永遠回帰
ACT.2 ぱさり。 身を覆っていた着衣が床に落ちる音を、やけに大きいと感じてしまうのは多分その都度、自身の肌がヴィンセントの眼下に晒されてしまうからだろう。 最後の一枚が剥ぎ取られ、生まれのままに立ち尽くすクラウドを一瞬強く抱き締めた後。 ヴィンセントは己の身を包んでいた真紅のマントを外して柩の上に広げると、そこにクラウドを導いた。 横たわる未だ、大人に成り切らない若枝が如き四肢が酷く眩しく感じられる。 身を堅くしているのは、羞恥故にか。 それとも、未知の領域に足を踏み入れる微かな恐れからか。 ギュッと強く目を瞑り、クラウドは身体を小刻みに震わせる。 友人たちとの話でくらいは聞いたことが有る、同じ性別同士の行為を受け入れようとしている自身に驚きを感じない訳では無い。 でも、拒みたくない。 目前に在る、とても哀しい人を。 だけど、怖い。 そう。 怖いのだ。 自分がどんな事になってしまうのかが解らなくて、とても怖かった。 それ故に身が強ばり震えてしまうのだと、やっとクラウドは自覚した。 そんなクラウドが手に取るように分かるのだろう。 少年の緊張を解きほぐそうと、ヴィンセントの唇がクラウドの唇に重ねられる。 最初啄むようだった口づけが、次第に濃厚なものへと激変して行くに従って、強ばってクラウドの四肢が弛緩して行く。 「は…ぁ…」 暫くの間貪るようなそれが繰り返され、漸く激しい口づけから解放されたクラウドの唇から吐息が漏れ出る。 心臓が口から飛び出てしまいそうに激しく胸を上下させるクラウドを見下ろすヴィンセントの口許に、微かな笑みが浮かび上がったのもつかの間。 彼の指先はクラウドの頬に伸ばされたと思うと緩やかな動きで顎へ、首筋へ、そして鎖骨へと緩慢に流れて行った。 擽ったさにクラウドが身を捩ろうとした時。 ヴィンセントは唇を首筋に押し当てて、軽く吸い上げた。 「あ…ッ」 初めて齎されたその奇妙な感覚にクラウドは思わず声を上げ、直後赤面した。 まさか声を上げてしまうなんて。 女じゃ在るまいし。 気恥ずかしさに思わずヴィンセントを見遣れば。 彼の口許に、確かな笑みが浮かび上がっていた。 カァッと顔面に血が集まり、真っ赤に面を染めたクラウドが可愛い。 己から慌てたように視線を外してキュッと目を瞑る、その様も愛しくて。 ヴィンセントの目が嬉し気に細まった。 「可愛いな…クラウド、お前は…」 囁きくヴィンセントに何を応えれば良いと言うのか。 クラウドの唇が恥ずかしさ故に噛み締められた。 それを眺めた後、ヴィンセントの唇は再びクラウドの肌に吸い付く。 それから直ぐに指と唇とがほぼ同時に、胸の突起に絡み付き、淫猥に蠢き始めた。 強く、弱く。 舌は嬲るように嘗め上げ、指先はつま弾くように捩り。 クラウド自身が思いもしない程、敏感だった尖りは忽ち堅く立ち上がり、もはや声を押さえる事など到底出来そう無かった。 「ん…んん…ッ」 切ない息を含んだ喘ぎを漏らすクラウドの両手がヴィンセントの頭部に伸ばされ、漆黒の頭髪に絡み付く。 押し返そうとするかのように力が次第に強まるが、ヴィンセントは動じる事なく執拗にクラウドの尖りを嬲り続ける。 「…も、やぁ…」 しまいにクラウドが音を上げ、首を激しく左右に振って逃れようとするのを無視して、ヴィンセントは尖りに軽く歯を当てた。 「ぁあ…ッ」 堪らずクラウドの喉がのけ反る。 その時になってやっと、ヴィンセントの唇と指先とが尖りから離れるが、脇腹から腰へのラインを経て身体の中心にと苛める箇所が変更されたに過ぎなかった。 「あぅ…んッ」 それまでの行為などとは比較にならない、真の意味での快感にクラウドは高めの声を放つ。 「は…ッ、はぁ…ん…ッ」 尖りへの愛技でとっくに起っていたそこは、やはり執拗な舌と指とで同時に責めら立てられ、忽ち解放してしまうに至った。 目眩がしそうな程に、クラウドの呼吸は乱れていた。 だが。 