act.4 中天にほの白く欠けた月が差す時刻は、深夜。 シン…、と静まり返った森林の奥から軍馬のいななきが響き渡る。 ダルシス帝国軍の、アンゼル砦増援部隊を率いて来た親衛隊副隊長グレイヤードの部隊が起こしている喧騒に、軍馬が驚いていなないているのだ。 兵等がざわめいているその中央に位置する天幕に、増援部隊の指揮官グレイヤードは酷く愉快気に酒杯を傾けている。 彼の視線の先に有るのは、転がされたまま未だ意識は戻る気配の無いレディンだ。 「ふむ…」 声を漏らすグレイヤードの瞳が、全裸に等しいレディンを暫く眺めていたがそのうち飽きて来たのか、ベッドに腰掛け見事なまでに紅い癖の有る髪に指を絡め出した。 「ランスが、このような小僧に懸想するとは…」 以外なのも事実だが、己の目で見てもなお信じられないと言うのが実感であった。 だが、焔のごとき色の髪は思った以上に手触りの良い、しっとりとした感触に指先は髪の生え際から項にと滑って行く。 身を包む、最後の一線とも言えるアンダーウエアを取り除き、これまでの激戦を経過して来たとは到底思えない、男にしては木目の細かい肌の快い感触に目を細める。 流石は王族と言うところか。 この王子に興味など無かったが、ランスが魅かれた存在を穢したいと言う欲求は捨て難い。 どうせ帝都までの命だ。 遠慮する必要も有るまい。 未だ意識の戻らない王子の腰を浮かし上げると、戦場の習いで持ってきていた同性間での性行為に必要な薬油を、レディンの秘所に塗り込む。 その、指が齎す無遠慮な蠢きはレディンの意識覚醒を促す。 「…う…」 くぐもった呻きが形良い唇から零れ落ちた直後。 意識を戻したレディンは現状に驚愕する。 「あ…うぅ、く…っ」 真紅の瞳が大きく見開かれ、不快に眉が強く寄せられる。 「漸くお目覚めかな? レディン王子」 「貴様…っ、何を…私に何をする…っ」 体内を掻き乱すゾワリとした指の蠢きが、自身に何をしようとしているのか解らぬ訳では無いが、信じ難い屈辱に悲鳴じみた声が絞り出された。 ランスに触れられた時は、決してこんな悍ましさなど感じはしなかったのに。 「触れるな、下郎!」 思わず声を荒げるレディンから指を引き抜き、グレイヤードは薄く笑った。 「折角ですから、お互いに心行くまで楽しみませんか?」 異物感が失せた安堵に息をつく間も無く嘲笑するかのように囁かれた言葉に、肌が粟立つ。 力づくで寝台に押し付けておいて、何をか況や。 残念ながら跳ね除けられる程、己は屈強の肉体は持ってはおらず、体格差がものを言った状態に王子は屈辱に身を震わす。 両腕を軽く片手で押さえ付けられたレディンの身体を、遠慮はおろか前技さえ与えず、グレイヤードは強引に押し開く。 「くッ…あ、あぁあ…ッ」 苦悶の悲鳴が喉を突き破る。 激しく目を見開いた後、苦痛しか伴わないその行為を与えている存在の齎す灼熱の異物に嫌悪が伴ったいレディンの瞼がギュッと閉じられた。 肉の中心に焼け火箸を充てられたような熱と切り裂くような痛み。 続けざまに身体を持ち上げられ、目前の黄金の髪の主に正面から抱き抱えられた状況で穿たれ揺さぶられ目が眩む。 霞む思考の片隅に、一人の存在の姿が揺らぐ。 無意識にレディンは彼に救いを求めた。 「は…ラン…、スッ!」 切れ切れに募る声音に含まれたその名に、それまでレディンを穿っていたグレイヤードの動きが一瞬止まる。 「不愉快だな…今、その名を出されるのは」 何が言いたいのか解らぬレディンの秘部に在った熱の塊が、それまで以上の荒々しさを訴える。 声にならない悲鳴が、レディンの全身を駆け巡った。 激しい律動に薬油の甲斐なく、ヌルリと体液以外のぬめりが溢れた。 肉壁が耐え切れず鮮血が内股を流れ落ち、鉄の臭いが天幕内に広がった。 二頭の軍馬が闇夜を疾駆する。 レディンを追うランスとナームの繰る駿馬だ。 それぞれの背にはクリスとジェシカの姿が有る。 レディンを求めひた走っているのだ。 「そ、そろそろ休んだ方が良くは無いの?!」 ランスの背後からクリスが叫ぶ。 昼からこっち、一時と休まぬ強行軍で彼女の体力は極限に達そうとしていた。 だが。 「…レディンが今、どんな状態に有るのか考えて言っているのなら、休みはするがな」 疲弊しきっているのは彼女だけではない。 愛馬も、そして己も疲れ果てている。 その上ランスには、こうなった事情が己の責任である負い目まで有るのだ。 僧侶のクラスにある聖なる乙女に対して騎士に有るまじき語調の荒さは致し方有るまい。 「…そんなに慌てる状況だと言うのッ?」 「ああ」 己がレディンにしていた行為を見られている以上、彼がレディンに何もしないでいてくれる可能性は皆無に等しい。 