act.6 幼い身体がビクン、と跳ねる。 白い喉が反り返り長い睫が苦悶に震えていた。 「い…やだ…」 苦痛に声音が漏れ、形の良い指先が肩に食い込んで来る。 しかし、それは何と心地よい痛みであろうか。 グレイヤードはクスリ、と笑った。 「お前は…私のモノだ…」 細い顎を捕らえ漆黒の髪の少年を組み敷く己もまた、少年の域を越えない姿をしていた。 深い蒼の瞳が脅えたように己を見上げているのが快い。 ずっとこうしたかったのだろう、自分は。 きっと。 肌に唇を寄せ強く吸う都度、徐々に相手の身体から力が抜け、最後には抵抗らしきものさえなくなった。 うっとりと彼は目を細め腕の中の存在の唇を奪うと、少年の両足を持ち上げた熱い体内に己を収める。 快い熱に包まれ悦に浸る彼の背に、少年の指が強く爪を立てた瞬間。 周囲が急激に崩れ始めた時。 彼は理解した。 己が見果てぬ夢を見ていたことを。 (…ランス…ッ) 寸前まで腕の中にあった少年の姿が霧散した時、思わず彼は少年の名を口にする。 脱力感が全身を覆い尽くして行った。 思い瞼を開き、派手に叩かれる自室の扉へ気怠げに視線を投げやる。 「何事だ、騒々しい!」 不愉快気に身を起こし、グレイヤードが怒鳴るように冷たい声を放つ。 彼の私室に飛び込んで来た人物は萎縮したような表情で、それでも任務を忠実に実行する。 「も、申し訳ございませぬ、親衛隊長。実はバルティア軍が、」 その言葉にグレイヤードは表情を変える。 「ツインキャッスル城門直前にまで接近致しております」 親衛隊の兵士の言葉に、彼は頷くとベッドから飛び降りた。 「心得た、貴様は直ぐに指定所に向かえ!」 私は陛下の元に急ぐ。 急ぎ甲冑を身に纏い言い放つグレイヤードに、親衛隊員がサッと敬礼し部屋を出て行った。 「バルティア軍が…ランスが、間近に迫っている…」 寸前まで見ていた夢の事など無かったように頭を振ると、態と舌打つように彼は言葉を吐き捨てる。 あの後、翻弄されるがままに部隊を掻き回され、結局レディンは奪回された。 バルティア指揮官の攻撃を何とか食い止めたものの、部隊を立て直し追撃しようとした所へ突然ディゴスの命で撤退を余儀なくされたのだ。 そうこうしている内に、バルティア軍は着実にダルシスに接近し、既に幾つもの領地が陥とされ、幾つもの部隊が壊滅していた。 「今頃…また、あのような夢を見るなど…」 身支度を整え、グレイヤードはポツリと呟く。 本心は求めて止まないのに、それを素直に言い出せず。 積もり積もって何時の間にやら憎悪にすり替わった想いが、夢と言う形になって現れたのは、何も今に始まったことではない。 だが、既に忘れ果てた感情でも有った筈だった。 「…裏切り者、ランスを屠る機は、今をおいて他には無い…!」 この機を逃したならランスと決着は着けられはしないのではないか。 そんな気がしてならない脅迫概念が彼を押し包んでいた。 しかし。 彼の望みは直ぐに叶うことは無かった。 「…今、何とおっしゃられましたか、ディゴス陛下!」 玉座に悠然と座るダルシス皇帝の前に跪いたグレイヤードは己の耳を疑い、思わず怒鳴り声を上げていた。 「では、今一度命じる。親衛隊長グレイヤード=リヒター、我が皇子フォルスを連れ帝都より一時後退せよ」 「承服いたしかねます!」 皇帝の絶対的な命令にも拘わらず、彼は激したように言い放つ。 グレイヤードの真摯な瞳がディゴスを射る。 しかし、ディゴスもまた真剣だった。 「バルティアとダルシスの雌雄を決する戦いに、後のダルシスを担う皇子を巻き込む訳には行かぬのだ。分かるな? グレイ」 彼の性格を解り過ぎるほどに解っている皇帝の声音は、甥へ向けた懇願を滲ませる。 第一、フォルスを守り通しながらバルティアの包囲網を突破出来る者は、既に帝国には存在していない。 お前を除いて。 