解放の余韻に浸る間も与えず、ヴィンセントのクラウドへの愛撫は続いていた。 「ぅあ…っ」 放たれたクラウド自身の体液で濡れた指が、中心から更に奥深い箇所を弄り、弛緩しきった内部に滑り込んで来る異質な感覚に、クラウドは再び身を強ばらせかけた。 けれど、中心に絡み付き微妙な刺激を与えるぬめった舌先の動きに忽ち意識が取られ、ヴィンセントの指は秘所の奥へと潜り込んだ。 「うッ…く…」 快感と悪寒とが絶妙に交差する感覚にクラウドはついて行く事が出来ず唯、呻く事しか出来なかった。 ぬめる体液の助けを借りて内壁を暫く弄っていた指が引き出された、ホッと安堵の息を吐き出す間もなく、中心が再び熱を放とうと激しく主張しだす。 どうにもならない快楽に身体をずり上げようとした頃合を狙ったかのように、ヴィンセントの舌がクラウドから不意に離れた。 「あ…?」 達する寸前に突き放され、困惑するクラウドの腰が持ち上げられた次の瞬間。 ヴィンセントは己の猛りをクラウドにあてがり、幾分強引に腰を沈み込ませた。 「ぅあぁ…ッ」 灼熱。 それはきっとこう言うことなのだろう。 激しく痛む、というより凄まじい圧迫に身が開かされて行く感覚を表現するとしたならば。 侵入しようとする強い力と、押し出そうとする肉壁が激しく内部でぶつかり合って確かな苦痛を齎し、クラウドの腕がヴィンセントを押し退けようともがく。 間断なく悲痛をも伴った喘ぎ声がヴィンセントの耳を打ち、彼の侵入が阻止され掛けるが。 「…く…ぅあ…」 ぼんやりと微睡むクラウドの、汗に濡れた金色の髪を優しく撫で上げながら、ヴィンセントはその額に唇を寄せる。 苦悶と圧迫とに萎えかけたクラウド自身に指を添え、再び軽く刺激を与えると、肉壁の抵抗が僅かではあるが緩まる。 「はぁ…」 ヴィンセントの腕に身を委ねていたクラウドが、深い深い吐息を吐き出す。 その隙を逃さずクラウドの脚を抱え上げると、ヴィンセントは自身を激しく穿った。 「あぁッ」 迸るのは、悲鳴。 見開かれる蒼の瞳から、涙が滴る。 クラウドの自身は限界を越え、再び解放が促されるのとヴィンセントの荒い息が吐き出されたのは、同時だった。 「…あれって、結構苦しいもんなんだな…」 ポツリと漏らした言葉に、 「済まんな、精進が足らなくて…」 ヴィンセントが苦笑混じりに応えを返す。 「そう言う意味じゃ無いよ…」 そんなヴィンセントにクラウドもまた、苦笑を零す。 「こう言うのって、慣れが必要だって…聞いたことが有るから…精進するのって、つまり俺の方だと思う」 「…そう、だろうか…?」 クラウドの呟きにヴィンセントは訝しむように言葉を零した。 「うん、そうだと思う。だから沢山経験を重ねないと」 あっさりと言って身を起こすクラウドに、ヴィンセントは更に困惑した。 「それは…」 どう言う意味、だ。 ヴィンセントの問いかけに、 「どう言う意味だと思う?」 意味深な返答をすると立ち上がり、大きく屈伸するとクラウドは床の上に散らばった着衣を手早く身に着けた。 若さ故の回復力なのだろう。 先程までの痛ましさは微塵も感じ取れはしない。 「…解らぬ…」 困ったように応えるヴィンセントを覗き込み、今度はクラウドが唐突に尋ね返す。 「所でヴィンセント。何で、俺な訳?」 「いきなり、だな…」 「何でだ?」 自分の問いには応えぬのに、クラウドはまじまじとヴィンセントを見つめて応えを待つ。 「…気になったからだ…」 諦めたように嘆息して、ヴィンセントは応えた。 「この前、給水塔に居る面々の中…ひとりだけ、孤独な気配に包まれている小柄なヤツが…酷く、気になった」 滅多にこの部屋から出ない自分が、たまの気まぐれで室外に出て、偶然窓の外に居た年若い新羅兵の醸し出す孤独が伝わって来て。だから見つめた。 それが自分のことだと分かって、クラウドは唇を突き出した。 「小柄…は余計だよ…」 そんなクラウドに、苦笑を零しヴィンセントは続けた。 