ランスへの対抗意識から間違いなく愚行を強いるだろうとの予感が有った。 「レディン様は…無事かしら…?」 「今のところは、生きてるだろう…」 存命だけならば、ディゴスの元に連れて行くまでは在るだろう。 だが、それ以外の保証など出来なかった。 ランスが、ギリギリと歯軋りする様を、音を真後ろで耳にするクリスが唖然とその背を見つめている。 こうしているまにも、レディンは恐らく・・・。 (頼む…) これだけ駆け抜けて尚、追撃部隊を補足出来ないでいる状態に彼は焦れていた。 (無事でいてくれ!) 例え、それを口にはしなくとも。 クリスにはそれがやっと理解出来た。 だから、それ以上何も言わない事にした。 願いを込め、愛馬を疾駆させるランスの、研ぎ澄まされた聴覚が、遠くから微かに響くざわめきを捕らえたのは、そんな時だった。 「 ! 」 不意にたずなを引き、軍馬を止めると意識を集中するランスを、ナームが怪訝な視線を向け駿馬を横に持って行き問いかけた。 「どうしたのだ? 黒騎士」 「しっ!」 静かにしてくれ、との意志表示を示しランスは目を伏せ周辺に気配を配った。 そして。 彼は己の顎を軽く森林の奥に示し、ニヤリと微笑った。 「まさか…」 その態度に、三人の女性は悟ったのだ。 この奥に、彼女たちの求める存在が居るのだと。 「間違い無い、ダルシスの部隊だ。レディンはあそこに居る」 彼女らの、縋るような目線にランスは低く言った。 それから音も立てずに軍馬から降り、自分の後ろに座っていた少女に手を差し伸べ、馬から降ろした。 「着いて来い、こっちだ」 勝手知ったる何とやら。 伊達に長いこと親衛隊長なぞしてはいないランスには、副隊長の陣の張り方を心得て居た。 出来る限りダルシス兵との衝突を避け、スムーズにレディンを救出したいが為に、ランスがわざわざ馬から降りたことを理解出来ぬものは、この中には居なかった。 ダルシス追撃部隊の天幕群の直ぐ傍らにまで接近すると、ランスは女性陣へと振り返る。 「あれだ」 ランスが、ある天幕を指した。 「あそこに?」 クリスがコクリと息を飲み込み、どうするべきかと思案にくれる。 「おそこに、レディン様が捕らわれていらっしゃるのね…」 クリスの震える声音を耳にし、ランスは自分が次第に不機嫌になっていくのを堪えなければならなかった。 この強行軍で、この少女とレディンが恋仲で在る事を識り、ランスは驚いた。 あのレディンが人並みに恋愛感情らしきものをこの少女に持っていた事を知って。 最初こそ感嘆したのだが、それから直ぐにランスの機嫌は悪化の一途を辿った。 己が王子に対して十分に本気であると自覚した途端の事であったから、クリスのあからさまな感情が気に入る訳も無い。 それでも彼が、そんな己の激情を表面に出さずににいるのはレディンを無事救出しなければならない使命があるからだ。 つい先程まで同じ馬上にあったふたりが、レディンを巡ったライバルであるという現実は、一体どんな運命の皮肉だろうか。 「派手に行きましょう」 突然、ジェシカが言葉を募らせたので、ランスは目を剥いた。 「突っ込む気か?」 「ええ、そのつもりです」 ここまで来たら一刻の猶予も無い。 下手に動けばレディンを盾に身動きが取れなくなる可能性も有るのだ。 「…解った。切り込みは私に任せて欲しい。構わぬな?」 「お願いします」 静かなジェシカの応えにランスが意識を引き締める。 「私たちが撹乱します、貴方はどんな事があってもレディン様をあそこから連れ出して下さい」 出来ない、とは言わせません。 ジェシカの鋭い視線が、ランスを射る。 「心得た」 同意するランスを、反論出来ないナームが憮然と見つめる。 口惜しいが、この四人の中で彼の実力が最も高い。 まして、手の内を知り尽くしている男が切り込むならば、こちらの損傷は大したことにはならないだろうと言う打算的考えから彼女は同意をせざるを得なかった。 何故、ダルシスの黒騎士とまで呼ばれた男が、レディン救出に加わるのか何度も問いただしたが、未だ明確な答えを貰って無いけれど、彼の蒼い瞳には確かに信頼出来る光が宿っている。 今は、信頼出来る。 ナームだけでなく、クリスもジェシカもそう確信しているのだろう。 だから、ランスに牙城を切り崩す事を任せる事にしたのであった。 「…行くぞ…!」 彼女たちの思惑は何であれ構わない、とランスは意識を切り替え低く言い放った。 「了解!」 三人の女性が、声を潜めて凜と応じると同時に全員が駆け出した。 音も無くランスが先陣切って疾駆し、天幕群にそこかしこに立つ兵たちへ剣を凪いだ。 「な、何だ?!」 突然出現した人影に驚き、声を上げた途端、兵士の生命は潰えていた。 |
TOP⇔BACK⇔NEXT |