ディゴスの苦い呟きを耳にしたグレイヤードがハッと息を飲み込む。 その傍らの、当事者であるフォルスもまた、愕然と父皇を見た。 「…父上…」 ディゴスは死ぬ気で戦うつもりなのだ。 バルティアにダルシスを支配される訳にはいかないと、決死で戦うつもりなのだろう。 しかし、自分が居ては本腰で戦えないのだと悟ってフォルスは唇を噛み締めた。 せめてフォルスが帝国の指揮官らのように、そしてバルティア王子の如く剣技に優れていれば良かったのだが、残念ながら皇子の剣は並みに過ぎなかった。 しかし、問題はそれだけではないと皇帝に近い者は誰もが知っていた。 バルティアと言う国を滅ぼしてまで手に入れた秘剣ラングリッサーが、実は唯のなまくらであると分かってしまった時から、ディゴスには予想がついていたに違いない。 バルティア王の遺児レディンが、攻め込んで来る事を。 「承知してくれるな?」 「…畏まりました、陛下。…グレイヤード、生命に代えフォルス皇子をお守り致します」 ディゴスの決意に打たれたかのようにグレイヤードは平伏するが如くに胸に手を添え言い切った。 それに満足したのか、ディゴスは唯一人の嫡子へと振り返ると穏やかに言った。 「良いか、フォルス。私がレディンを打ち倒すまで、グレイヤードとダルシスを離れているのだ。これは命令だ」 「父上…」 項垂れ、皇子は頷いた。 誰よりも強い父が、此のようなことを言わねば成らない状況を齎すバルティアの王子への憎悪が胸中に広がる。 もしもの事が有ったなら、必ず一矢報いねば。 皇子は決意を秘めた後、顔を上げた。 朝もやの中に、悠然と聳え立つツインキャッスルが、彼方に見える。 まだ、戦いに入ってもいない状態で、帝都を後にする屈辱を胸に秘め、グレイヤードは歯咬みした。 そんな時だった。 人知れず早朝に抜け出した皇子一行の上空を、巨大な白き生き物が滑空して行ったのは。 「あれは!?」 驚愕に震える息を漏らすグレイヤードの視線に飛び込んだ巨大な白き生き物に跨がっている存在は、出来ることなら今直ぐにでもこの手で雌雄を決したい存在であった。 (ランス!!) 何故あのような生き物を操っているのかと、愕然とした表情で見遣るグレイヤードに、フォルスが憧憬の眼差しでそれを見つめて呟いた。 「ドラゴンナイト、だ…」 ダルシスには存在していないクラスで有ることから、それが間違い無くバルティアの指揮官であると識り、フォルスは低く息を漏らす。 「バルティアが…レディンが羨ましい…」 夢物語でしか聞いた事は無かった存在、ドラゴンナイト。 それをこのような事態で目にする事になろうとは思いも寄らなかった。 「…ドラゴンナイト…」 皇子の呟きに応え、グレイヤードも呟く。 最強のクラスに何時、ランスが変わったのかは此の際別として、グレイヤードにとって脅威がその胸中に広がった。 そして危機感も。 こちらから見て取れたのだ、奴に見られなかった訳は無い。 「急ぎましょう、皇子。敵の指揮官に見られたかもしれませぬ」 「う、うむ…」 頷く皇子を促し、グレイヤードは焦りを心に広がせながら、けれど決してそれを表面に出すこと無く森林の奥にと姿を消した。 幾度か、そんな彼らの上空を旋回してした白き龍は直後、ツインキャッスルの方角へと飛翔して行った。 まるで、彼らを見逃すように。 否、見逃したのだ、紛れも無く。 ランスの瞳が静かに揺れる。 この事は、レディンには黙っていようとの決意を秘めて。 飛翔する白亜の巨体。 風を切る音が、ランスの耳に心地よく響いていた。 初めて、龍の背に揺られ此の音を聞いたのは、つい先日の事だった。 「ロイヤル・ガードが弱いとは思わないが…より高きものを目指したい、構わんか?」 ちょうど一月前に、そう切り出した事が脳裏に浮かぶ。 「構わんかって…お前な…」 己の腕の中、困惑の表情を浮かべるレディンの真紅の髪を軽く撫ぜランスは微笑む。 