「…それから数日経って、戻って来たと思ったら…奥の書庫に出入りしているお前を見かけて。…見続けていたら、放っておけなくなった…」 ヴィンセントの言葉にクラウドの目が細まる。 「ずっと…見てたんだ?」 「ああ…」 「そっか…」 ヴィンセントの応えに満足したのだろう、クラウドの目が僅かに伏せられる。 「…クラウド、今度は私の質問に…」 応えてくれと言いかけたヴィンセントに、クラウドは不意に唇を寄せると啄むように口づけた。 「…これが、応えだよ…」 「ク、クラウド?」 唐突な口づけに焦るヴィンセントに、クラウドは満面の笑みで応えた。 「い、一体…」 「これでも意味、解らないんだったら明日、教えたげるよ」 「あ、明日…?」 「そう、明日。それまで悩んどいて」 クスクス笑うクラウドに、 「…分かった…」 ヴィンセントは真顔で頷いた。 「じゃあ、また明日な!」 元気良く部屋を出て行くクラウドの後ろ姿を見送り、今までずっと孤独に苛まれていた心が暖かくなって行くのをヴィンセントは穏やかな気持ちで感じていた。 「全くヴィンセントは…あれで解んないなんて、冗談ばっか言うんだもんな…」 回廊を抜けて、屋敷に通じる長い螺旋階段を上がりながら、クラウドはクスクス笑う。 「解ってる癖に、さ…」 ふと足を止めて、クラウドは吐息を漏らす。 「…にしても、ホント…結構きつかったな…」 身体の中心が未だ鈍く疼いている現実が、ヴィンセントと確かに身を重ねた証しなのだと自覚した途端。 クラウドの面に朱が走った。 「もう一寸、手加減してくれればいいのに…ヴィンセント の…バカ…」 照れたように零して、クラウドは再び階段を昇り始めた。 いつも以上に長く感じながらも、やっと螺旋階段の終わりに有る扉に辿り着く。 その向こう側へと潜り抜けたクラウドの目が、その瞬間驚きに見開かれる。 そこに立つ、長身の存在によって。 「セフィロス…?」 どうして、ここに。 問いかけようと口を開いた刹那。 背中に突然衝撃を感じ、息が詰まる。 セフィロスの左手がクラウドを壁に押し付けた為だ。 「ぐ…」 何を…していた…」 低く、感情の籠もらない声が落ちてくる。 「セ、セフィロス…」 左の掌に顎を持ち上げられ、苦しげに彼の人を見上げたクラウドの首筋に散る、ヴィンセントの名残が露になり、セフィロスは眦を吊り上げる。 「これは、何だ」 鋭さを増した口調に、クラウドは応えに窮する。 何をどう応えても、仮にも任務中にある身の上のクラウドだ。 上司であるセフィロスの機嫌を悪くするだけなのだ、と考えれば考える程思考は空回りする。 「応えられんのか?」 冷淡な声音が真上から叩きつけられたかと思うと、セフィロスは次の瞬間信じられない行動に及んだ。 「…ッ」 身を屈めヴィンセントの付けた赤い印しの上に己の唇を重ねると歯を立て鋭く吸い上げたのだ。 「や、止めろ…セフィロスッ!」 一瞬、ギョッと身を竦めたクラウドだったが、我に返ると大声を上げ必死の抵抗を試みる。 何とかセフィロスを押し退ける事に成功して、逃げ出そうとしたクラウドの背後で、ガシャン、と陶器の割れる音が響き、何事かとつい意識を取られ振り返った先に有ったのは、クラウドがセフィロスに食べて貰おうと持って行ったサンドイッチを乗せていた器の残骸がその当人の足元に散らばっている様だった。 「あ…」 先程までだったなら、食べて貰えたと喜んでいただろうものを乗せていた物体が、無残に散っている。 クラウドの背筋に訳の分からない戦慄が駆け上がり、脅えたように一歩、また一歩と後退さる。 無意識に着衣の前を合わせるように握り締めるのは、寸前のセフィロスの行為に対する警鐘からだったが、逆効果を齎すのには十分過ぎる程だった。 クラウドが一歩下がればセフィロスが一歩を踏み出し、二歩下がれば同じく前に出る。 言葉にならない緊張感に屈するのは、時間の問題だった。 