act.7

 ドラゴンナイトとなったランスを得たレディンは、ダルシスを打ち倒し終に帝国をその手に収めるに至った。
 その反面。
 レディンの運命は急展開を告げる。
 光と闇の雌雄を決する闘いと言う、運命を担わされたのだ。
 しかし、彼にはそれに精神的に打ちのめされている暇などどこにも無かったし、はた目にもそのようには見て取れる事も無かった。
「てっきり落ち込んでいると思っていたのだがな?」
 諸々の状況に有るにもかかわらず、平静を保つ光輝の王子を見遣ってランスがポツリと言葉を漏らした。
「ふん、おまえにそう見て取れるなら十分だな」
「?!」
 春に有りがちな突風が、レディンの真紅の髪を嬲る。
 風に乗って、何処から飛んで来たのか花びらが舞ってレディンの髪に付着した。
「まさか…」
 それを摘まみ取りながら、ランスが驚愕の呟きを零す。
 二人の周囲に漂う沈黙に、彼方から聞こえる祭りの喧噪が被さる。
 バルティア王都まで、後七日と言う位置に有る街で催されている、春を祝う祭りの喧噪であった。
「まさか、演技…なのか…?」
「それがどうした」
 あっさりと返った応えに、目を剥く。
「何を驚いている? 王たる者が動揺を表に現すなど許されはしないと、お前とて知っているだろう?」
 今更ではないか。
 ポツリ、とレディンがランスの腕に身を委ねて囁いた。
「そうだったな…つい、忘れていた…」
 お前が王者で有る事を。
 そして、何れは霸者に成る者だと言う事を。
 レディンの身体を抱きとめ、赤い唇に己のそれを重ねて軽く吸った後、囁き返す。
 己の慈しむ存在の、何と果てしない途が待ち構えている事だろうか。
 王者で有るが故の孤独を、癒せられるならばとランスの腕は殊更にレディンを強く抱き締める。
「そう言うことだから、付き合えよ」
 スイ、とランスから身を離しレディンは唐突に、そしてあっさりと言った。
「何に、だ?」
 離れた身体をもう一度抱き寄せようと伸ばした腕から容易く逃れ、レディンはランスへ意地の悪い笑みを向ける。
「祭り見物」
「お、おい…」
 冗談だろう、こんな時に。
 今のお前の周辺での事態がどんな状態か、分かって言っているのか?
 ランスの問いにレディンは苦い表情で頷く。
「理解っているよ、十分にな…」
 それでも、だ。
 レディンの声音に含まれる、意味は単なる気分転換とは少し違っているようだとランスも理解した。
 それでも敢えて言葉にするなら唯一言だろう。
―お前と共に居たい―。
 無論、レディンがそんな言葉を口にしよう筈も無いのだが。
「直ぐ用意して来いよ」
 言葉の奥に秘められた意味を読み取ろうと思考したランスへ、声が掛けられた時には既にレディンの姿が城内に消え様としていた。
「終わったら、裏門で待っていろ」
 命令とも取れるその声に、文句を言おうとしたが、止めた。
 もうレディンの後ろ姿さえ、彼の視界には無かったからだ。
「…仕方の無い奴だな…」
 深い溜め息を吐き出し、ランスは諦めたように踵を返す。
 命令だろうが何だろうが、約束を反故にすると後々が面倒なのは事実である。
 それに、たまには王子でも何でもないレディンの姿を見るのも悪くは無いだろう。
 そんな考えを浮かべた自分に、ランスは内心呆れた。

「待たせたな」
 バルティア王子の証しである真紅の髪を、フード付きのマントを目深に被ることで隠したレディンが裏門に現れたのは、それから半時も過ぎぬ頃だった。
 出来る限り身分を露にしないよう旅人が身に纏うそれに身を包んだレディンは、確かに一見してバルティアの王子には見えないだろう。
 だが、それは彼の備えもつ気品を損なう事は無かった。
 見るものが見たなら、只者とは受け止めまいとランスは内心密かに思ったが、敢えて口にはしなかった。
 何かが起きた時は、己が護れば良いのだけの事だ。
 そんな密かな思いも知らず、歩き出すレディンの後ろを、ランスはゆっくりと追った。
 民人たちの祭りは、決して盛大なものでは無かったが、見るもの聴くもの全てが珍しく、レディンは頬を紅潮させながらに見入って居た。
