いじゃないか。
 顔面一杯に不満を露にしたクラウドから、慌てたように視線を背けるザックスを、心の中で詰った。
「乗り物酔いは飲んだのか?」
 セフィロスの声が、降りてくる。
 いつの間にかクラウドの隣に移動している彼の人に問いに、クラウドは小さく頷いた。
「…体質らしくて…、効かないんです…」
 何とか応えるクラウドの金色の頭髪が、唐突にくしゃりと撫でられる。
 それを齎したのが外ならぬセフィロスである事に、驚いてしまう。
(ぅわ…ッ)
 あまりの事態にクラウドは何をどう応えればいいのかが分からなくなるという状況に陥った。
「大変だな…」
 穏やかな声音が至近距離から聞こえて、凄く緊張する。
 どうしてこんなに優しくされるのか、理解出来ない。
 ドキドキして顔が上げられない。
「…だが、間もなく目的地のニブルヘイムだ」
 もう少し辛抱するんだな。
 憧れの英雄の言葉に、しかし既にクラウドは応えられる状態では無かった。


 生まれ故郷のニブルヘイムの町並みは、懐かしさよりも苦しさをクラウドに齎す。
 その理由も、彼には分かっていた。
 幼なじみのティファが明るく振る舞っている様を目前にしているからだ。
 ヘルメットで顔を隠しているので、彼女には此処にいる新羅の兵士がクラウドであるのだと分からないのだ。
 切なげな眼差しで、はしゃぐティファを見つめている自身に気が付いて、クラウドはそんな自分をごまかすように視線を背けた。
 そんなクラウドの視界に飛び込むのは、新羅屋敷と呼ばれる古びた建物だった。
 子供のころは肝試しなどを決行しようとして大人たちに叱られたことも在る建築物。
 その大窓に、何気に流れたクラウドの蒼い瞳が、そこに立つ人影を映し出した。
(え… )
 かつて新羅の科学者が住んでいたそこには、今では誰もいない筈だ。
 だが。
 そこに確かに一人の人物の姿が在った。
(…あ…)
 表情まで読み取れる訳ではないのだが、何故かその人影の眼差しは憂いに満ちているような気がしてならなくて。
 思わずもっと良く見ようとクラウドが身を乗り出した時。
「そろそろ行くぞ?」
 ザックスの声が不意に掛けられた。
「あ、うん…」
 慌てたようにザックスへ振り返ってみれば、セフィロスとザックスと一緒に写真をと望んだティファの願いで行われていた三人での撮影は終わっていた。
「どうしたんだ?」
 訝しむザックスに、何でもないと口許に笑みを象ると、
「そうか…なら良いんだけどさ…。遅れるなよ?」
 ザックスは既に歩きだしているセフィロスを追った。
 ホッと安堵の息を漏らし、視線を元の大窓に向けてみれば。
 そこに先程の人影は無かった。
(あれ…?)
 見間違えたのだろうか、と怪訝に首を傾げてから意識を任務に戻してクラウドはとっくに小さくなってしまっているセフィロスたちに追いつくべく駆け出した。
 これ以上遅れまいと必死に走るクラウドは、だから気が付かなかった。
 その大窓に再び人影が立ち、クラウドの背を見つめている事に。
 まるで焔の如きその人物の真紅の瞳が一瞬だけ細められたかに見えた次の瞬間には、クラウドが感じた通りの、まるで憂いを湛えているかのように揺らめいていた。





「ふう…」
 眉間に縦皺を寄せ、重苦しい溜め息を吐き出すザックスを見つめるクラウドには、けれど何も出来ずにいた。
 魔晄炉の調査、と言う単純な仕事の筈だった今回の任務でアクシデントが多発してしまっていた。
 想像以上に大きな問題が起きたらしく、魔晄炉の調査を終えてからのセフィロスと一般兵のクラウドには理由は知らされはしなかったが、ザックスの様子が一変したのだけは見て解る。
 魔晄炉からニブルヘイムの町に戻って以来、声を掛けても応えず、食事も取らず、まるで何かに取り付かれたかのように新羅屋敷の最深部にある書庫で調べものを繰り返すセフィロス。
 クラウドが何を言っても唯生返事のみで応え、己の思考に没頭し時折深く重苦しい溜め息を漏らすザックス。
 否、未だザックスはましな方だろう。
 少なくとも、心此処に在らずな状態でも、しっかり食欲は有って出された物を口にはしてくれるのだから。