唇を戦慄かせ、クラウドは恐る恐るに脱出態勢を整えようと旦息を飲み込み身構えると、一気に駆け出した。 逃げなくては。 兎に角、逃げなくては。 クラウドは必死に新羅屋敷の廊下を駆け抜けた。 そうして、後少しで外に出られると言う直前。 クラウドは後ろを振り返り、セフィロスの姿がそこに無い事に安堵して、玄関へ向き直った途端。 腹部に激しい衝撃が走った。 ガクリ、と膝を付き、倒れ込む寸前。 「鬼ごっこは、終わりだ…」 冷酷な声音が薄れる意識に飛び込んだ。 待ち受けていたのは、悪夢。 身を裂かれ、貪られ。 苦痛の悲鳴も掠れ果て、気を失っては取り戻し、また意識を無くす。 繰り返し繰り返し。 そうして目覚めて、未だ悪夢に有るのだろうか否かを訝しみセフィロスの姿が無いことに胸を撫で下ろして身を起こす。 「ぐ…」 途端、体が真二つになってしまうのでは無いかと思える激痛にギュッと歯を食いしばる。 暫くの間身じろぎひとつ出来なかったが、それでも何とか身支度を整えて、古びた寝台から降りノロノロと屋敷の外に出たクラウドの眼前に広がるのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。 業火に嘗め尽くされるニブルヘイムの町を唖然と見てめたクラウドは、ハッと我に返って駆け出した。 ここには母が、友人が、幼なじみの少女が居るのだ。 何が起こったのか考えるのは、後でも出来る。 助けなければ。 みんなを助けなければ。 そんな思いに支配されたクラウドに、もはや身を裂く痛みなど感じる暇は無く。 「母さん…!」 家の前に辿り着いたクラウドが母を呼びながら扉に手を掛けた瞬間。 内部から凄まじい爆炎が走り、クラウドに襲いかかった。 「うあッ」 避け切れず、真面に炎を浴びて倒れ臥すクラウドの耳に住民の悲鳴が飛び込んだ。 重度の火傷に引きつりながらも、その声のした方向へ視線を巡らせれば。 霞む視線の先に、愛刀を軽々と一閃し更なる犠牲者を生み出すセフィロスの姿が在った。 一体、彼は何をしているのか。 何のために、こんな残酷な事を繰り広げているのか。 己の前に在る存在全てを惨殺し、立ち去って行くセフィロスを唯、見ることしか出来ない自身にクラウドが絶望した瞬間だった。 暖かな波動に包まれ、全身を苛んでいた苦痛の全てが突然消え失せたのは。 それが回復のマテリアによって齎される波動だと理解したクラウドへ、怒鳴るような声が放たれた。 「大丈夫か、クラウド!」 「…ザックス?」 クラウドの応えにホッと息を吐き出し、それからザックスは不意に立ち上がると言った。 「…住民の救助を頼む…」 「ザックス…は?」 火炎に焼かれた制服の上着を脱ぎ捨て、クラウドが答えの分かり切った問いかけを唇に乗せる。 「俺はヤツを…セフィロスを止める…」 愛用のバスターソードを肩に担ぎ、決意を秘めた眼差しでセフィロスが向かった方角、ニブル山を睨み付けるザックスを止める術は無かった。 だからクラウドは素直に従うしか無く。 「…分かった…」 応えに一度だけ頷きで返し、ザックスは駆け出した。 セフィロスを追って。 ザックスを見送った後、クラウドは町中を走った。 生存者の姿を求めて。 けれど、それが徒労に終わる頃、クラウドの胸に怒りが灯った。 許せない。 どうしても許すことなんで出来ない。 自分には些細な力しか無いかも知れないけど、一矢報いたかった。 無論、心残りは在るが。 (…ヴィンセント…) 一度だけ新羅屋敷を振り返り、グッと両の拳を握り締めるとクラウドは踵を返しニブル山の魔晄炉を目指した。 何処で狂ってしまったのだろう。 何が、そうさせてしまったのだろう。 一度ズレてしまった歯車は、二度と元には戻らないのか。 それが、運命の歯車なのだとしたなら、誰に答えを求めればいいのか。 血塗れのティファとピクリとも動かないザックス。 そして。 セフィロスの刃に貫かれている自分。 何故なんだろうと、漠然と脳裏に描いた途端。 