 食した事の無い食べ物を口にし、飲み物に手を伸ばし、装飾品をまじまじと見つめる。
 指揮官の誰かが些細な祭りだと言って居たが、レディンにはとてもそうは思えなかった。
 王子として生まれたレディンにとって、このような場に居合わせる事は本来なら生涯あり得なかった事だ。
 もし、バルティアがダルシスに攻め入られる事が無かったならば恐らくは見ることも知ることも無いままに、彼は一生を終えて居ただろう。
 現実に王位継承者が知っているべきこととは、国を治めるに必要な国事で有れば良いのだ。
 些細な祭りが、どんなものであるのかなど知る必要など無いのが実情だった。
 レディンの知る祭りと言うものは、国家レベルの行事に過ぎなかった。
 だから、彼は楽しんだ。
 こんな機会でなければ多分、生涯体験出来ないだろう出来事と思い切り羽目を外し楽しんだ。
そんなレディンの、年相応の反応をランスもまた愉しんでいた。
事有る毎に、あれこれと説明を求めるレディンに、彼は実にマメに応える。
その都度、レディンは首を傾げたり破顔したりするのが、快かった。
レディンのそんな反応が見れただけでも、連れて来るのを本気で反対しなくて良かったと思うのだ。
 だが。
 そんな快さの片隅に、チラホラと引っ掛かる気配は不愉快だった。
 それが、殺気である事を察知したレディンの表情に、陰が差すのが、余計に不快だった。
「ランス…」
「分かっている」
 相手に気づかせず寄り添い、密かな囁きが交わされる。
「何人居るか…分かるか?」
「五人…否、六人と言うところだな」
 後は祭りの喧噪で分からないのが、口惜しい。
「多分、そのくらいだと思うが…」
「どう出るつもりだ? レディン」
「ここでは不味い。街外れに向かった方が無難にやり過ごせるだろう」
 町中で騒ぎを起こすのは、出来れば控えたい。
 それでなくてもお忍びで出て居るレディンにとっては。
 そして、その言葉の中には、民人に被害を出したくないとの意味も含まれる。
 ランスは静かに頷いた。
「心得た」
 レディンの肩を抱き寄せ微笑みながら、腰の獲物に手を添え歩くランスこそ、演技者ではないだろうかとレディンは密かに思った。
「 ! 」
 求める存在が町外れに楽し気に向かう様を見遣り、グレイヤードは無意識にギリギリと奥歯を噛み締めていた。
(ランスめ!)
 帝都を後にし、帝国崩壊の事実を逃れた地で聴くに至って早半年。
 ひたすらレディンらバルティア軍を彼は追って来た。
 その間に残党と呼ばわれ、幾つもの軍勢が、部隊が壊滅させられて行った。
 もはや故国を失った皇子にとって唯一の生き甲斐がレディンを倒す事だと知ったからこそ追い続けて来たのだ。
 だがそれでも未だ希望は有る。
 バルティアなど、この王子が居なければ忽ち崩れ去るに違い無いだろう。
 レディンさえ殺してしまえば、ダルシスは再び威厳を保てる筈だ。
 だが、その為には黒騎士を何としても倒さなければならない。
 そんな彼らの前に二人は現れた。
 大した装備もせず、民草に紛れるようにして。
 この機会を逃してはならない。
「フォルス皇子、参りましょう」
 グレイヤードは彼の信頼おける、かつての帝国軍親衛隊のものたちに庇護されたダルシス帝国皇子に振り返り、言った。
「うむ!」
 凜とフォルスが、それに倣い配下の指揮官が無言の応えを返した。
 たった二人と、侮ってはならない。
 敵はかつての己らの隊長であり、今一人はダルシスを滅ぼした存在なのだから。
 自然、緊張に彼らの表情が強ばるのも致し方ないだろう。
 皇子を除いた僅か十人の手勢で何処まで遣れるか、など誰にも分からなかった。
 グレイヤードを含めて。

 小走りに町外れに駆けた彼らは、件の二人が既に抜き身の剣を下げ待ち構えている様を目の当たりにした。
(計られたか)
 チッと舌打ち、グレイヤードもまた剣を抜き放つ。
「随分と遅いご到着だな」