 問題はセフィロスだ。
 と、なればクラウドに出来る事と言えば、些細な事がひとつだけだ。
「そう言う訳だから」
「…ザックス、俺ちょっと行って来るよ…」
 先程宿屋の女将に作って貰ったサンドイッチを手にしたクラウドが声をかければ。
「何処へ?」
 間の抜けた問かもしれないが、寸前まで己の思考に没頭していたのだから仕方がないだろう。
「…セフィロスさん、この所ちゃんと食べて無いみたいだからさ…」
これ、持って行こうと思って。
 クラウドが手にしたサンドイッチを見せると、ザックスは呆れ混じりの苦い笑みを浮かべた。
「無駄だと思うけどな…」
「…無駄でも良いんだよ」
 やっとの事で口にしたそれを聞き届けたクラウドは苦笑混じりの笑みを零した。
 今、自分に出来ることなんて、これっくらいしかないんだから。
 クラウドの言葉に、ザックスは言葉を失った。
 ニブル山の魔 炉内部での事実は、極秘事項だ。
 例え、同じ新羅の者でも一般兵であるクラウドには決して語れはしない内容なのである。
 だからセフィロスは言うに及ばず、ザックスもまた炉心部での事は口にはしなかった。
 出来なかったと言うのが正しいだろう。
 ニブルヘイムに戻ってから、ザックスの心を占めていたのは、まさにあの炉心に於ける現実なのだから。
「そう言うわけだから」
 呟いてクラウドが出て行きかけるのを見た途端、ザックスは何故か急に心を過る不安めいた感覚に襲われ慌てたように呼び止める。
「あ…っ、クラウド!」
「なんだよ、唐突に大きな声出して?」
 突然のザックスの怒声のように張り上げられたそれを訝しむように首を傾げて言葉を促すが。
「あ…いや…」
 何かを言いたいのに、それが旨く言葉にならない。
 もどかしさに唇を噛み、諦めたように唇から呟きを漏らすに至った。
「…気をつけろよ…」
「? 何に気を付けろって? おかしな奴だなぁ…」
 そんな応えを返し、それでも心配してくれる友人に感謝の気持ちで片手を上げて礼をすると宿屋を後にした。
「クラウド…」
 そんなクラウドの後ろ姿を見送ったザックスは、その時になって漸く意味を成す言葉を吐き出した。
「済まないクラウド…何も言ってやる事が出来なくて…」
 苦しげに言葉を吐き出し、俯く。
 極秘事項やセフィロスの異変などを、ソルジャーである自分が伝える訳には行かないのが、苦しかった。
「済まない…」
 もう一度謝罪の言葉を口にするが、それは無論、当のクラウド本人には決して届く事は無い。  
 だが。
 そのせいで、後にどれ程後悔してもしきれず、己の心を苛む事態がクラウドの身の上に起きてしまうことになろうなど、ザックスが知る由もなかった。





 新羅屋敷最深部。
 地下を掘って作り出されたのだろう回廊の果てに在る奇妙な道具類に彩られた空間である研究室の更に奥に伺える書庫で、雑多な書物を積み重ねてはそれらを片端から読破しているのだろうセフィロスの背中に、クラウドは何度目になるのか忘れた言葉を放つ。
「セフィロス…食事を持って来ました…。此処に置いときますから…」
 クラウドの言葉に、けれどセフィロスの応えは無い。
 数日前からの同じパターン。
 けれどクラウドは諦める事を知らず、繰り返し続ける。
「じゃあ俺、宿に戻ってますから。…ちゃんと食べて下さい」
 言ってから暫くの間決して返らない応えを待つが、軽く息を整えてから踵を返すと研究室と回廊を隔てる扉を閉めめた。
 その直後、扉に背を凭れ掛けて深く溜め息を吐き出し項垂れる。
 クラウドの吐息が剥き出しの岩肌に包まれた空間に僅かな反響を齎した時だった。
「…随分と無駄な事を繰り返す…」
 唐突に低い声音が掛けられたのは。
 それも、酷く間近から。
「えッ…あ…ッ!」
 懸命にそう言い放とうとするのだが、それが言葉として成り立たない。
 驚愕に顔を上げれば、そこには直ぐに人の顔。
 しかもその人物は、ニブル山へ調査に向かう前に屋敷の大窓に佇んでいた人そのものだったのだ。
「貴方は…あの時大窓から俺たちを見下ろしていた…!」
 驚き覚めやらぬクラウドの、その声に彼の人の口許が微かな笑みらしきものを象った。