ゴボリ、と大量の血液をクラウドは吐き出した。 それを恍惚の表情で見つめて、セフィロスは囁く。 「…俺だけで、いい…」 クラウドを手繰り寄せ、セフィロスは言葉を募らせる。 「お前の中に存在するのは、俺だけで十分だ…」 常軌を逸した眼差しでクラウドを間近に見つめるセフィロスの、狂気も既に遠くに感じていた。 「全て…消してやろう…。俺以外の全てを…」 ゆらり。 セフィロスの指先がクラウドの額に押し当てられ、ズブズブと音を立てて潜り込んで行く。 「…特にあの男…、ヴィンセントと言うのか? 彼奴の事は念入りに、な?」 ヴィンセントの名を耳にしたクラウドの意識が、急激に覚醒する。 「やめ…ろ…ッ」 そんなクラウドに冷笑を向けて、セフィロスは低く囁く。 「お前は…俺のものになるのだ…」 「ち、が…う…」 懸命に声を絞り出すクラウドを、冷ややかに見下ろしてセフィロスは言葉を吐き捨てる。 「ならば、いっそ人形にしてやろう」 俺の事だけしか考えられない、人形に。 刹那。 クラウドは絶叫を迸らせた。 それは声にならない、息だけの苦しい叫び。 自我が次第に崩壊を始め、思考が朧に揺らぐ中。 最後、の思いが足掻く。 (ごめん…約束、ま、もれなく、て…) 過る彼の人の端正な面さえ、もう分からなくなろうとしている。 孤独な、彼の人。 名前は…ああ…それさえも、浮かばない。 嫌だ、そんなのは。 力無くダラリと下がっていたクラウドの両腕が、不意にセフィロスに伸びて。 驚愕に目を見開くセフィロスを、魔晄炉の炉心に突き落とした直後。 全てが消失した・・・。 緩やかとは到底言えない不愉快極まりないと言った表情を露骨に端正な面に乗せた存在を、クラウド・ストライフは訝しむように魔晄の色に染まった瞳で見つめる。 「何か言いたいことでも在るようだな、ヴィンセント」 淡々とした口調で言葉を募らせるクラウドに、ヴィンセントは眉を顰めると、 「…何故、来なかった…」 低く詰るように応えを返した。 「何が言いたい…」 ヴィンセントの言葉の意味が理解出来ず、クラウドは冷淡とも取れる眼差しを向ける。 「…約束した筈だ」 低いヴィンセントの声音に苛々してクラウドは踵を返すと浴室の扉を開き、 「誰と間違えているのか知らないが。俺は今日、あんたに初めて会った。約束などしたことの在る筈が無い」 振り返りもせず浴室内に身を滑り込ませると扉を閉めた。 「ふざけているのか、クラウド…!」 彼にしては珍しく激した口調でその名を呼ぶが、応えは無い。 ギリ、とヴィンセントは唇を噛み締めた。 あの日、彼は待っていた。 クラウドが現れるのを。 無気質な彼の安息の部屋で。 ずっと待っていた、何日も。 だが、結局クラウドは来なかった。 待つのに疲れ果てた心は荒み、なにもかもが億劫になって深い眠りに身を委ね、随分と時間が過ぎてしまった頃。 やっとクラウドは現れた。 けれどそのクラウドは、まるで別人のように冷淡な雰囲気に身を包んでいた。 ニブルヘイムに一軒だけ存在する小さな宿に取り敢えず休息を取ることにしたクラウドの一行の新たな仲間としてヴィンセントが入ったのは、新羅のマッドサイエンティスである北条への復讐も有ったが、何よりクラウド自身から訳を聞きたい気持ちからだった。 不信感は否めないものの、二人きりになればきっとクラウドは何かを言ってくれるかもしれないと僅かに信じて彼の部屋に来ての問 答は、一方的に終えられた。 しかも、初対面だなどと、言われてしまうとは流石に予想だにしなかった。 「何故…だ…?」 今一度、独りごちた後。 ヴィンセントは顔を上げ、浴室の扉を開き中に強引に入り込んだ。 「クラウド、教えてくれ」 そんなヴィンセントの、あまりな傍若無人振りに、クラウドは浴びていたシャワーのコックを閉めるのも忘れて目前に立つ男へ怒りを 滲ませた眼差しで睨み付ける。 無論動じることも無く、ヴィンセントは言葉を募らせた。 