 真紅の瞳のバルティア王子の揶揄する声音を受け止めたダルシスの皇子は、カッと羞恥に面を染めると誰かが制止めるより早く切りかかる。
「おのれーッ!」
 怒声を放ち、両手で振り下ろして来る剣をレディンは片腕のみで受け止め嘲笑った。
「お粗末だな」
 冷たいとさえ思わせる口調に、フォルスは歯咬みした。
 とてつもない余裕、そして態度。
 違う。
 違い過ぎる、自分とは。
 あの偉大な父を打ち倒した、己と大差ない齢の若者を見てフォルスは恐れ戦いた。
 逆に、あきらかに己よりも劣った少年を眺め、レディンは苦笑を零す。
「一気に片付けるぞ」
 軽く振り仰いだレディンの眼差しに、訝しむようなものが浮かぶ。
 ランスの表情に確かな陰が差しているのを見た為だ。
「…終に来られたか、フォルス皇子…」
 ランスが一瞬目を伏せ呟いたその名に、レディンが驚きに目を見開く。
「フォルス皇子、だと?!」
 行方不明になっていたダルシスの皇子が−かつての自分と同じく国を失った少年が−全てを取り戻すべく立ち向かって来る。
 そのフォルスを愕然とした眼差しで見詰めるレディンへ、皇子は追い打ちの言葉を放つ。
「そうだ! 我が父、ディゴス皇帝の仇、取らせて貰うぞ 」
 胸が痛む。
 仇討ちのため、必死に運命に抗うそれが、どれ程に心荒ませる現実であるのかを知り尽くしているからこそ。
 レディンは硬直して締まっていた。
 それを好機と見たフォルスが声を張り上げる。
「皆のもの、行くぞ!」
 その声に9人の指揮官と共に、グレイヤードが襲いかかってくる。
 だが。
 レディンは動けなかった。
 そんな彼に向けられる刃の全てが、直前でランスに防がれる。
「レディン!」
 表情を堅く強ばらせているレディンへ、ランスの叱咤の声が飛ぶ。
「怯むな!」
 感傷している余裕など、今のお前には無い筈だぞ。
 見知ったかつての部下を切り捨てながら、叫ぶランスにレディンは息を飲み込み頷くと、フォルスに立ち向かう。
 レディンの行動に満足し、ランスはグレイヤードに向き直った。
 レディンとフォルスには心置きなく戦って欲しい。
 その邪魔は、させない。
 させてはならない。
 この先に待ち受けるレディンの運命の苛酷さを分かりきっているからこそ。
 彼は心に傷を負ってはならないのだ。
「来いグレイ! 相手をして遣る、貴様の望み通りにな!」
「その言葉、そっくり返して遣るぞ、裏切り者めが!」
 咆哮し、グレイヤードが大剣を翻した。
 幼い頃からの確執に漸く終止符が打てる喜び故にか、グレイヤードが笑った。
「チッ!」
 伊達に長く比較されて来た訳でない。
 その上皇子を連れた逃避行により、彼の腕は格段に上がっていた。
 重い剣の圧力に、受け止めたランスの腕が一瞬痺れ舌打つ。
 その隙を逃さず、他の指揮官が襲いかかる。
 咄嗟に彼は痺れた右手から左手に剣を持ち替え、己に刃を向けた者を屠った。
「やるな、ランス」
 配下の全てが葬られて尚、余裕の声をグレイヤードは漏らす。
「だが、これは躱せまい?」
 グレイヤードの唇が、ライトニングの呪文を詠唱した。
「 ! 」
 しまった、と思うより早くランスの身に雷が落ちた。
 ロイヤルガードだった頃に比べ、ドラゴンナイトとなった今、ランスの魔法抵抗力は高くは無い。
 迂闊さに歯咬みしたが、遅かった。

「父上ッ!」
 フォルスの最後の呻き声が、レディンの耳を打つ。
「・・・」
 涙に濡れるダルシスの皇子の瞼を静かに閉ざし、レディンは悲痛な嘆息を漏らすと絶命した存在の血に濡れたラングリッサーに付着した血潮を薙ぎ払った後、嘆息を零した。
「…ランスの方は、終わったか…?」
 気を紛らわせるように呟き、振り返った時だった。
 閃光が地に向かって迸る様がレディンの視界に飛び込んだのは。
「あれは…ライトニング?」
 ドラゴンナイトであるランスには、もはや唱えられない筈の魔法が何故と、首を傾げた途端。
 レディンは駆け出して居た。
 あの黄金の髪の、レディンに屈辱を与えた男は、ロイヤルガードだった筈だ。
 ならば、状況が優位なのは、ランスでは無い?