 その途端、頬が突然熱を帯びた。
 彼の存在の余りにも端正な容貌に、目許までもが熱さを増した。
 今の自分の目許にも頬にも、朱が走っているだろうなど知らず、クラウドがポカンと口を開けたまま彼の人を見上げていると、
「…お前がしている事は、無駄な事だ…」
 男は淡々とした口調で先程と同じ言葉を募らせた。
 途端、クラウドがムッと表情を顰める。
「そんな事は無い!」
「…ならば、あのソルジャーは何故、お前に全く応え無いのだ?」
 男の台詞にグッと言葉に詰まり、クラウドの視線が再び俯き気味に陥る。
「きっと…何か訳が有るんだ…だから…」
それを調べるために集中していて、俺に気付いてはくれないだけだ。
 自分と言う存在如きに彼のセフィロスがいちいち心を砕いてくれる筈なんて、端から無いと言う現実がクラウドに重くのしかかる。
 セフィロスは新羅の誇る英雄で。
 自分は一介の新羅兵。
 それが全てだった。
 親友のお陰で、一緒に話したりする機会に恵まれはしたものの、そんな事は誰に言われるまでも無くクラウド自身が一番良く理解っているつもりだったのに。
 だのに、目前に在る、端正な面差しをした男に思い知ららされるまで忘れていた。
「…っく…」
 唐突に鼻の奥がツンと痛み、競り上がってくる切なさを堪え切れなくてクラウドは微かな嗚咽を漏らした。
「お、おい…」
 驚いたのは端正な面の、男だった。
 突然泣き出すとは思わなかったので、どうしていいのか解らなくなり。
「…茶でもどうだ…」
 彼の唇から、自身さえ思ってもみなかった言葉が口を突いて出てしまっていた。
「・・・」
 男にとっても唐突だったように、誘われたクラウドにも唐突過ぎて、何度も何度も瞬きをしてしまう。
 まじまじと見つめてくる大きなアイスブルーの濡れた瞳から慌てたように視線を外したのは、男の方だった。
 口から出た言葉は取り戻せなかったが、無理に覆す必要も、無かった。
「…どう、する…?」
「…御馳走に、なります…」
 少し掠れた声音で答えるクラウドに、
「…ヴィンセントだ…」
 脈絡無く自身の名を告げると、男はついて来いと顎で示すなりスタスタと歩き出す。
 その後ろを追いながらクラウドは、
「クラウド、です」
ヴィンセントに己の名を伝えるのだった。
 意志の疎通らしきものを奇麗に吹っ飛ばしての、それが二人の出会いだった。





 年代物らしいカップに注がれた紅茶の、豊饒な香りが室内に充満する。
 目前に置かれたカップを目で追っていたクラウドは今、殺風景にしては行き過ぎる室内に唯一備えられた、とある物体の上に居心地悪げに腰を降ろしていた。
 それは、例えどんな場所であろうと決してそぐわないだろう漆黒に染め上げられたモノだ。
「…変わった趣味なんだ…」
 漆黒の物体を指しての事だと解らぬヴィンセントでは、無い。
「…趣味、なのではない。これが私に一番相応しい代物なだけだ」
「一番相応しい…?」
 ヴィンセントの容姿と物体との関連性が見えず、クラウドの思考は結論が出せずに空回りする。
 無理も無いだろう。
 彼らが居るのは、セフィロスが籠もっている研究室に程近い場所に設置された大扉の内側に設えられた無愛想な部屋であり、二人が腰掛けているのはどこからどう見ても、棺桶そのものなのである。
 敢えてその事には触れないでおこうとは思ったのだが、流石にそれこそ無駄な足掻きと言うものだ。
「俺は…こんなのヴィンセントには全然似合わないと思うけど…」
 困惑を露にしたクラウドの応えに、ヴィンセントの目が僅かに細める。
「何故、そう思うのだ?」
「何故って…」
 ヴィンセントの囁くような低い声に、クラウドは困ったような眼差しで彼を見た。
「だってヴィンセントは…その…、男の俺から見ても美形だし、背も高いし…」
 その、クラウドの脈絡の無い呟きは、彼の多大なコンプレックスから来ているものだ。
 幼い容姿と伸び悩んだ身長と言う。
 明かに大人然とした容貌のヴィンセントが羨ましくて、つい視線を落としてしまうクラウドの気持ちが彼に伝わるには言葉が足りなかった。
「…何だ、それは…」