「何故、初めて会ったなどと…偽るのだ?」 そのヴィンセントへの応えは、 「お前と話す気など無い。今直ぐ出て行け」 先程よりも尚、冷淡なものだった。 「クラウド…」 「出て行かないなら、実力行使する」 武器やマテリアが無くとも、ヴィンセント如き痩躯な存在に後れを取る程、新羅のソルジャーであった自身は惰弱では無い。 それは誇りで有り、自負だった。 だが。 そんなクラウドを見つめるヴィンセントの、切なげな憂いを秘めた真紅の瞳を見た途端。 クラウドは、何故かその瞳を見た事が有るような気がして身構えられなかった。 「…何故だ…俺は、あんたに初めて会う筈なのに。その瞳を知っているような気がする…」 呟いた瞬間。 頭の中を掻き毟られるような痛みが走った。 「う…ぐぅッ…」 両手で頭を抱え、必死に痛みを堪えるクラウドをヴィン セントは呆然と見下ろす。 「クラウド…?」 「うぅ…あ…が…ッ…」 苦悶に眉を顰め、額から脂汗を流すクラウドを不安気に見つめていたヴィンセントに、クラウドは思わず縋り付く。 尋常では無い様子に、何とかしなければと思う暇も与えず、狂ったようにクラウドはヴィンセントの首筋に唇を寄せるとそこを嘗め上げた。 「う…く…ククッ…」 狂気に彩られたクラウドの様子を、愕然と見つめていたヴィンセントを不意に見上げ、彼は虚ろな瞳で囁いた。 「やめろ…セフィ…ス…。奪うな…彼の人の…。俺の…彼人…、駄目、だ…。も、なまえも…思い出せ…う、っく…クハハ…」 正気など微塵も無い、途切れ途切れのクラウドの呟きを耳にしたヴィンセントは、漸くにして理解した。 クラウドは、奪われたのだ。 ヴィンセントとの記憶を。 だから、初対面だなどと言って退けたりしたのだ。 ならば? 自分が成すべき事は? ヴィンセントはクラウドを一瞬強く強く抱き締めた後、その耳元に囁いた。 「…今、助けて遣るよ…」 流れ落ちるシャワーの水飛沫に身を晒すクラウドを背後から抱き竦め、ヴィンセントは自らの高ぶりを穿つ。 「う…」 少年の域を脱したばかりの肢体を震わせ、クラウドは押し殺した呻きを絞り出す。 「あぁ…ッ」 秘所に激しい刺激を感じたクラウドの、一際高い嬌声が浴室内に反響する。 「ぁ…は…ッ」 苦悶と快楽の入り交じった喘ぎを漏らすクラウドと、その腰を抱えるヴィンセントの髪とが、降り注ぐ水滴と滲み出る自身の汗とで濡れそぼりながらも幾度となく跳ねた。 「…思い出せ…」 能面のような無表情を張り付けていたヴィンセントの、けれどその声音は酷く優しい。 「思い出すんだ…クラウド…」 私との約束を。 幾度と無く繰り返し繰り返し、紡がれる言葉。 応えようとする気配も、感じられない。 一瞬目を伏せ、けれどヴィンセントは諦める事なく再びクラウドを責め立てながら、また囁いた。 「…クラウド…、思い出してくれ…お願いだ…」 「あ…ひっ…」 切なる願いを込めたヴィンセントの言葉に感極まったクラウドの喘ぎが被さった。 「…無駄な事を…」 絡み合う二つの影を冷ややかな眼差しで見つめ、厄災そのものである存在は低く嘲笑を零す。 「クックッ…。あれは…俺の人形だ…。ヴィンセントとやら、お前の思い如きで自我が戻るものか…」 バサリと長すぎる程に長い白銀の髪を翻し、セフィロスは亜空に身を沈ませた。 |
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NOVEL TOP |
FF7本第二弾、ヴィンセント×クラウド小説。 このカップリングが自分的にツボだったんですが、少数派でして(涙) 当時、周りはセフィクラが主体でして。 読みたくても無かったので、そんなら自分で書いちゃる〜と奮起した記憶が在ったり無かったり(笑) 友人たちに散々「最下層な攻様(笑)」と言われていたヴィン。 そんな彼とクラウドのカップルは、今でも凄く愛しいです。 初出/永遠回帰(1997.08.15) |