「実を言うとな、既にロイヤル・ガードとしてのレベルは頂点を極めているのだ」 ニヤリ、と笑うランスをレディンは唖然と見上げた。 「何時の間に…」 呆れたような嘆息を漏らし、レディンは身体の力を抜いて自身をランスに委ねた。 「戦力ダウンには、ならんよ」 「そりゃあ…そうだけど…ンッ!」 言葉の途中で、奇声が上がる。 ランスの指が、全裸のレディンの素肌を滑ったために。 「あ…くぅ…」 舌先が、既に胸に降りて下肢に辿り着くと、レディンの最も鋭敏な身体の中心に絡み付く。 ピクン、と硬直するレディンの面は羞恥に赤く染まっていた。 高まる激流に難無く流される、レディンの熱く燃える箇所が忽ち放流を促した。 ぐったりとベッドに身を委ねているレディンの足を持ち上げ、秘部に舌を這わせ、十分に潤した直後。 ランスは強引とも言える侵入を果たした。 「ふぁあ、ん…ッ!」 レディンの喉を突いて、悲鳴にも似た呻きが漏れ出る。 最近ではすっかりランスの腕の中で喘ぐことに慣れたレディンのそれにランスはが目を細める。 ひりつくような感覚にガクガクと間断的に震えるその身を強く抱き締め、強く腰を揺さぶる。 それだけで、容易くレディンは陥ちて行く。 「そう言う事だから、いいな?」 暫く、お前とは別行動を取ることになるが、構わないな? レディンを貫きながら、その耳元に囁くランスへ、 「勝手に…しろ…」 切れ切れに、やっとの言葉をレディンは吐き出した。 その翌朝。 ランスはバルティア城を後にするとアルンスト渓谷を目指したのだ。 古より、龍の住む谷と呼ばれるアルンスト山脈へと愛馬を疾駆させるランスの後ろ姿を、疲れ果てた表情でレディンが見送る。 「さっさと帰って来いよ、ランス」 お前が居ないと、戦略的にどうしても劣るんだからな。 出掛ける寸前に呟いたレディンの言葉が蘇る。 ダルシスとは別に、最近では頻繁に現れるようになった魔物との戦いに、バルティア軍が疲弊している事は否めない。 軍の総大将であるレディンの負担が並大抵で無い事も理解している。 だからこそ、そのレディンの為にもランスはドラゴンナイトになりたかった。 お前のためにと、ただひとこと告げれば済む言葉はしかし、言うには少々気恥ずかしい。 今暫く堪えていてくれ。 直ぐにでも、お前の側に駆けつけるから。 そうして、ランスは龍を得た。 見事なまでに白亜の、グレートドラゴンもかくや、と言わしめる巨躯の主を。 バルティアへの帰途の中、そしてランスは見たのだ。 ツインキャッスルより少し離れた森林の中へと、幾つかの影が動くのを。 その中のひとつに、早朝の陽光を反射して煌めく美しい、黄金の髪の主が居ると確かめ、ランスは確信した。 (グレイヤード…?) 直感の直後、低空に龍を持って行きその幾つかの人影の中にディゴスの嫡子、フォルスの姿が有ることを見て取った。 (脱出…か…) 本当ならレディンのためにも、ここで見逃してはならないと理解はしていたが、敢えてランスはそうすることにした。 「まあ…いいか…」 そっと呟き、ランスは視線をツインキャッスルへ巡らせた。 恐らくは滅んでしまう帝国の、最後の皇子。 見逃したとしても、何れは現れてくるだろう。それも、近い将来、必ず。 ならば、今は放って置こう。 (もし、フォルス皇子がレディンの命を狙って来たなら、その時は…) 己が護り通せば済むことだ。 問題など、その程度だ。 その時のランスの真の敵はグレイヤード唯一人。 今のランスにとって、グレイヤードなど取るに足らない存在だった。 だから、逃す。 今だけは。 (許せよ、レディン) 心の中でポツリと呟き、ランスは白亜の龍を反転させた。 バルティア城へ。 レディンの元へ。 |
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