 クラウドにコンプレックスがあるように、ヴィンセントにもまた、人には決して言えない筈の苦渋な現実が潜んでいたのだ。
「クラウド」
 ヴィンセントの己を呼ぶその声が、先程までのものとは明かに違っていると気付いて、クラウドが怪訝に顔を上げた先に。
 表情さえも失った無気質な貌のヴィンセントが、いた。  
「…これでも、か?」  
「え…?」  
 クラウドに覆い被さるように身を屈ませ、冷淡とも取れる声音をヴィンセントは絞り出す。  
「これでも、お前は先程と同じことを口に出来るか?」  
 怖い程の眼差しでヴィンセントが囁くと、彼は己の頭部に巻き付けてある真紅の布を引き剥がす。  
 瞬間。
 クラウドの両眼が、これ以上無いほどに大きく見開かれた。
 寸前までとは打って変わった異様な気配が、室内に充満する。
 ヴィンセントの端正な面からは想像も出来ない異質な感覚を伴うものが大気に晒され、クラウドは力無く首を横に振るしか出来なかった。
 彼の端正な眉が苦々しげに顰められる様は、俯いたクラウドの目には映らなかった。
 それは人には決して在り得ない、まるで竜か何か伝説上の生き物の表皮にも似た物質。
 鱗、だ。
 脅威と恐怖とでぐちゃぐちゃになった感情とは全く別のところで、クラウドはぼんやりとヴィンセントの面を彩るそれを見つめていた。
「クラウド…?」
 ヴィンセントの全身を包む異様な気配と、彼自身の冷淡な眼差しの二重奏が、クラウドに叩きつけられる。
「解っただろう…この棺こそが、私に最も相応しき…安息を齎す唯一のフィールドなのだと…」
 ヴィンセントの声音からは感情の一切が感じ取れはしなかったが、その真紅の瞳に僅かでは在るが確かにあの時クラウドが見たものと同じ憂いが浮かび上がっていた。
「…だから、なんだな…」
 ポツリ、とクラウドは呟く。
「だからこんなにも、貴方の瞳は哀し気なんだ…」
「な、にを…」
 吐息のように零れ落ちるクラウドの言葉にヴィンセントの口許が、微かに歪む。
「苦しい、よね? そう言うの…」
 何故か先程までの脅威も恐怖も、もうクラウドの中の何処にも見当たらない。
 それほどにヴィンセントの眼差しは、切なくて。
 見ているだけで、切なくて。
 だから、クラウドの唇は紡ぎ続ける。
「だって…俺は、見てしまったから…」
 クラウドの指がゆっくりとヴィンセントの面の一部を覆う細かな鱗に伸ばされる。
 ヴィンセントにはクラウドが何を言いたいのか、何をしようとしているのかが解らなくて、つい彼の名を訝しむように呼んでしまう。
 だが、触れてくる人の温もりが不快な筈も無い。
「二度も…ヴィンセントの哀しい瞳を見てしまったから…」
 慈しむようにゆるり、とクラウドは鱗のような堅い感触の皮膚を撫でる。
 幾度も幾度も。
 ヴィンセントは、そんな行為が信じられなくて、驚きに瞳を見開きクラウドを見つめると、無意識に右の掌を彼の指に重ねた。
 もう二度と在りはしないだろうと思っていた、自分へ与えられる暖かな人の温もりが掌を通してヴィンセントの全身に巡って行く。
「クラウド…」
「うん…?」
 見上げるクラウドの蒼い瞳が、ヴィンセントの真紅の瞳と交わる。
「…お前の温もりは…心地良いな…」
 ヴィンセントの囁きに、既に冷淡さは伺えない。
 どちらかと言うと、とても優しい。
「ふぅん?」
「お前は優しいのだな…」
 言われた途端、照れたようにクラウドは笑みを零す。
「そうかな?」
「ああ、だから…」
 そっとヴィンセントの掌が、クラウドの指先から離れて、頬へと移動する。
「だから?」  
「もっと…甘えたくなる…」
 その掌へ、今度はクラウドが己の指先を這わせた。
「大人の癖に…?」
「…大人だから…」
 苦笑するヴィンセントの言葉が意外で、クラウドはクスクス笑う。
「そんなもんなんだ」
「そういうものだ…」
 ヴィンセントの吐息を間近に感じてゆっくり目を伏せると、
「大人って、面倒なんだな」
 こっそり囁いた。


  
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