 舌打ちながらに辿り着いた先で、レディンは信じられない状態を見るに至った。
「そ、んな…馬鹿な…」
 思わず零した言葉に、冷ややかな声が被さる。
「そんなに残念ですか? レディン王子」
 グレイヤードの声に、しかし、レディンは応えなかった。
 応えられなかったと言った方が正しいだろう。
 唇を戦慄かせ、倒れ伏しているランスの、雷の魔法の影響で衣を燻らせているその様をレディンは目の当たりにし、愕然とした。
 身を包んで居るのが甲冑ならば、暫くは持ちこたえた筈だ。
 だが、レディンに付き添って出て来た彼が、そんなものを纏っている訳が無い。
 ―俺のせいだ―。
 己が祭り見物に引っ張り出さなければ、こんな事にはならなかった。
 大層な傲慢もあった。
 魔物以外の如何なるものだろうと、己らを倒すものなど無いと確信していた事自体への驕りが、このような事態を招いたのだ。
「…許さぬ…」
 無意識にラングリッサーを構え、壮絶なまでの殺気を迸らせるレディンの、低く呻くような言葉が絞り出される。
 そんな時だった。
「…待て、レディン…」
 レディンの耳を掠れた声が打ったのは。
「そいつは、俺が殺る」
 手を出すな。
 緩慢に立ち上がり、未だ微かに燻るマントを取り払うと、ランスはドラゴンスレイヤーを構えた。
 レディンは後方に退がりつつ、ランスに癒しの呪文を唱えた。
「助かる」
 端的に礼の言葉を放ち、ランスは癒やされた体力の任せるままにグレイヤードへと突進した。
 その、あまりの素早さにグレイヤード一瞬何が起きたのかも分からなかった。
 気が付いた時、彼の胸部は焼け火箸が当てられたような鋭痛を訴えていた。
 そして、理解した。
 切られたのだと。
 あっさりと抵抗する間もなく、ランスの唯一閃を受けたのだと。
 グレイヤードは地面に倒れ込む自分を知った。
「さらばだ、グレイ」
 懸命に開いた視界に、ランスが止めとばかり剣を振り下ろす様がスローモーションのように飛び込む。
(私は…死ぬのか…)
 呟きが漏れるが、苦悶に掠れて言葉にはならなかった。
 霞む瞳が、ランスを見上げ、口許に微かな笑みが浮かんだ。
(…ランス…)
 声にならない吐息交じりの呼びかけは、途中で途切れた。
 生命の終焉を迎えたが為に。
「・・・」
 振り下ろしかけた剣を不意に止めたランスへ、怪訝な瞳をレディンは向けた。
「ランス?」
「止め、の必要は無くなった」
 剣を鞘に収め、投げ捨てたマントを物言わぬ骸と化した幼なじみで在ったものに掛けた後、ランスは呟く。
「…そうか…」
 応えたレディンは僅かに視線をそらす。
 酷く、疲れた。
 さっさと戻って一休みしたい。
 そんな疲労を色濃く面に露にしたランスを察し、視線をそらしたレディンの耳に突然、街の方から響く悲鳴が届いた。
「…どうやら、もう一仕事ありそうだな…」
「そのようだ」
 苦い表情で呟くランスにレディンも苦笑で応える。
 落ち込んでいる暇など、彼らには許されていないのだ。
 決意した後、二人は駆け出した。
 戦場にすりかわろうとしている街の中心部へ。



 冷えたワインを口に運び、飲み下すと、また新たに注ぎ直す。
 その繰り返しに、次第に思考が麻痺してくるのも構わず、ランスはまた一息にグラスを空にした。
「…そんな飲み方では、折角の良酒も楽しめまい?」
レディンの低い呟きを聞き取り、
「…だろうな…」
 苦笑で彼は応えた。
 けれど、それでも良いのだ。
 いつか何らかの形で決着を付けるに違い無いと、敵味方となる以前から思っていた存在を、この手で葬ってしまった今は。
「ランス…」
 彼はグレイヤードに憎悪でのみ対しているのだと、ずっと思っていた。
 だが、どうやら少し違うようだと今なら何となく解る気がする。
 そして、心の片隅で羨ましいと思った。
 幼い頃から競い合い、何処かで確かに互いを認めている存在というものを、レディンは識らない。
 そのような相手を得るには、王子と言う身分が邪魔をしていた。
 ランス=カルザスと言う存在を識って初めて彼には理解が出来たと言っても恐らく過言ではあるまい。
 そして、ランスとグレイヤードの状況は、レディンとのそれとも符号するのだ。
 いつかは勝敗を決すると言う、現実に。
 けれど自分はこの男に、このように嘆かせる程の存在に成り得るか否か。
「レディン」
 物思いに耽っていたレディンの思考を呼んだかのように、ランスが彼の名を呼ぶ。
「今一度、誓う。例え如何なるものが立ちはだかろうと、お前を護ると」
 毅然とランスは言った。
 レディンは満面に笑みを浮かべ、
「期待している」
 小さく応えた。
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